「児童手当をもらわなくては」昇給をセーブした40代サラリーマンが抱えていた“勘違い”

〈前編のあらすじ〉

児童手当の所得制限に引っ掛かると思い、社長から提案された給料アップを断り続けてきた相談者の佐藤貴明さん(仮名・40代)。

収入アップのチャンスを自らふいにして、家計も“カツカツ”な一方で、児童手当を自身のお小遣いに使ってしまうなど(主にお酒、ゲーム課金、ランチ代、コーヒー代)、その金銭感覚は少し残念と言わざるを得ない様子。

それでもお酒もゲームも外食もやめられない……! 佐藤さんは、自身が会社の経理担当であることを利用して、横領という不正に手を染めてしまいます。

社長の温情によって大ごとにならずに済んだものの、“カツカツ”な家計を立て直すべくFP前田菜緒さんに家計相談を依頼しました。

そこで、明らかになったのは不正の根本原因とも言える大きな“勘違い”。佐藤さんはどんな“勘違い”をしていたのでしょうか? そして家計を立て直すために必要なこととは?

●前編はこちらから

収入がアップすると、本当に児童手当の所得制限オーバーになるのか?

相談にはご夫婦で来られました。佐藤さんご夫婦は、コロナのためマスクをしていましたが、穏やかな表情でした。

まず、佐藤さんご夫婦に、どのような家計にしたいのか希望を聞いたところ、奥様は「カツカツすぎるので余裕のある生活を送りたい」と言います。その生活を実現するための方法は2つ、1つは収入を増やす、もう1つは支出を減らすことです。

そこで、まず収入を増やすことについてお聞きしました。前編でお伝えした通り、佐藤さんは児童手当をもらえなくなるからと給料アップを断り続けています。佐藤さんの年収は650万円、社長から提案されている年収アップ額は50万円です。年収が50万円アップすれば、家計に余裕が出ると思われますが、佐藤さんは年収が700万円になると手当がもらえなくなると拒否します。

本当にそうでしょうか? 児童手当も特別児童扶養手当も扶養人数によって所得制限額は異なりますが、佐藤さんの場合、児童手当の所得制限は 774万円、特別児童扶養手当は約675万円です。

佐藤さんはこの数字を見て「やっぱり所得制限オーバーになりますね」とおっしゃいましたが、これは所得制限額であって収入制限額ではありません。「所得」とは「収入」から一定の必要経費を差し引いたものを指しますから、収入とは全く異なります。収入制限額に置き換えるとそれぞれの目安額は、児童手当1000万円、特別児童扶養手当880万円です。年収が700万円に増えても全く制限に引っかからない金額です。しかも、所得制限オーバーしたとしても、全く支給されなくなるわけではありません。特例給付として5000円は支給され続けます。

佐藤さんは、収入を抑制する必要は最初からなかったこと、そして「所得」と「収入」の違いを理解できていなかったことに言葉を失い、奥様は安心した表情を浮かべていました。とはいえ、制限オーバーする・しないにかかわらず、収入を抑制することはお勧めできることではありません。なぜなら、児童手当が支給されるのは期間限定ですし、手当の金額には上限があります。一方、収入はこれからさらに増えるチャンスがあります。

佐藤さんの場合、すぐにアップできる金額は50万円、児童手当等は年間約72万円、現状では手当の方が大きいですが、今後あと約20年働くと考えると収入アップ額は手当の額を超えていく可能性は高いと思われます。それに、収入を抑制すると年金も少なくなります。目先の数字にとらわれず、長い目でどう働くべきか考えると、手当にこだわらず収入を制限することの方が損していることが分かるでしょう。

支出を削ることなくして、家計の立て直しはできない

支出についても長い目で見る必要があります。夫婦揃って「贅沢はしていないので削れる支出はありません」と言います。佐藤さんの手取りは33万円、中でも家賃と駐車場代で18万円かかっていて、さらに車の維持費等などを考えると家賃と車だけで月20万円ほどの支出があります。

車は歩行機能に障害があるお子さんにとって必須とのことですから、車の支出は仕方ないとしても月6万円分の児童手当を自分の小遣いとして使っていることを含め、他の支出においても削れるところはないなら、立て直しすることはできません。支出を削りたくない人は、支出を削れない理由を並べますが、このままだと10年後どうなっているでしょうか。さらに、これから10年間にかかる費用にどのようなものがあるでしょうか。

まず、高校生と中学生のお子さんの進路問題があります。高校生のお子様は、進学か就職かまだ決まっていないと言うものの、先日、模試を受けたいと言われたそうです。ところが、模試代に1回4000円かかるため、今回は諦めてもらったと奥様は心苦しそうに言いました。

進学するなら受験費用だけで数万〜数十万円かかりますし、受験せずに進学はできません。せめて、これから10年以内にかかるお金程度は把握して準備しておきたいものです。佐藤さんに「模試を受けたいと言った子に、お金がないから就職しかないという選択をさせてしまっても良いですか」と質問したところ「確かに未来のことを考えたことがなかったなぁ」と考え込んでしまいました。

給料アップをしても、支出をコントロールできなければ何も変わらない

これから社長の給料アップの提案を受け入れれば、収入が増えることになります。しかし、将来にかかるお金を認識していない今のままでは、増えた収入は支出として、きれいに消えていくことは明らかでしょう。必要になるお金を明確にし、そのお金を2人の共通認識として貯めていくことが重要です。そうすると、削るべき支出も明確になるはずです。

その上で、家計に余裕が出てきたなら、つみたてNISA等でお金に働いてもらう方法がありますし、給料がもっと増えて、いよいよ児童手当の所得オーバーに引っ掛かりそうなら、iDeCo(個人型確定拠出年金)で所得制限対策ができることも、同時にお伝えしました。

iDeCoの掛け金は「小規模企業共済等掛け金控除」として、全額所得控除できるため、所得を下げる効果があります。iDeCoの掛け金には、上限がありますから効果は限定的ですが、対策方法はあるので、まずは家計を立て直すことから始めるべきです。

収入を抑制することは本当に自分のためになるのか

佐藤さんのケースは、収入に制限をかけて不正に手を染めるという本末転倒な行動に出て、結果的に収入制限をかける必要は元々なかったと誤解を解くことができました。不正までいくのはレアケースだと思いますが、誤解して収入に制限をかけている人は珍しくありません。その収入制限は本当に正しいでしょうか? 今一度考えてみることをお勧めします。

●前編はこちらから

「FPは見た! 驚くべき人生模様から学ぶべきこと」セミナー動画もあわせてチェック

FP前田菜緒さんが今回の佐藤さんの事例について、自ら解説! 図表を用いて児童手当の説明もしているので、いっそう理解が深まることうけあい。ぜひこの記事とともにご覧ください。

前田 菜緒/ファイナンシャルプランナー

FP事務所AndAsset代表。ファイナンシャルプランナー(CFP、1級FP技能士)。大手保険代理店に7年間勤務後、独立。子育て世代向けにライフプラン相談、セミナー、執筆などを行っている。子連れでセミナーに行けなかった自身の経験から、子連れOK、子どもが寝てから開催するなど、未就学児ママに配慮した体制で相談やセミナーを実施。経済的理由で進学をあきらめる子をなくしたいとの想いを持ち、活動中。

© 株式会社想研