「年金分割すれば、離婚しても1人で暮らせる」と期待するのは危険な理由

〈前編のあらすじ〉

コロナをきっかけに、夫への不満が募り、離婚を考えている会社員の戸田郁美さん(仮名、50歳)。夫と離婚しても、経済的に問題なく老後を過ごせるのかを知りたいと前田菜緒さんの元にやってきました。

給与収入のある現役の間は収支において“赤字”が出ることはなさそうですが、懸念の老後は果たして「おひとりさま」でも生活できるのでしょうか?

●前編はこちら

年金分割への期待は危険

老後の収支を確認したところ、かなり厳しそうであると分かりました。

その収支については、後ほどお伝えしますが、そのことが明らかになった時、郁美さんはとっさに「でも、年金分割すれば、もっと生活はよくなりますよね?」とおっしゃいました。

残念ながら、それは誤解です。年金分割制度は、収入の高い方から低い方に、厚生年金の記録を分ける制度です。年金は大きく国民年金と厚生年金の2種類がありますが、国民年金は、そもそも分割対象の年金ではありません。

分割の対象となる厚生年金は、会社員や公務員が加入する年金で、年金額は厚生年金の加入期間や加入期間中の年収に比例します。例えば、5:5で分割する場合、夫婦2人の給料の差額の半分を給料の高い方から低い方に渡す形です。郁美さんの場合は、夫の年収800万円、郁美さんの年収は500万円で、年収差は300万円でしたから、その半分の150万円の年収にあたる年金記録を夫から妻に渡すイメージです。

そんな誤解を解きながら、ご夫婦の年収から年金分割によって、郁美さんが得られる年金額を計算してみると月約1万円でした。郁美さんは「え? これだけ?」と想像以上に少ない金額にがっかりした様子です。「年金分割」というと、その言葉の印象から、相手の「公的年金まるまるから半分をもらえる」と期待を持つ方はとても多いのですが、実際は厚生年金のみが対象のため、蓋を開けてみたら“がっかり”ということも多いのです。

しかし、この金額は今時点の年収差から計算した金額です。正確な金額を知るためには、年金事務所で「年金分割のための情報通知書」を発行してもらうと良いでしょう。

年金額は自分の過去の働き方を反映している

本題である老後の収支に話を戻しますと、カギとなるのは郁美さん自身の年金です。

そこで、年金額を確認しました。50歳以上になると「ねんきん定期便」には、年金の見込み額が記載されています。郁美さんは「本当に、こんなにもらえるんですか?」と、言います。定期便に書かれている金額を月額換算すると約13万円でした。この金額は60歳まで今の給料や働き方が続いた場合の年金額ですから、前提が変わると金額も変わります。

郁美さんは、「うちの親は年金が7万円くらいなので、私自身もその程度かと思っていました。思っていたより多くて安心しました」と言っていました。年金額は過去の働き方や年収が反映されていますから、金額は人によって全く異なります。

郁美さんが多いと感じたのは、郁美さんが今まで会社員として長年働いてきたからに他なりません。家事と育児をこなしながら働くことで、ご自身の年金を作り上げてきたのです。郁美さんは、先述の通り、年金分割に期待をされていましたが、年金分割では、生活が大きく改善するような金額にならないのが一般的です。それゆえ、いかに自分自身の年金を自分で作ることが重要なのです。今回、郁美さんは、それができていたことが老後の安定した基盤ができつつある大きな理由でした。

老後資金はiDeCoと財産分与で!?

自身の公的年金の受給額が“想像よりも多かった”とはいえ、先述の通り、年金だけでは生活は厳しそうです。

郁美さんに「(自身の年金13万円と年金分割の1万円に)あといくらあれば生活できそうですか?」と、聞いたところ「3万円」との回答でした。仮に65歳〜95歳までを老後として不足額を計算すると、3万円×12カ月×30年=1080万円が公的年金では賄えない金額になります。

実はすでに郁美さんは月1万円をiDeCoで積み立てています。しかし、残念ながらこのペースだと目標額は作れそうにありません。まずは積立額を上限額の2万3000円に引き上げることにしました。しかし、それでもまだ600万円ほど不足しそうでした。ただ、この点は、財産分与を考えると、準備できるかもしれないとのことでした。

財産分与は2人の話し合いになりますから、不確定ではあるものの、この金額を見込めるなら、離婚後の生活が成り立つかもしれません。

あとはiDeCoの運用に期待したいところです。郁美さんは、1年前に運用商品を預金と債券から外国株式50%、外国債券50%に変更したそうです。「積立期間があと約10年なので、なるべく安全運用が良いと思うのですが、それだと増えないし、外国株式も買ってみました」と、おっしゃっていました。しかし、iDeCoの加入可能年齢は2022年5月、法改正によって要件を満たせば65歳未満まで加入できるようになりました。

郁美さんに、65歳になるまで会社員として働くなら65歳までiDeCoの積み立ては可能であることを伝えると、「あと15年あるのですね、じゃあ、株式の割合をもう少し増やそうかな」とおっしゃっていました。iDeCoへ拠出できる期間が延びることで、元本を5年分増やせるだけでなく、さらに5年もの時間を味方に運用を続けることができます。あと15年あると考えれば、株式を一定割合運用することは合理的と言えます。さらに、65歳まで会社員を続けるなら、公的年金も増えますね。

相談後、郁美さんは1人でどうにか生活できることを知り、晴れやかな気分になったようです。いつもは夫にイライラしていますが、「少し余裕を持って接することができそうです」と言っていました。

夫婦問題はコミュニケーションの問題です。イライラが多い日常だと、まともに会話は成り立ちません。しかし、余裕を持って接することができれば、夫婦関係に変化が現れるはずです。それが、修復に向かうか離婚に向かうかは分かりませんが、どちらにしろ郁美さんにとって良い結果をもたらしてくれると期待しています。

前田 菜緒/ファイナンシャルプランナー

FP事務所AndAsset代表。ファイナンシャルプランナー(CFP、1級FP技能士)。大手保険代理店に7年間勤務後、独立。子育て世代向けにライフプラン相談、セミナー、執筆などを行っている。子連れでセミナーに行けなかった自身の経験から、子連れOK、子どもが寝てから開催するなど、未就学児ママに配慮した体制で相談やセミナーを実施。経済的理由で進学をあきらめる子をなくしたいとの想いを持ち、活動中。

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