年金月16万円の75歳母「老人ホーム」入居検討→実家売却のつもりが…まさかの事態に46歳長男「なにかの間違いだろ?」【FPが助言】

(※写真はイメージです/PIXTA)

年齢を重ねるなかでだれもが気にする「親の介護」。介護はいつはじまるか分からないからこそ、親がまだ元気なうちから、資産状況などを事前に把握しておくことが大切です。そこで今回、母親の介護に困るAさんの事例をもとに、親子間でやっておきたい事前対策について詳しくみていきましょう。FP Office株式会社の中洞智絵FPが解説します。

離れて暮らしていた息子…帰省して気づいた「母の異変」

ある日、FPである筆者のもとに、46歳男性のAさんが相談に訪れました。聞けば、「認知症の母を老人ホームに入れたいが、実家を売れないと言われた。今後の資金繰りについて相談したい」と言います。筆者はAさんに、詳しく話を聞くことにしました。

Aさんは地元の高校を出たあと県外へ進学し、そのまま県外で就職。実家に帰省するのは年に1~2回程度です。父は昨年亡くなっており、母は実家でひとり暮らしをしています。

先日、Aさんが父のお墓参りを兼ねて帰省をしたときのことです。母に父の思い出を話すと、母は「あら、そうだったかしら?」と繰り返します。前から物忘れはありましたが、体験そのものを忘れているようで、Aさんがどれだけ話しても思い出せない様子です。

また、母は絶えず物を探しており、一緒に探してみると、カギがカーペットの下にあったり、食材がクローゼットのなかにあったりと、ありえない場所から発見されます。

母の変化に違和感をおぼえたAさんは、「まさか、認知症か……?」と思いました。

「母さんももう75歳だしな……。もし認知症なのであれば、独り暮らしは大変だろう」。早速老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)などといった高齢者施設を調べ始めたAさん。すぐにサポートできるよう、Aさんの自宅近くにある施設をいくつかピックアップしました。

しかし、入居金や月額利用料などを払っていくには、母の年金(月16万円)だけでは到底足りません。「それなりに貯蓄はしてきたけど、母のために使うお金の余裕は正直ないな……」。考えた末、Aさんは「もし老人ホームに住むことになったら、実家を売ってそのお金を資金源にしよう」と考えました。

少しして、再び帰省したAさん。数週間ぶりの実家の様子は、さらに悪化していました。庭の雑草はぼうぼうに生え、使用済みの食器や溜まったゴミが放置されています。もともと活発で綺麗好きだった母を思い出したAさんは、思わず涙を流したそうです。

病院では予想どおり、「認知症」と診断されました。認知症とは、脳の病気や障害などさまざまな原因により、認知機能が低下し、日常生活全般に支障が出てくる状態のことです。

病院で「まずは地域包括支援センターへ相談するように」と勧められたAさんは、その足で地域包括支援センターに向かいました。

「要介護認定」が出たAさんの母

地域包括支援センターの窓口で相談をすると、担当者はAさんの母にどの程度サポートが必要かチェックします。

その結果、「要介護認定を取りましょう」ということになりました。要介護認定を取ればケアマネージャーがついてくれるようで、県外に住むAさんにとっても安心です。

その後無事に要介護認定が出たAさん母は、週に2回ヘルパーが自宅に来てくれるようになりました。当面は配食の手配などを行い、Aさん自身は月に1回程度帰省して帰って様子を見ることに。実家を売却し施設に移ってもらう話については、「この状態の母に言ってもしょうがない」と思い、心にしまいました。

不動産業者から告げられた「衝撃の事実」

上記の生活にも少し落ち着いてきたころ、Aさんは母を施設に入れるべく、そろそろ実家売却に向けて動き出しました。

不動産業者を訪れ、「実家を売って母を施設に入れたいのですが」と相談したところ、担当者から衝撃のひと言を言われてしまいました。

担当者:「売却を希望されているご実家の所有者はどなたですか?」

Aさん:「母です」

担当者:「なるほど。お母さまは認知症とお聞きしましたが」

Aさん:「はい」

担当者:「とても言いにくいんですが……認知症と診断されてしまうと、『本人に判断能力がない』として、財産の処分を行うことができないんです」。

Aさん:「えっ?」

担当者:「ですので、売却するには『成年後見制度』ですとか、そういったものを使うしかないのですが……」

これ以降のやり取りは頭が空っぽになり、耳に入りませんでした。

え、売却できないの? なにかの間違いだろ……? いまのままの生活を続けるのは自分の体力的にもしんどい。だけど、放置するわけにもいかない。家に引き取るといっても家族は疲弊してしまうだろうし、母にとってもストレスだろう。自分はこれからどうしたらいいんだ……。

悩んだ末、Aさんは筆者のFP事務所を訪れたそうです。

認知症になるとできなくなること、6つ

母親の認知症が発覚した場合、とてもショックだと思います。

しかし、すでに起きてしまったことですので、やはり適切に対応をしていかなくてはなりません。Aさんがなにを準備していれば困らなかったか、そしてこれからどういった対策が必要かについて、一緒に確認していきましょう。

あらかじめ認識しておきたいのは、認知症は「病気」であるということです。ダイエットなどのように、本人の努力で改善されるものではありません。できることが1つずつ減っていく親を目の当たりにすると、その事実をすぐには受け入れられないのは当たり前です。

しかし、受け止めきれない感情を親にぶつけるなどしてしまった結果、余計に症状が強く出るケースもあります。そのため、認知症が発生した場合、家族の理解が必須です。

家族が認知症になったら、まずは地域包括支援センターへ

家族が認知症になった際は、Aさんのように、まずはお住まいの管轄の地域包括支援センターに相談しましょう。そこで介護申請を行うと、その後、認定調査と主治医の意見書をもとに審査され、要介護度が決定されます。

要介護認定を受けることにより、国の介護サービスが1割負担で受けられるようになります。

ただし認知症の場合、身体機能に問題が少ない場合もあり、「介護が必要ない」あるいは要介護度が低く判断されるケースもあります。そのため、現在の状況を医師や担当者に具体的に説明することが大切です。

また、担当してくれるケアマネージャーの専門によっても個別の対応が異なるため、認知症に詳しい担当をお願いすることも有効です。

家族が認知症になると、下記のようなことができなくなります。

①金融機関の取引……銀行預金の引き出し、振込、解約など全般

②証券口座の取引……株や債券などの取引全般、NISAも含む

③不動産の取引……売却、購入、貸す、借りる、建て替え、測量、工事など

④贈与……現金、住宅や教育などの資金贈与

⑤相続関連……遺言を書く、修正、信託など

⑥生命保険……契約締結、契約変更、解約など

特に銀行や証券会社といった金融機関は、預けている本人の財産を適切に守る義務があります。身内であってもお金を勝手に使い込むケースもあるため、金融機関は慎重な対応を取らざるを得ないのです。

口座が凍結されたあとは、不動産会社が言っていたように「成年後見制度」を活用するほか方法がありません。しかし、後見人の選定に長い時間がかかることや、ランニングコストがかかることから、すぐに活用を決めるのも難しいでしょう。

したがって、家族が認知症に“なったあと”ではなく、“なる前”の準備が非常に大切です。

家族が認知症に“なる前”にしておきたいこと

まず最初に取り組みたいのが、親の財産状況の把握です。

・現金や預貯金がどこにいくらあるのか

・土地不動産の名義は誰か

・どんな保険に入っていて、受取人は誰か

・現在の年金収入はいくらで、そのうち普段いくら使っているのか

まず上記の4点を確認し、「年金(収入)-生活費(支出)」が常にマイナスの状況であれば貯蓄を取り崩しているということになりますから、そのままではやがて家計破綻してしまうでしょう。資金がショートするタイミングによって、対策が異なります。

また、「現金や預金はそこまでないが証券や株は多くある」という場合、認知症になってからでは売買や換金ができないため、事前に現金化しておくという対策も必要です。特に、今後はNISAで資産運用をはじめる人も増えますから、せっかくの資産が絵に描いた餅にならないためにも、使うタイミングに備えて現金化を検討しましょう。

また、不動産について、単独の名義であれば相続時に整理しやすいですが、「共同名義」になっていた場合、相続時に揉める可能性が高いです。したがって、認知症になる前に名義の確認と整理が必要です。

保険はどんなときにいくら出るのか、その受取人および指定代理請求人は誰なのかによって、その名義の変更が必要な場合もあります。なお、証券を紛失している場合、保険会社に確認のうえ正しい情報を把握しておきましょう。

これらをふまえて、Aさんが事前にとっておくべきだった対策は以下のとおりです。

①Aさん自身の財産状況の把握と必要資金の準備

②遺言書の作成

③家族信託の契約を結んでおく

④保険の活用

⑤土地や不動産がある場合は、贈与や相続の計画をあらかじめ立てておく

保険は受取人および指定代理請求人をあらかじめ設定しておくことができます。これによって現金を受け取ることも可能になるので、現金を保険にしてあらかじめ指定代理請求できるようにしておくことも得策です。

保険の内容としては、介護度によって保険金を受け取れる形にしておくことで、想定外の介護による資金不足に備えることが可能です。

相続時の非課税枠が3,000万円+(600万円×法定相続人)となったいま、「うちには関係ない」と思っていた家庭も相続税課税の対象になっていることがよくあります。一次相続は問題なく過ごせても、二次相続時に納税が多くなる場合もあるため、あらかじめ相続財産を確認し、納税の対策を立てておく必要があります。

「なにかあってから」では、できることが限られてしまいます。心身ともに健康なうちに、資産状況の把握と整理を進めておくことが大切です。もしも自分だけでは不安という場合には、FPなどの第三者に相談をしてみても良いかもしれません。

中洞 智絵

FP Office株式会社

ファイナンシャルプランナー

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