桜と桐の「大使館バティック」 オリジナル・チャップで制作

在インドネシア日本大使館の有志が、オリジナルのバティック・チャップ(型)を使った「大使館バティック」を制作中だ。昨年9月にデザイン画を制作し、購入希望者を募ってバティック布260枚を注文。桜の季節に、間もなく「第一陣」が届く。

発案者の高瀬さん(左)と福田さん

発案者は日本大使館経済部の高瀬勇樹さん。仕事で会う日系建設会社の社員が自社ロゴ入りのバティックシャツを着ているのを見て「こういうのも『あり』なんだ。日本大使館のもないとな」と思ったのがきっかけ。大学時代にバティックを調査研究していた専門調査員の福田藍さんに話を持ちかけ、2人でタッグを組んで、2023年8月から「大使館バティック・プロジェクト」が始まった。

まずは、どんなデザインにするか。「桐のマークは入れたいな、それから桜かな」。日本政府の象徴として使われている紋章は「五七の桐」。中央に7つ、左右に5つの花が立つ桐の紋で、日本大使館も使用している。大使館員の名刺にも印刷されており、目に触れる機会が多い。

チャップ・バティック制作は、西ジャワ州インドラマユにある工房「バティック・ビンタン・アルット」に依頼することが決まった。その工房が所蔵するチャップを参考にして、福田さんがチャップのデザインに挑戦。「バティックっぽくしたかった」と福田さん。桐のマークを中央に置き、左上には桜の花。動きを出すため、真っ直ぐではなく斜めに配置し、周りの空間はバティックらしい草花で埋めた。

福田さんの制作したデザイン画

ここから、さらなる「バティック化」を期待して、工房オーナーのエディ・ハンドコさんにアドバイスを求めたところ、「もうこれでバティックになっているから、これでOK」と、あっさり。このままチャップ制作にかかることになった。デザイン画を送った約1カ月半後の10月に、「チャップが出来たよー」という連絡があった。12月には、布に押して紺色に染めてみたサンプルが送られて来た。

出来上がったチャップ。デザイン画に入れた「Kedutaan Besar Jepang」(日本大使館)の文字は消えていたが、「全部にあってもうるさいし、まぁ、いいか」ということに

チャップを蝋に浸けて布に押したところ。蝋の付いた茶色の部分が白くなる

福田さんの反省点としては「チャップとチャップの継ぎ目がわからないように、各所の出っ張り部分をもっと大きくして、互いに溶け込ませるようにすれば良かった。そういうアドバイスを欲しかった」。最初のサンプルでは、継ぎ目がかなりはっきりわかってしまうのだが、だんだん職人が押し慣れてきたのか、次に届いたサンプルでは、あまり継ぎ目はわからなくなっている。

チャップを押すのは、工房で最年長のベテラン職人、キルヤさん(64)。このチャップは大きくて重く、押すのが難しいため、キルヤさん一人の担当だ。「重くて、腕が疲れる」と言いながら、押していた。

ベテラン職人のキルヤさん

サンプルで届いた、紺の単色(手前)と、緑とピンクの2色。赤色はまだ出来ていない

色は、サンプルの紺色はそのまま採用とした。そして、その赤バージョンとして、「深みのある赤」を注文した。紺、赤の2色のつもりだったが、「+62インドラマユ・チャップ体験ツアー」に参加したASEAN日本政府代表部の安藤彩子さんが「色を組み合わせるのもかわいいですよ」と工房で購入した布を見せてくれた。そこで、緑とピンクの2色も作ってみることになった。最初に送られて来たサンプルはピンクの分量が多すぎたので、ピンクは抑えめにし、桜の花だけをピンクにしてもらった。優しい緑の中にぱっと桜の花が浮き立つ、日本の春を思わせるようなバティックになった。

最初の「緑とピンク」のサンプル。細かく色分けされているが、ピンクの分量が多すぎる

桜だけピンクにしてもらった。派手すぎない、優しい色合いに出来上がった

チャップ制作代は250万ルピア、布は1枚20万ルピア。もちろん私費での購入となる。「10人ぐらい集まればいいね」と話しながら、館内で購入希望者を募ったところ、まさかの大反響。特にインドネシア人スタッフからは「待ってました!」という反応だった。約100人が購入を申し込み、注文者の約3割はインドネシア人。計260枚を注文することになった。

1〜2枚を注文する人が多いが、全3色を頼む人や、家族の分も合わせて頼む人もいる。一番人気は紺色で、次は緑とピンク、最後が赤色。

シャツに仕立てたり、布のまま飾ったり、使い方はそれぞれが自由に決める。ハンカチにして日本帰任の際のお土産にする予定の人や、「浴衣を作りたい」と言う人もいるそうだ。「チャップ上級者」の安藤さんは、チャップ使用料を払った上で、自分で好きなようにシャツ生地をデザインして、大使館チャップを楽しんでいる。

安藤さんが制作中のシャツ生地。インドラマユ伝統文様などとの組み合わせ(エディさん撮影)

正木靖大使も全3色を注文した。「シャツにして、イベントの時などに皆で着れば良いよね」と話しているという。

「反響が大きくて、やって良かった」と高瀬さん。高瀬さんも普段から「せっかくインドネシアにいるのだから」と、バティックシャツ派だ。「着るのが楽だし、着ていると『これは桜』と話のネタにも出来る」。大使館バティックの紺色の一枚をシャツに仕立てる予定だ。

チャップのデザインから工房とのやり取りまでをこなした福田さんは「普段は手描きバティックばかりでチャップ・バティックはあまり買わないが、チャップでこんなことができるんだ、ということを知った。260枚を2〜3週間で出来るんだ、とか。そういう大量生産も可能だし、色で遊んだりデザインを反転させるだけで、またイメージが変わる。チャップの遊び方やチャップの可能性、その入口を垣間見た。チャップは『自分で作る』楽しさがある」と話す。今後も、「後任者に引き継ぎ、制作を続けていきたい」。

工房主のエディさんは「品格のある、とても素晴らしいバティックだと思う。インドラマユらしさもあって、日本人とインドネシア人の両方が親しみを持てるデザインだ。プリント布が多い中で、チャップ・バティックというインドネシアの伝統を尊重してくれた日本大使館に感謝している」と話している。

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