「僕がいなくてもだれも困らない」 失意の若者が、田舎への転職で知った「働く喜び」(1)

上司の言葉がけひとつで、モチベーションが高まった経験はありませんか?

会社の中で実際に起きた困ったエピソード、感動的なエピソードを取り上げ、人材育成支援企業代表の前川孝雄さんが上司としてどうふるまうべきか――「上司力」を発揮するヒントを解説していきます。

今回のエピソードを踏まえ、前川さんは「自分の存在や仕事が誰かの役に立っていることを実感できた時に、確かな働きがいを感じることができる」といいます――。

「いつでも自由に休める仕事」はいい仕事?

今回のエピソードはある若者の体験談です。

首都圏郊外に生まれ育ったSさん。

就職活動でことごとく選考を通過できないまま、大学を卒業しました。明確な就職動機がなく、志望していない企業を受ける気になれなかったこともあり、フリーター生活を始めます。

アルバイトでお金を貯めて、海外でバックパッカーでもしながら自分の進路をじっくり考えようとしたのです。

Sさんがとりあえず始めたのは、工場での日給アルバイト。

学生時代から暮らす一人暮らしのアパートから最寄り駅まで歩き、朝の定められた時刻に工場行きのバスに乗ります。工場エリアに着くと事務所で受付を済ませて、見知らぬ大勢の人たちと待機。

そのうち仕事の振り分け担当者がやってきて、集まった人数を見計らって作業場を振り当てます。自分の番号札を渡され、マイクロバスで現場に送られると、1日配属先の現場で単純作業に従事します。

顔見知りもいないため、黙々と指示された作業をこなします。決められた定時にその日の仕事を終えると、またバスに乗り自宅最寄り駅まで戻り、帰路に着くという流れでした。

行先は、製造ラインや物流倉庫などでしたが、日によって場所と作業内容は異なります。時にはやや重労働もありましたが、まだ若いこともあり、現場監督者の指示に従えばさほど困難なくこなせる仕事。夜勤を選べば、少し時給も増えました。

Sさんは、当面のお金を貯めることが目的なので、仕事内容を選ぶつもりはありません。ただ、単調な作業が大半で、作業現場が日替わりで親しい知り合いもできず、毎日ただ時間が流れていく感覚に虚しさを感じ始めます。

毎日誰とも話さずバスで移動して仕事を終えて、最寄り駅近くのコンビニで夕食のおにぎりを買って、自宅で食べて寝るだけの毎日。

「ああ、今日も誰とも話さず1日が終わったな...」

そんなある日、仕事を終えて工場内の事務所に戻り、作業振り分け担当の上長と会話を交わした時のことでした。

Sさん:「実は、週明けの月曜と火曜に、お休みを頂きたいのですが」
上長:「ああ、そう。別に、構わないよ」
Sさん:「2日続けてで、すみません」
上長:「いや、日替わりの割り振り仕事だから、大丈夫。今のところ、人手もなんとかなりそうだしね。だいたい、その日に来るか来ないかは本人次第。君のように声をかけてくるほうが珍しいよ。人繰りは他でなんとかするから、別に断わらなくてもいいんだよ」
Sさん:「そうなんですか...」
上長:「仕事も楽だし、いつでも自由に休めるんだから、ここはいい職場だろう! ハハハ」

上長から、すんなり休みを許されたSさん。気持ちが楽になった反面、少し複雑な思いにもなりました。

「...たしかに、自分が抜けたぶんは、朝の受付人数が1人減るだけで、大事な仕事に穴が空くわけじゃない。現場では割り振られた番号でしか呼ばれないこともあるし、誰かと入れ替わっても何の問題もない。今日、僕は25番と呼ばれたけど、月曜日僕がいなくても、他の誰かが繰り上がって25番になるだけ。別に僕がいなくても、誰も困りはしないんだ...」

地域おこし協力隊に志願!

そんな出来事があってしばらく経った頃。ネットでアルバイト探しをしているとき、Sさんはある求人情報に目を留めました。東北地方の過疎の村が募集する「地域おこし協力隊」の募集です。

「応募してみようかな...」

Sさんは、すぐに募集要項を取り寄せ、申し込み書類を提出しました。仕事の詳細はわかりませんが、少子高齢化で人口減少が進む村で、若者の力を呼び込みながら地域活性化のためのさまざまな仕事に取り組むとのこと。

縁もゆかりもない田舎で、聞いたこともない村でしたが、虚しく単調な生活を変えたいと考えていたSさんには、何か琴線に触れるものがあったのです。

なにより今のアルバイトを続けることに、気持ちの限界を感じてもいました。

Sさんは、当時の心境をこう語っています。

「毎日が単調な作業の繰り返しで、歯車のように働くだけで、『一体自分は何者なんだろう』と考え込んでいました。確かにお金は貯まるものの、どこか虚無感があったんです。僕だからできることで誰かの役に立てることがしたいと。協力隊の募集を見て、ピンときたんです」

無事に書類選考と面接をパスしたSさん。村からの委嘱を受け、現地に移住。1年ごとの更新契約で、最長3年の任期。1日8時間で、週5日の勤務。賃金は東京圏に比べるとぐんと低いものの、住まいには空き民家が貸与され、暮らしには困りません。

当面の職場は、お年寄りを中心に16世帯35人が暮らすY集落。お年寄りの暮らしを助け、集落の活性化のために、当事者の声を聞きながら、さまざまな活動を企画運営するのが仕事でした。

「僕がいなくてもだれも困らない」 失意の若者が、田舎への転職で知った「働く喜び」(2)>に続きます。

(紹介するエピソードは実際にあったものですが、プライバシー等に配慮し一部変更を加えています。)


【筆者プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお):株式会社FeelWorks代表取締役。青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授。人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業のFeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。近著に、『部下を活かすマネジメント「新作法」』(労務行政、2023年9月)。

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