「女性は『管理職』を目指さなければならないのか」 あなたの人生と、「おひとり様」老後の貧困回避のため(1)/ニッセイ基礎研究所の坊美生子さん

管理職は「罰ゲームか?」といった否定的な論調が多いなか、女性が管理職に就くことは「メリット」が大きいと言う女性研究者がいる。

「おひとり様」の老後を襲う「貧困リスク」の防止になるばかりか、「管理職になると、これまで見えなかった地平が開け、人生のプラスになる」というのだ。

全女性にエールを贈るニッセイ基礎研究所の坊美生子さんの渾身のリポートと、インタビューをお届けする。

「管理職になって、初めて見えてきたことがある」

この研究調査は、ニッセイ基礎研究所研究員の坊美生子(ぼう・みおこ)さんが2024年2月19日に発表した「女性は『管理職』を目指さなければならないのか~女性のウェルビーイングの視点から考える~」というリポート。

リポートは、同研究所が一般社団法人定年後研究所と昨年(2023年)10月に行った共同研究がもとになっている。この中で坊美生子さんは、家庭と仕事の両立などで大変なことは間違いないが、「管理職を目指したほうが、女性自身にとってメリットが大きい」と、強く訴えている。

その理由の第1は、「キャリアアップ」して「収入アップ」を目指したほうが、結果的に将来プラスになること。【図表1】は役職ごとの平均月収の違いだが、女性でも部長級になると非役職者の2倍の収入を得られる。この差が将来に影響する。

(図表1)役職ごとの平均月収の違い(ニッセイ基礎研究所作成)

【図表2】は、女性の老後の生活収入の柱になる厚生年金保険(月額)の階級別分布図だ。これを見ると、男性(青色)のピークの「17~18万円」に比べて、女性(赤色)のピークは「9~10万円」と、はるかに低水準だ。

(図表2)男女でこれだけ違う年金受給額(ニッセイ基礎研究所作成)

管理職に就く女性が少なく、平均勤続年数が短いため、年金にも男女格差が生まれている。夫と同じ家計で暮らす場合はあまり問題ないかもしれないが、未婚や離別の場合は、厳しい生活が予想される。

【図表3】は東京都立大学の阿部彩教授による研究データだが、65歳以上の性別・世帯別の所得では、女性の「おひとり様」(単独世帯)の相対的貧困率が4割以上(44.1%)と、群を抜いて高いことがわかる。

(図表3)性別・世帯別に見た相対的貧困率(ニッセイ基礎研究所作成)

また、厚生労働省の「2022年国民生活基礎調査」によると、女性の「おひとり様」(単独世帯)の貯蓄額は、「65歳以上」と「75歳以上」のいずれも、約3割が200万円未満という状況だ。

一般的に、女性は男性より長生きするから、結婚していても、夫と死別後、シングルになると「貧困リスク」に直面する可能性が高い。また、未婚率も上昇し、離婚するリスクもあることから、シングルになる場合に備えて、収入が高くなる管理職を目指したほうが得策だ。

第2の理由は、「女性が管理職になると、人生にプラス」という、もっとポジティブなものだ。【図表4】は、大企業で働く45歳以上の女性のアンケート結果だが、管理職経験のある167人のうち7割近くの人が「管理職の仕事は人生経験としてプラスだ」「管理職になって初めて見えてきたことがある」と、肯定的にとらえている。

(図表4)管理職を経験した中高年女性の総括(ニッセイ基礎研究所作成)

「管理職の仕事は面白い」という人は4割にとどまるものの、自身の人生にとってプラスだったと総括する女性が多い。なかには、企業インタビューで「若い人に伝えたいのは、管理職になると責任は増えるが、それによって見えるものが違ってくる」と語る女性もいた。

また、管理職になることは、老後に備える収入アップの確実な「自己防衛策」としてだけではない。女性にとって、人生の経験値になる「何か」が得られる可能性を秘めている。長い職業人生の後半で、「管理職」から見える景色を覗いてみようではないか、と結んでいる。

自分の都合で仕事をコントロール、子育てもラクに

J‐CASTニュースBiz編集部は、ニッセイ基礎研究所研究員の坊美生子さんに話を聞いた。

――管理職経験のある女性の約7割が「自分の人生にとってプラスだった」と総括しているとありますが、精神的によかったというところが、とてもいい話ですね。なかなか、男性ではこうはいかないかもしれません。

坊美生子さん 共同研究では、アンケートと同時並行して企業へのインタビュー調査を行いましたが、ある企業の女性は、「若い人に伝えたいのは、管理職になると責任は増えるが、それによって見えるものが違ってくる。自分の人生にプラスになる」と語っていました。

彼女の話がとても印象的で、実は同じようなとらえ方をしている管理職経験者が多いのではないかと思ったので、アンケートの中に設問を入れました。その結果、管理職の業務自体を評価する見方は4割にとどまったのですが、7割が「人生にとってプラス」と答えているので、もっと内面的なもので満足したということですね。

女性と男性とでは、仕事に対するモチベーションが違うという研究があります。男性の場合は、「地位や給料が上がる」といった「外発的な動機」が大きいとされています。

しかし、女性の場合は「自分の成長につながる」といった「内発的な動機」が大きい傾向があります。従って、管理職に就くことで「初めて管理する側になり、これまで知らなかったことが分かるようになった」とか「視野が広がった」といった、自身の人間的成長につながるような経験ができたことを、プラスととらえているのではないでしょうか。

――なるほど。管理職になると、「自分が成長できる」という心の喜びが大きいというわけですね。

坊美生子さん そのとおりです。しかし、それと同時に別のメリットもあるのです。

インタビューに答えてくれた別の企業の女性は「マネジャーになると、自分で仕事の締め切りやスケジュールを設定できるから、自分の子育てやプライベートの都合と調整しやすくなる」と言っていました。一般的には、管理職になると忙しくなるので、仕事と家庭の両立が困難になる、と考えられがちだと思いますが、むしろ逆だったというわけです。

チームの仕事でも、自分の都合に合わせて全体をコントロールできる点が、
家庭を持つ女性管理職にとって良いところ、というわけですね。部下の立場だと、そうはいきません。

「タイパ」重視の若者も、成長すれば仕事が楽しくなる

――しかし、管理職というと、最近では女性に限らず男性でも「罰ゲーム」というキーワードでネガティブに語られて、若手社員がなりたがらなくなっているのが現実です。

まず、企業が若い層の人材確保のために、賃金を若手に手厚く支給する分、40代~50代の管理職層への支給を減らす傾向があり、若い人から見ると、管理職であることの「コスパ」(コストパフォーマンス)や「タイパ」(タイムパフォーマンス)が低下しています。

さらに、働き方改革で残業が減った分、管理職にしわ寄せがきています。そのうえ、「パワハラ防止」や「コンプラ対応」「ダイバシティ対応」「部下のメンタルヘルス問題」といった現代的な課題が、次々と現場の中間管理職に降りかかっています。

以前よりも管理職の仕事のハードさが増しているのに、あえて働く女性たちに「管理職になるメリットは大きい」と呼びかけても大丈夫なのでしょうか。

坊美生子さん 「管理職=罰ゲーム」といった議論があることは承知しています。しかし、それは過度にネガティブな表現をしているように思えます。職場で働き方改革が進めば、管理職の仕事の在り方も変わってきますし、もう一つ大切なのは、仕事に対する働く人の意識は、さまざまな経験や環境によって、変化するということです。

たとえば、若い人が管理職は「コスパ」や「タイパ」に合わないと思っているとしても、やりがいのあり仕事や、責任の大きな仕事を経験し、5年、10年たって仕事が面白くなれば、彼らの考えも変わっていきます。

もっと上の立場から、部署のパフォーマンスを上げたいとか、新しい事業に挑戦したいと思うようになる人もいるでしょう。「管理職=罰ゲーム」は、新入社員世代の若者の考え方に、焦点を当て過ぎた見方と言えるでしょう。

若者にいろいろな経験をさせて、彼らがもともと持っているやる気といったポジティブな精神をアップさせる方向にもっていくべきです。そうすれば、管理職に対する考えも変わっていくのではないでしょうか

――女性でいえば、どういういうことがいえるでしょうか。

坊美生子さん たとえば、一般職の女性と総合職の女性がいるとします。上司は「一般職の女性は、あまり成長への意欲が強くないから一般職を選んで入社した」と考えがちです。しかし、彼女たちにも責任ある仕事を持たせ、どんどん経験を積ませて、適切に評価すれば、大いに羽ばたいてくれるはずです。人はどんどん変わっていくものです。

私自身も新聞記者時代、3つの地方支局を経験しましたが、最初の支局では新人ということもあって甘えがあり、会社に貢献しようという意識は低かったです。しかし、2つの目の支局でいきなり重要な仕事を任されると、すっかり仕事が面白くなり、責任感も、会社に貢献したいという気持ちも大きくなりました。

若い人が管理職は「コスパ」や「タイパ」に合わないと言っていても、それは今だけの話。成長して仕事が面白くなれば、自身の中で、仕事の価値が上がっていくかもしれません

「自分が成長できる」プラス面を発信してほしい

――なるほど。しかし、働き方改革によって、さまざまな雑用のしわ寄せが管理職にきていますよね。

坊美生子さん その問題も時間とともに変わるでしょう。現在、働き方改革は過渡期です。やがて企業における残業の見直しは、管理職にも浸透していくでしょう。

現在、管理職が抱えている多くの負担も整理されていくべき時期に来ています。そうしないと、本当に管理職のなり手がいなくなります。管理職自身の業務の在り方や働き方の見直しをしないと、特に女性はやりたがりません。

――ほかにも何か必要なことがありますか。

坊美生子さん 管理職に対するプラス面を伝えていくことも、ひとつの手だと思います。各企業の管理職登用研修などで、管理職を経験した女性たちが「管理職って大変だけど、自分自身の成長につながった」と積極的に発信すれば、裾野の女性たちの意識も変わっていくのではないでしょうか。

「女性は『管理職』を目指さなければならないのか」 あなたの人生と、「おひとり様」老後の貧困回避のため(2)/ニッセイ基礎研究所の坊美生子さん>に続きます。

(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)


【プロフィール】
坊 美生子(ぼう・みおこ)
ニッセイ基礎研究所生活研究部准主任研究員
2002年読売新聞大阪本社入社、2017年ニッセイ基礎研究所入社

主に中高年女性の雇用と暮らし、キャリアデザインを研究。日本は世界の中でもジェンダーギャップが最低ランクで、働く女性の賃金や老後の年金にも大きな男女格差があり、老後の女性の貧困リスクは増している。
そこで、女性がもっと自然体で、自律的に、生き生きと暮らしていくためには、社会全体のジェンダーギャップ解消が必須と考え、多くの研究リポートを発表。また、生活者の視点から、高齢者が利用しやすく、外出促進につながる移動サービスのあり方についても研究。
現在、「次世代自動車産業研究会」幹事、日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員。

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