入れ子グラバスター「ネスター」を理論的に発見 重力理論の “マトリョーシカ人形”

「ブラックホール」は現代物理学が破綻する領域であるため、それを回避するための理論的な提案がいくつも出されています。代表的な回避策の1つは「グラバスター(Gravastar)」です。

ライプツィヒ大学理論物理学研究所のDaniel Jampolski氏とLuciano Rezzolla氏は、「アインシュタイン方程式」を解くことで現れるグラバスターについて研究し、「グラバスターの中にグラバスターがある天体」が存在可能であることを示しました。この入れ子構造は何重にも可能であるため、両氏はこの天体を「ネスター(Nestar)」と名付けました。

ネスターが実際に存在するかどうかは分かりませんが、この研究結果は重力に関する数学的な視野を広げることに繋がるでしょう。

【▲図: 今回の研究で予言されたネスターは、グラバスターの入れ子構造となっています。 (Credit: Daniel Jampolski & Luciano Rezzolla, Goethe-Universität)】

■「ブラックホール」は重力理論の悩みのタネ

1915年、アルベルト・アインシュタインは重力に関する有名な理論「一般相対性理論」を提唱しました。この中には重力について理解するために必要な「アインシュタイン方程式」と呼ばれる方程式が存在します。

一般相対性理論が発表された直後の1916年、カール・シュヴァルツシルトはアインシュタイン方程式を解くことで、重力の強さが無限大となる点と、光すらも逃げ出すことができない領域が生じることを発見しました。これが今日で言う「ブラックホール」の最初の発見です。

初めは純粋に数学的な存在でしかなかったブラックホールですが、天文学の発展と共にブラックホールが存在しなければ説明のつかない物理現象が次々と見つかりました。2019年にはイベント・ホライズン・テレスコープによって初めてブラックホールが可視化されるなど、その存在はもはや疑いようのない段階にまで達しています。

ただし、ブラックホールの存在は現代物理学における極めて厄介であり、実在しないという意見も根強く存在します。例えば、ブラックホールの中心部には重力が無限大となる特異点が存在すると考えられています。特異点の性質を予測することは一般相対性理論を含む現在の理論では不可能であり、このため特異点は “現代物理学の破綻点” と呼ばれることがあります。また、特異点の周りを覆う事象の地平面の内部では、光すらも逃げ出すことができません。そこでは物質が持っていた様々な性質に関する情報も失われてしまいますが、情報が失われるという現象は現代物理学に反します。この部分の矛盾も現在の理論では説明できていません。

ある理論を解くことで、その理論では説明できない性質を持つ答えが出現した場合、通常は解き方が間違っているか、もしくはその答えが実在しないことを疑います。一般相対性理論を解くことで一般相対性理論では説明できないブラックホールという答えが現れたならば、ブラックホールの実在を疑うことはある意味で当然とも言えるでしょう。

一方で、これら理論の破綻が起こるのはブラックホールの内部での話であり、ブラックホールの外部の性質は簡単に予測することができます。そして、ブラックホールの外部の性質を仮定しなければ説明できない天文現象はいくつも見つかっています。これらの状況から、仮にブラックホールが実在しないとしても、少なくとも外見的にはブラックホールと区別が難しい天体が存在する必要があります。

このような状況を元に、一見すると “ブラックホールっぽい” 性質を持つものの、ブラックホールとは別の性質を持つ天体がいくつも提案されています。

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■ブラックホールの代替天体「グラバスター」

「グラバスター(Gravastar)」は、提案されているブラックホール代替天体の1つです。2001年にPawel O. Mazur氏とEmil Mottola氏によって提案されたグラバスターは “gravitational vacuum star(重力真空星)” を合成した名前です。

少なくとも、グラバスターの外見的な特徴はブラックホールそっくりです。グラバスターの周りは重力が非常に強く、表面は真っ黒に見えるでしょう。このため、ブラックホールでしか説明できない天文現象を、そのままグラバスターに置き換えても成立します。

一方で、グラバスターの内部の様子はブラックホールとは全く異なります。グラバスターの中心には重力とは反対の性質を持つ力である暗黒エネルギー(ダークエネルギー)が詰まっており、無限に潰れることを回避し、特異点が生じることを防いでいます。グラバスターの名に “真空” が含まれているのは、暗黒エネルギーの別名が真空のエネルギーであることに由来します。

また、ブラックホールには事象の地平面という一方通行の境界がありますが、グラバスターにはありません。その代わり、グラバスターの表面には非常に薄い物質の層があり、その厚さはゼロに限りなく近いと考えられます。

■入れ子グラバスター「ネスター」を提案

Jampolski氏とRezzolla氏は、アインシュタイン方程式を解くことでグラバスターの性質を調べる研究を行いました。今回の研究に限らず、アインシュタイン方程式は重力に関する様々な洞察を提供しますが、数学的に解くことは難しいものです。このため、新たな解き方によってこれまでに知られていない天体の性質が現れることもあります。

両氏はアインシュタイン方程式を解くことで、グラバスターの内部に別の物質の層をおいても安定して存在できることを示しました。つまり、グラバスターの中に別のグラバスターが入っていても、そのような天体は安定して存在できるということになります。また、この層は2枚重ねに限らず、任意の枚数だけ重ねることが可能であることを示しました。まるでマトリョーシカ人形のように、いくつものグラバスターが入れ子 (nest) 構造になっていることから、両氏はこの天体を「ネスター(Nestar)」と名付けました。

現段階では、ネスターが理論的に存在可能であることを示しただけで、実際にこの宇宙に存在するかどうかは不明です。また、仮にネスターが存在したとしても、その生成過程は不明です。それでも、重力理論を解くことでネスターのような興味深い存在が出現するということは、数学的に探索されていない重力理論の領域がまだまだ存在することを示しています。ネスターの研究は、グラバスターやブラックホールに関する新たな理解に繋がるでしょう。

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文/彩恵りり

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