時代の要請に適合し、『走る歓び』を進化させ続けていく――マツダの飽くなき挑戦

Day-2 プレナリー

毛籠(もろ)勝弘・マツダ 代表取締役 社長兼CEO(最高経営責任者) コミュニケーション・サステナビリティ統括

広島に拠点を据えるマツダは、時に革新的な技術を全世界の自動車市場に供給し続けてきた。その筆頭格がロータリーエンジンだ。今や伝説ともなったこのエンジンを、毛籠勝弘氏はさらなる期待を込めて「ジキルとハイド」と表現する。そしてモビリティ産業が変わりゆく中でも『走る歓び』を進化させ、提供し続けることへの決意は揺るぎがない。

毛籠氏は「今日は持続可能性に向けた飽くなき挑戦の話をしたい」として、マツダの歩みを振り返りながら未来を語った。命題として掲げたのは、「時代の要請に適合する」と「生活に価値を提供し続ける」の2つ。時代の要請はカーボンニュートラルの実現であり、車における「価値」をマツダは『走る歓び』に置く。毛籠氏は「これらは企業の持続可能性に欠かせない」とした上で、「マツダ独自の1つの技術に着目し、この2つの命題をどう突破しようとしているかを話したい」と語りかけ、「その技術とはマツダの代名詞ともなっているロータリーエンジンだ」と続けた。

かつてロータリーエンジンが小型軽量高出力で夢のエンジンと言われたこと、世界中の自動車メーカーが実用化に取り組んでは断念するなか、1964年にマツダが世界で初めて量産化に成功したことを毛籠氏は説明していった。1978年にはロータリーエンジンを積んだコンパクトスポーツカーである初代RX-7を生み出し、大ヒットにつながったこと、1991年にはル・マン24時間耐久レースで日本車として初めての総合優勝をロータリーエンジン搭載車で達成したこと。語られたのは、ロータリーエンジンがスポーツカーエンジンとして世界的人気を得ていった軌跡だ。

ジキルとハイドのような二面性に魅力――ロータリーエンジンへの思い

この後、毛籠氏は「ロータリーエンジンは実は環境エンジンとしての可能性を秘めている」と話を転じた。「当社では1990年頃から水素を燃焼させる研究開発を進めた。水素は燃焼させると排気ガスとしては水蒸気しか出さない。究極の環境エンジンだ」と。半面、水素は扱いにくい。「水素を燃焼させるのは夢のまた夢だった。意図しないタイミングで爆発するなど、水素はコントロールが非常に難しい。ところがロータリーエンジンはそれをブレークスルーする特徴を持っている」。

一般的なピストンエンジン(左)はピストンが上下運動することで、圧縮、爆発、排気、吸気の工程が1つのシリンダー内で完結するが、ロータリーエンジン(右)はおむすび型のモーターが回転し、吸気、圧縮・爆発、換気の工程が独立した部屋で行われるため、燃焼コントロールがしやすい構造になっている(講演資料より)

具体的には、一般的なピストンエンジンと違い、ロータリーエンジンは、吸気、圧縮・爆発、換気の工程を独立して行う構造のため、燃焼コントロールがしやすい。同社ではこの特徴を生かして水素を直接燃焼させる技術を確立し、2008年にはノルウェーの水素国家プロジェクトに提供するとともに、国内でも実証実験を続けている。さらに、この水素ロータリーエンジンを発電機として使い、電気モーターを組み合わせたハイブリッド方式の技術実証にも取り組む。いずれも「遠い将来をにらんだ、環境対応の布石」の位置付けだ。

「ロータリーエンジンは小型軽量高出力で、気持ちよくどこまでも噴き上がる官能的なエンジンとして根強いファンを持つ。一方、知られない側面として、究極の環境エンジンの可能性も併せ持つ。ジキルとハイドのような二面性を持ったこの魅力に私たちは魅了され続けている」と、毛籠氏はロータリーエンジンへの憧憬(しょうけい)を語った。

世界中の自動車が電気自動車になれば問題が解決するのか

話題は身近なカーボンニュートラルへの取り組みに移り、マツダも2030年にすべての車を電動化するなど、時代の要請に適合し、電動化を大胆に進めることを表明。しかし、そこで毛籠氏は「では世界中の自動車が電気自動車になれば問題が解決するのか」と問いかけた。手段ではなく、目的に立ち返らなくてはいけないという思いからだ。

「電気自動車は確かにテールパイプからは排出ガスを出さない。しかしライフサイクル全体、つまり資源や石油採掘から、運搬、車両製造、使用、廃棄といったすべての過程を捉えると、電気自動車もCO2を排出している」

そう前置きした上で、毛籠氏は「例えば化石燃料への依存度が高い日本の例で申し上げると、ライフサイクル全体で最もCO2を多く排出するのは、実は電気をつくる火力発電だ。太陽光発電などの再エネ電力がない場合、車に充電する電気はCO2を排出して作られている」と指摘。データを示しながら、「ライフサイクル全体でのCO2排出量は、電気を使う電気自動車とガソリンを使うハイブリッドでほぼ同じ程度だ」と強調した。

ではマツダはどうするか。毛籠氏は「当社はマルチソリューションというアプローチを取っている」と話した。クリーンディーゼルやプラグインハイブリッド、電気自動車など、「ユーザーのライフスタイルに適応した多様なソリューション」を提供し、選択の自由を担保することで、「より早く、より多くの方にCO2削減に貢献いただける」という考え方だ。

その上で毛籠氏は、将来的には「水素、バイオ、合成燃料など多様なカーボンニュートラル燃料を社会実装していくタイミングが来る」という見通しを述べた。そこに向かい、同社ではミドリムシから作ったバイオ燃料の実証実験を行っていることも明らかにし、そうしたバイオ燃料を含むカーボンニュートラル燃料が市販化されれば、「CO2の排出を劇的に削減することが可能になる。インフラ面でも、既存のガソリンスタンドが活用でき、社会資本に負担をかけることがない」と主張。時間と共に技術は絶えず進化していることを踏まえ、カーボンニュートラルへのロードマップとして、幾筋もの道を探っていることを重ねて強調した。

車はスマホや家電のようにコモディティ商品になってしまうのか

そして、もう1つの命題、「人々の生活に価値を提供し続ける」について、毛籠氏は、多くの人から聞かれるという「変わりゆくモビリティ産業のなかで、車はスマホや家電のようにコモディティ商品になってしまうのか」という問いに答える形で話し始めた。

「私の答えは、イエス&ノー。電気自動車に搭載されているバッテリーやモーターは、エンジンに比べてコモディティになりやすいとも言えるが、マツダは走る歓びやマツダデザインなど、感情的な要素を大切にしており、電動化の時代でもその独自性にこだわり抜こうと考えている」。ここでいう『走る歓び』とは、「単にA地点からB地点へと移動するだけでなく、楽しく移動できる。移動すること自体がワクワクする。生活が生き生きとする」、そんな価値を指す。

マツダが昨年のジャパンモビリティショーに出展した、ロータリーエンジンを使った独自のソリューションによる未来のコンパクトスポーツカー「アイコニックSP」

カーボンニュートラル時代に『走る歓び』は存在し続けるのか――。その1つの答えとして、毛籠氏は、デザイン性の高さとスポーツカーとしての走行パフォーマンスを兼ね備え、さらにマツダ独自のロータリーEVシステムを採用したコンセプトカー「アイコニックSP」を紹介し、「夢に描いたロータリーエンジンが、本来の環境エンジンとして社会に役立つときがようやく到来した」と笑顔を見せた。

「我々が提供する商品やサービス、ブランド体験によって、お客さまの今日が前向きな1日であってほしい。お客さまを走る歓びでワクワクさせ続けたい」

最後は、昨年、同社が策定したパーパス、「前向きに今日を生きる人の輪を広げる」に重ねてそう力強く呼びかけ、講演を締めくくった。(依光隆明)

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