Apple Vision Proを高価な製品にしたアップルの狙い

By 西田宗千佳

Vol.136-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルが米国で発売した「Apple Vision Pro」。高価だという指摘があるが、その狙いはどこにあるのかを解説する。

今月の注目アイテム

アップル

Apple Vision Pro

3499ドル~

↑2023年6月に発表となったApple Vision Proがついに発売開始。全米のApple StoreもしくはApple Storeオンラインで予約したうえでの、App Storeのみでの販売となっている。日本でも2024年下半期に発売開始の予定だ

Apple Vision Proをアップルは「空間コンピューティング」デバイスと呼んでいる。ただ、彼らがどう呼ぶかはともかくとして、形状がVR機器にかなり近いことは間違いないし、構造的にもほぼVR機器と同じだ。

では、VR機器とApple Vision Proを分けるものは何なのか? それは利用者が体感できる画質であり、そこから生まれる自然さだ。

Apple Vision Proは片目4K弱の解像度を備えたマイクロOLED(有機EL)を使っており、一般的なVR機器よりも解像度が高い。解像度が高いということは、それだけ目に見える映像が精細であるということになる。

人間の目で見て違和感が少ない映像を実現するには、十分に高い解像度を備えたディスプレイが必要になる。しかも、画像密度も同様に高い必要がある。結果として、人間の目に自然に密度が高い映像として感じられるようにしないと、現実との差が大きくなってしまうわけだ。

解像度を高くするのはそこまで難しい話ではない。パーツが高くなるが、高解像度のディスプレイを調達して搭載すればいいだけだ。ただそれを快適に使おうとすれば、両眼分の解像度、すなわち横8Kぶんの処理を楽々とこなせる性能が必要になってくる。

VRのように目を覆ってしまう機器では、映像の書き換えが遅れたり途中で止まったりすると「酔い」につながる。だから、性能はPCやスマホ、ゲーム機よりもさらに余裕を持って設計する必要が出てくる。

さらには、カメラから取り込んだ映像に歪みが出ないように各種補正をかけなくてはならない。そうでないと手元が歪んだり奥行きが不自然になったりすることが多い。周りが見えていても、実際の感覚と違っているようであれば、ヘッドマウント・ディスプレイ(HMD)をつけたまま歩くことは難しくなる。

このように“自然な映像”をHMDで実現するにはさまざまな技術的な難題がある。それを解決するためには、一定以上に高性能なコンピューター、ディスプレイ、カメラのセットを採用しなくてはならない。結果として、そういう製品は高価になってしまうわけだ。

Apple Vision Proは3500ドルと高価な製品だ。画質の高さなどを評価する声は多いが、同様に、3500ドルという価格が高すぎるとの指摘も多い。筆者はアメリカに行って実機を購入したが、3500ドルが高価である、というのはその通りだとは思う。

だがそれでも、アップルの選択は正しいと感じる。この機器は、過去にVR機器を多数使った人に向けた商品ではない。実際に買う人は、VR体験者が多いと思うが、アップルが狙っている顧客層はVR体験者ではないのだ。

彼らが狙っているのは、まだVRなどに懐疑的な人々だ。不自然かつ快適でない画質では彼らを満足させることはできない。現在使える技術による理想的な製品をまず作り、“未来はこちらにある”ということを示す必要があったわけだ。

「空間コンピューティング」という名前を使っているのも、過去の機器と差別化し、新しい世界を作るものと言うイメージをアピールしたいからだろう。

理想的な機器を高い価格で作っても売れるのは、アップルが高いブランド価値を持っているからにほかならない。ほかのIT企業が作っても、ここまで大きな話題にはならないだろう。まずは一定の安価な価格で普及させ、その後に技術を進化させていくというのが定番だ。

そういう意味では、Apple Vision Proはこれ以上ないくらい“アップルらしい”製品なのである。

では、彼らが考えている「空間コンピューティング」とは、キャッチフレーズだけの存在なのだろうか。実際にはそうではない。それはどういうものかは次回解説していくことにしよう。

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