消えゆくパラグアイの伝統手芸「ニャンドゥティ」を次世代へ

Interview:ニャンドゥティ講師 千森麻由さん

南米・パラグアイに古くから伝わる、ニャンドゥティ。木枠に張られた生地に糸を放射状に刺し、模様を編み上げ、最後にレースをペリペリ…と剥がして仕上げる、とても珍しい技法の手芸です。

ニャンドゥティに魅了され、10年以上その発信に力を注いでいるのが、自身の教室で講師を務める千森麻由(ちもりまゆ)さんです。千森さんの人生を変えたニャンドゥティの魅力とは? そして、千森さんの活動の原動力とはーー?

この度、「てしごと my own project」に賛同いただき、千森さんから連絡をくださったことがご縁で、MeTAS+編集部が取材しました。

子どもたちが、ニャンドゥティ作りに挑戦

「ニャンドゥティ、ニャンドゥティ、ニャンドゥティ……♩」

ことばの響きを楽しみながら、作品作りに挑戦しているのは大阪府にある保育園の年長さんたち。

2024年2月、千森さんはニャンドゥティを広める新たな活動として、保育園でのワークショップを開催しました。

まずはパラグアイの文化やニャンドゥティのモチーフについて、千森さんお手製のパネルで学ぶ子どもたち。カラフルな絵柄を見て、教室は期待感に包まれます。

本来ニャンドゥティは細い針と糸で作られますが、今回は、子どもたちでも取り組みやすいように、針は太いプラスチック製に、糸は毛糸に変更。模様もとてもシンプルにアレンジされています。

木枠に固定された布地に、土台となる糸を刺し、別糸を織り込んでいくことで、2色の三角形を作ります。この作業はニャンドゥティ作りの基本中の基本。

じっと集中したり、周りとおしゃべりしたり……。子どもたちは、それぞれのペースで取り組んでいました。

絵柄ができたら、生地全体を糊付けして固めます。最後に生地をはがす工程はまた後日のお楽しみ。子どもたちからは「もっと作りたかった」「他の形も作ってみたい」などの声が上がっていました。

パラグアイの伝統手芸、ニャンドゥティとは?

ニャンドゥティは、南米・パラグアイの都市、イタウグアという町を中心に作られている伝統手芸です。パラグアイの先住民族・グアラニー族の言葉で「クモの巣」という意味を持ち、光を浴びて輝くクモの糸のように、色鮮やかなモチーフが特徴。模様を編み上げた後、最後にレースを生地から剥がすという、とても変わった技法をしています。

そのルーツは16世紀に遡り、一説には、スペインにあるカナリア諸島のテネリフェ・レース(別名:ソル・レース=太陽のレース)がパラグアイに持ち込まれたのが始まりだといわれています。パラグアイの人たちは、本来、白や生成り色が多かったレースに極彩色の糸をふんだんに使うことで、その作風をオリジナリティあるものへと変化させていきました。

350種類以上あるモチーフには、かまどや水差しなど暮らしに身近なものの名前が付けられています。

中には、白アリの巣、魚のしっぽ、牛の足あと、デベソ、ダニなど、ちょっとユニークな名前も。それほどニャンドゥティが、パラグアイの日常に根付いたものであったことがうかがえます。

長い歴史の中で、その技術は母から娘へ口伝で伝えられ、女性たちが木陰でおしゃべりを楽しみながら手仕事にいそしむ様子は、パラグアイの日常風景でもありました。

千森さんの人生を変えた、ニャンドゥティとの出会い

千森さんがニャンドゥティ講師となったのには、意外な経緯がありました。

(千森さん)

「実は、私はもともとフレンチレストランの料理人だったんです。いつか多国籍料理のお店をオープンしたいという思いもあり、2011年、各国の郷土料理を学ぶために世界一周旅行を決意しまして。日本から西回りで、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米、オセアニアと、丸一年かけて世界を回る中で出会ったのがニャンドゥティでした。一度は帰国して、料理の道を歩んでいたのですが、不思議な技法と、とびきりカラフルな色彩のニャンドゥティが頭から離れなくて……。今でこそインターネットで検索すると、いろいろな情報が出てきますが、その当時は全くといっていいほど、ニャンドゥティに関する情報はなし! これはもう現地に行くしかない、と思って、パラグアイを再訪しました。今度は3ヶ月間滞在して、ニャンドゥティの修行です。料理はどこ行ったんだ、っていう感じですよね(笑)」

現地でニャンドゥティを学ぶ千森さん。

そんなある日、パラグアイ人の友人とお茶を飲んでいた時のこと。彼女が、悲しそうにこんなことをつぶやきました。「ニャンドゥティの継承者はどんどん減っている。このままでは、ニャンドゥティは世界から消えてしまう……」。

ニャンドゥティを作るにはとても時間がかかりますが、商品価値は低く、編み子さんに支払われる給料はとても低額。若い世代が手仕事を学ぶ機会は減り、その技術を知る人は年々減っている状況でした。

ニャンドゥティ作りが生活の一部にあり、コミュニティの場でもあった時代は、過去のものになりつつあったのです。

(千森さん)

「こんなに美しい手芸品が、世界からなくなってしまう!?と衝撃を受けた私は、その場で『大丈夫、私がニャンドゥティを広めるから!!』と約束していました。自分にできることを見つけた瞬間でした」

ゼロからのスタート、ニャンドゥティを日本へ

パラグアイの友人から聞いたニャンドゥティの現状……。

そこから、千森さんの奮闘は始まりました。

まずは、ニャンドゥティを輸入して日本で販売。しかし、現地のデザインや形は当時の日本人の生活に馴染みにくいものでした。

そこで挑戦したのが、パラグアイでは作られることの少なかったアクセサリー作りです。デザインを千森さんが担当し、パラグアイの職人に作ってもらう方法でトライしました。しかし、当時はまだ通信手段も整っておらず、細かなオーダーが通らないこともしばしば。千森さんは言語と距離の壁にぶつかってしまいます。

(千森さん)

「そんな中、たまたま出店していたハンドメイドマルシェで『私もニャンドゥティを作ってみたい』という方に出会いました。なるほど、これまで販売にしか目を向けていなかったけれど、みんなに作ってもらうことで、ニャンドゥティを広めることができるかもしれない、とひらめきました」

現地でその技術を学んでいた千森さんは、さっそく2013年に教室をスタート。ニャンドゥティを作る工程は多くの人を魅了して、現在、教室は予約がほとんど埋まる盛況ぶり。千森さんの教え子の中には、ニャンドゥティの教室を新たに開いた方もいます。

(千森さん)

「この10年でSNSが普及して、日本ではニャンドゥティ作品の投稿がたくさん見られるようになりました。こうした動きは、パラグアイでも自国のことを見直すきっかけになり、現地の職人さんが個人でアクセサリーを販売するなど、逆輸入する形で、ニャンドゥティの価値が見直され始めています。道半ばではありますが、10年前には見えなかった景色が見えているなと感じています」

うまくいかない日々も、ぶれない「目標」があるから頑張れた

二人のお子さんの子育て中でもある千森さん。教室の運営の傍ら、SNSの更新、書籍の出版、ご自身の広報活動など、多忙な日々を送っています。

なぜそこまで、目標に向かって頑張れるのでしょうか。

(千森さん)

「一番は『何のためにそれをやりたいのか』、自分の活動に意味を持たせていることでしょうか。しっかりとした目標がないと、活動の方向もぶれるし、続かないし、周りの生活がよく映る。正直、ニャンドゥティの継承を目標に掲げてからの6〜7年、生活はとても厳しいものでした。でも、私には「パラグアイの職人さんを助けたい」というはっきりした目標があったから、ここまで続けてこれました。ニャンドゥティは、私に人生の夢や目標を作ってくれた。私はニャンドゥティに助けてもらったんです。

ニャンドゥティに限らず、個人がSNSで発信できる時代になって、ハンドメイドを取り巻く環境も、随分変わりましたね。個人のクリエイティブを、ビジネスとして持続していく手段ができた。マーケティングやブランディングなど、学ぶべきことはたくさんありますが、一番大切なのは、ぶれない目標だと思います」

教室に飾られる美しい作品の数々。ベビー用の衣装は息子さんのために千森さんが手作りされたもの。

千森さんに、未来の目標を聞きました。

(千森さん)

「今後、私のように日本でニャンドゥティを伝えてくれる人たちが、ボランティアという形ではなくきちんと収入を得て、そこからパラグアイにも還元できる仕組みを作りたい。そのためには、生活にニャンドゥティを取り入れてくれる人を増やす必要があります。ニャンドゥティの認知度が上がれば、パラグアイで商品を購入する人が増えて、職人さんの一助にもなるはずです。今後は日本だけでなく、海外も視野に入れて発信を続けたいと思っています」

「ニャンドゥティの一番の魅力は、なんといっても簡単にできること! 針と糸と生地さえあれば、いつでもどこでも、休み休みでも、手軽にできるんです。小さなアクセサリーであれば、1時間あれば完成しますよ。今後、刺繍や編み物などと並んで、皆さんがハンドメイドを始めたいと思った時の選択肢になれば嬉しいです」

色とりどりの、かわいらしいフラッグが完成

子どもたちがせっせと編んだニャンドゥティは、天日干しをした後、最後に生地から切り離されて、色鮮やかなフラッグとなりました。

自分で素材を選び、コツコツとものづくりに取り組む体験は、子どもたちが遠いパラグアイの文化に思いを馳せるきっかけになったことでしょう。

友だちと一緒に机を囲んで、おしゃべりを楽しみながら製作する子どもたちの姿に、パラグアイの小さな町の風景が重なりました。

▼ニャンドゥティアカデミー公式Webサイト

https://nanduti.jp/

▼Instagramアカウント(@kera_nanduti)

https://www.instagram.com/kera_nanduti/

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