新スタジアムでS広島Rの背番号8が復帰…苦しい長期離脱を乗り越えた小川愛が再び輝くとき

サンフレッチェ広島レジーナの新スタジアム初陣でMF小川愛がケガから復帰を果たした。3日にエディオンピースウイング広島で行われたWEリーグ第8節のアルビレックス新潟レディース戦。1点ビハインドの60分、小川が途中出場でピッチに入った。そこにやってきたMF柳瀬楓菜はハイタッチをしながら言う。

「おかえり!」

まだシーズンが始まる前の昨年8月、新たに8番を背負う小川は3年目の戦いに向けて燃えていた。昨季は高精度キックを武器にセットプレーからアシスト数を増やしたが、得点は2シーズンでゼロ。今季は特にゴールやアシストの数字により強い意欲を示していた。

「中盤の選手でも点を取れるようになればチームも楽になるので、まずは積極的にゴールを狙っていきたい。自分がシュートを打つと相手も必死で守りにくると思うので、そこでもうひとつ冷静に味方の動きを生かせるプレーもできれば、選択肢が増えるし、(チームが)ゴールにも近づけると思う。セットプレーも今シーズンはもっとバリエーションを増やして、ゴールにつなげていきたい」

その熱い思いは直後のWEリーグカップですぐに体現した。グループステージ全5試合にフル出場し、第2節のセレッソ大阪ヤンマーレディース戦でプロ初ゴールを決めると、第4節の三菱重工浦和レッズレディースではベストゴールにも輝いた鮮やかな直接FKを沈めてチームを勝利と決勝進出に導いた。10月に行われた決勝の新潟L戦も延長戦を含む120分を戦い抜いて、チーム初のタイトル獲得に大きく貢献。輝かしい好スタートを切っていた。

だが、このときすでに痛みと戦っていた。9月に左中足骨を痛めて、11月の練習試合で完全に骨折。リーグ戦が始まる1週間前のことだった。チームのリーグ開幕戦の前日、小川は初めて手術を受け、全治約3カ月と診断された。キャリアで初めての長期離脱だ。

「最初は受け入れきれなくて、リーグ戦が開幕して進むにつれて、自分の気持ちの整理がつかなかったり、どこか焦ってしまったりすることもありました」

手術後は松葉杖での生活を約1ヶ月。自由に動けず、日常生活も大変な時期で、足を地面につけられないまま筋力も落ちていった。「最初の松葉杖の期間は1日1日が長く感じました」。そんな状態からリハビリを始め、ケガの影響で思うようにできないことも当然出てくる。だが、初めてのケガで何が正解かわからず、できなくても仕方がないことでも自分の「弱さ」だと思い込んで自分を責めることもあった。

「リハビリが遅れていたわけではないけど、思い通りにできないことがあって、すごく焦っていた時期もありました。自分にとって初めての経験で、このケガ自体も初めてだったので、やっていることが正しいのか、間違っているのか、出ていい痛みなのかとかも全くわからずに、気持ちが不安定なときもありました」

苦しい日々を過ごしていたが、それでも「起こっていることを受け入れていくしかない」と気持ちを切り替えた。できない自分を認めて、いまできることを見つめる。そうすることで前を向いた。

「現実を受け入れて、自分の体と向き合いながらリハビリするしかなかった。(できないことがあっても)『こういう日もある』っていうのを受け入れて、無理にその日の100点を求めないっていうのもすごく学びました。その時の100点を自分に求めず、その日の自分を受け入れてやっていくしかないので、今日は調子がいい日、悪い日と思いながら、自分と向き合いました」

周りの支えにも背中を押されてリハビリに励んだ。「(感謝したい人は)たくさんいますね。日頃から練習に来てくださる方も声をかけてくださいましたし、チームメイトもスタッフも家族もみんな声をかけてくれたので全員に感謝したいです」。

離脱中はMF渡邊真衣が抜けた穴を埋めて活躍。小川としては焦ってもおかしくない状況だが、冷静にチームメイトの戦いを見ていた。むしろ、ポジション争いを「いい刺激」と捉えた。

「試合でチーム全体を上から見て1人1人の動きを学べて、レジーナ全体を見るすごく良い機会になった。私も含めてボランチの選手は全員タイプが違うので、私も吸収したいところと、逆に私だったらこういうプレーをしていたなってところと、いろんなことを織り交ぜながら見ていました。競争は絶対に必要だし、それがチームにとってもプラスに働くと思うので、私もまず自分のパフォーマンスを上げることに集中してやっていきたい」

チームのフォーメーションも離脱中に3バックへと変わったが、小川は「周りと差がなくやれている」と復帰後のプレーのイメージもできていた。

「チームの強みの両ウイングを生かすサイドへの展開やダイナミックなプレーは私の得意なところなので、そこは出していきたい。それにプラスして、いまはダブルボランチなので積極的にゴール前に関わっていきたい。3列目からの飛び出しだったり、積極的にボックス内に入ってシュート数を増やしたりっていうのは、男子のサッカーを見ていても思うけど、これからプラスして取り組んでいきたいところです」

初めての長期離脱を乗り越えて、ピッチに戻ってきた。復帰戦はS広島Rの新スタジアム初陣という歴史に残る試合。最多4,619人が集まったスタジアムで、紫のサポーターからは温かい声援が届いた。ピッチでは、すかさず柳瀬に迎えられる。

「(柳瀬は)『おかえり!』って言ってくれて素直にうれしかったし、みんなが『おかえり』って言ってくれたのがうれしかったです」

ただ、出場したのは1点ビハインドの状況。何としても勝ちたい大切な試合で、小川は復帰の喜びよりも、勝利することしか頭になかった。「負けている状況だったので、とにかく点を取ることだけを考えて入った。(チームは)シュートも打ててなかったし、チャンスも作りきれてなかったので、(自分は)ゴール前にどんどんかかわっていくこと、あとはセットプレーでも流れを変えることを考えていた」と振り返る。

しかし、S広島Rは71分に相手CKで痛恨の失点。2点差に広げられたチームはより前がかりに攻め込んだ。72分、左サイドから切り込んだMF中嶋淑乃の折り返しをゴール前のMF上野真実が収めて落とす。その後方で待ち構えていたのは「クロスに対して自分が積極的にボックス内に入っていこうと思っていた」という小川だ。ペナルティエリア内に走り上がり、自身のイメージ通りの動きを見せたが、シュート直前でタイミングが合わずに相手の好守に阻まれた。

75分には新加入FW古賀花野のデビュー弾で1点差にすると、80分にはホームスタンドの前でFKのチャンスを迎えた。位置はリーグカップ戦の浦和戦よりも中央寄り。「自分たちのサポーターの前だったので、絶対に決めたいと思っていた。自分のキックだけに集中して蹴りました」と小川が気持ちを乗せて右足を振り抜いたが、シュートは惜しくも相手の壁に弾かれた。

S広島Rは最後までゴールを狙ったが、1-2で敗れて新スタジアム初陣を飾れなかった。試合後の小川は、「勝たないといけない試合だったので本当に悔しい」とひたすら悔しさを噛みしめていた。「新スタジアムができてたくさんの方が注目してくれているので、チームで結果を出して挽回しないといけない。もうどれも落とせない試合なので、目の前の試合を1戦1戦全力で勝ちに行くしかない」とこの悔しさを糧に戦っていく。

苦しんだ日々を経て復帰を果たしたいま、「もう求められているのは結果なので、そのためだけにトレーニングしていきたい」と闘志を燃やす8番が帰ってきた。新スタジアムで迎えたシーズン後半戦は再び輝くとき。

「もちろんケガをしない方がいいけど、『あのケガがあったから』って思えるようにするのも自分次第だと思うので、今後のパフォーマンスや結果につなげていくことで自分自身がそう思えるんだと思う」。初の長期離脱を乗り越えた小川の強さを示す戦いが始まった。

取材・文=湊昂大

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