大学病院で”縁起でもない”カレーが人気に? 法医学者と元検視官、長年の友情が生み出した商品とは

京都府立医科大付属病院(京都市上京区)の地下売店に「法医学教室カレー」という名のレトルト商品が並んでいる。

目を引くのはパッケージのデザイン。劇画タッチでおどろおどろしい。真っ黒な背景にしたたるような血の色。医師が手にしているのはメスではなくてカレースプーンか。

が、それ以上にインパクトを与えるのは、売り文句だ。

ホラー風なパッケージで売り出されている法医学教室カレー(京都市上京区・京都府立医科大病院)

「死ぬほど美味い法医学カレー」

むむっ、病院内の売店で「死ぬほど」と銘打つとは、なかなか攻めたネーミング。パッケージの隅には中年の男性の顔写真とともに「池谷教授監修」とある。

売店を営む大学生協の店員によると、昨年の秋に発売されてから売れ行きは好調。大学の購買部や下鴨キャンパス(左京区)でも販売が始まった。

味は本格派で中京区の人気カレー専門店が製造している。ごろっとした大きな牛バラ肉が入り、価格は600円。なぜこんな珍商品が生まれたのだろうか。

「法医学教室カレー」を監修した京都府立医科大の池谷教授(京都市上京区)

「意外と評判いいんです。おいしいって」。カレーを監修した池谷博教授(54)は、いたずらっぽく笑った。

府立医大大学院医学研究科の法医学教室に勤務する。法医学は変死体を解剖して死因を特定するのが主な領域。だが臨床医に比べると地味な存在であり、池谷教授は「知っていただく一つのアピールになれば」と昨年8月、オープンキャンパスに合わせて「法医学カレー」を作った。2日間で想定を上回る40個近くが売れた。

お土産や記念の品にもなると好評だったため、商品化に踏み切り、11月ごろから大学内の売店で取り扱いが始まった。パッケージは池谷教授の意向で、あえてホラー風のどぎついパッケージにした。

京宇都府立医科大(京都市上京区)

法医学教室には歯による身元究明を行う法歯学部門と薬毒物から死因を特定する法中毒部門もある。中辛に仕立てた「死ぬほど美味い法医学カレー」だけでなく、しびれる辛さの「舌にしびれる美味さ 法歯学カレー」と激辛の「一度食べたらやめられない 法中毒カレー」も、ともに売り出した。

池谷教授は「商売っ気はなくて、私には一切もうけはないんです。吉野さんを応援する気持ちでやっています」。

大きな牛バラ肉が入った法医学教室カレー。味は本格的だ

吉野さんとは、このカレーを製造する「欧風カレーハウス ガーネッシュ」(中京区三条室町西入ル)の店長、吉野明彦さん(63)のこと。池谷教授と吉野さんは10数年来の付き合いで、2人の縁がこの商品誕生に深く関わっている。

ガーネッシュは2014年のオープン以来、多くのメディアで取り上げられている人気店。口に入れた時は甘口で、後から辛口が追いかけてくる「二段カレーソース」を売りにする。

欧風カレーハウス「ガーネッシュ」店主の吉野さん(京都市中京区)

「タマネギとフルーツチャツネで甘みを出して、後から追いかけてくるスパイスを合わせる。絶妙のバランスを見つけるため、試行錯誤しました」と、吉野さんはこだわりを語る。

カレーの上に載せるトッピングもバラエティーに富む。白いメレンゲ、卵黄、ヒレカツを使って町内にある祇園祭の「鷹山」を模した同店名物の「鷹山カレー」は、不思議な味わいを楽しめる。

祇園祭の「鷹山」をイメージした名物の「鷹山カレー」

吉野さんは実は、京都府警の元警部。殺人や強盗事件を担当する捜査一課や鑑識畑でキャリアを積んだ。だが東日本大震災で被災の激しかった宮城県石巻市に派遣され、多くの遺体を検視する中で人間の存在のはかなさや世の無常を痛感し、2013年に53歳で早期退職した。

「50歳台前半からなら全く違う人生を取り戻せる」と、現職の時から興味のあったカレーで身を立てることを決意。接客を学ぶため1年間東京ディズニーシーで働き、都内の有名カレー店でアルバイトをしながら店舗経営のノウハウを学んだ。

吉野さんと池谷教授は、検視官と法医学者という間柄で付き合いが始まった。吉野さんは「遺体の再鑑定などで先生にはお世話になり、人としてのお付き合いをさせてもらった」と振り返り、池谷教授も「検視官は激務で徹夜になることもある。吉野さんは同志みたいな感じ」とシンパシーを語る。

ガーネッシュがオープンしてから、吉野さんと池谷教授は、店長とお客さんの関係になった。池谷教授の法医学教室が店を貸し切ってパーティーを開くこともあった。

欧風カレーハウス「ガーネッシュ」の店内(京都市中京区)

3年前の冬、吉野さんの身内に突然の不幸が訪れる。

東京で1人暮らしをしていた長男が出勤途中、交差点を横断していて車にはねられた。頭を強く打ち、脳挫傷で生死の境をさまよった。一命を取り留めたものの、記憶障害が残った。

仕事への復帰が難しい息子に何かしてやれないか。そう思い、店で作ったカレーをレトルト加工する工房を京都市内に造った。長男にはリハビリを兼ねて一部の工程を任せている。

吉野さんは警察官時代、家庭を顧みずに仕事をしてきて、長男と言葉を交わす機会はそう多くなかった。「息子に親らしいことをしてへん。私自身の罪滅ぼしみたいなものやね」としみじみ語った。

パッケージ裏面に「製造所 ガーネッシュ・ファクトリー」と書かれている

どぎつい「法医学カレー」のパッケージの裏面には、小さな字で「製造所 ガーネッシュ・ファクトリー」と書かれている。

池谷教授は「吉野さんから、息子さんが事故に遭われてけがをして、将来を考えて工場を作ったと聞いた。ぜひ何かできればという思いもありました」と打ち明ける。

レトルトカレーに込められた、深い思い。吉野さんは、池谷教授の気遣いを感じ取っている。

「カレーを監修したり、生協の購買に販路を広げてくれたり。頑張ってきた私へ、先生なりのご褒美をくれたのかもしれないですね」

京都府立医科大の池谷教授(左)とカレー店「ガーネッシュ」の吉野さん=京都市上京区・府立医科大
西川きよしさん(左)のサインも店内に飾られている

(まいどなニュース/京都新聞・国貞 仁志)

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