佐藤琢磨がシート決定の経緯を語る。決め手となった盟友エンジニアの存在「彼ともう一度挑戦できるなら」

 NTTインディカー・シリーズに参戦する佐藤琢磨が、2024年の活動予定を発表したのは2月16日。今季は古巣レイホール・レターマン・ラニガン(RLL)に移籍し、インディアナポリス500マイルレース(インディ500)のみの参戦になることを発表した。

 3月上旬にはインディカー・シリーズも開幕するため、やや遅いアナウンスではあったが、そこに至るまでの紆余曲折を佐藤琢磨本人にあらためて聞いた。

「まず、ボビー(・レイホール/チームオーナー)からのラブコールは、2022年が終わった時点からずっと続いていました」

インディ500勝者の証である『ベイビーボルグ』トロフィーを受け取った佐藤琢磨とチームオーナーのボビー・レイホール

「インディ500では2021年に悔しい負け方をして、僕はデイル・コイン・レーシング(DCR)に行ってしまったけど、その間もずっとラブコールをし続けてくれていました。またデイル(DCRのチームオーナー)も、昨年中からずっとオファーをしてくれて、インディ500だけでなくフルシーズンで戦いたいと言ってくれていました」と、RLLだけでなく、もう一つの古巣であるDCRとも良好な関係が続いていることを明かした琢磨。

「ドライバーとしてはとてもありがたく光栄な事ですが、現実的に考えた際、DCRで1年間戦ってチャンピオンシップを争えるかろうかという疑問もありました。一方、ボビーやRLLのメンバーと話では、今年は3台体制でシーズンを戦うことになっていたし、エンジニアリングの体制も僕がいた頃と少し変わっていた。それぞれに色々な課題があったわけです」

「それと途中でWEC(世界耐久選手権)やIMSA(ウェザーテック・スポーツカー選手権)のドライビングのオファーもあったりして、色々な選択肢とカードが並べられました」

「もう47歳になるドライバーに、これだけ声をかけてもらえるのはありがたいことなのですが、その分自分自身が何に挑戦していきたいのかをじっくり考えました」

2020年のインディ500で勝利を挙げた佐藤琢磨とRLLのメンバー

 古巣を含むチームから届いた多くのオファーを前に、改めて自分自身を顧みながら2024年の進め方を考えたという琢磨。そのなかで、今季のシートを選ぶ決め手となったのはとある盟友エンジニアの存在だった。

「個々に話を続けているなかで、切り札になったのは、RLLでまたエンジニアのエディ・ジョーンズと(レースが)できることになったからです。エディとは2020年にインディ500で勝った素晴らしい思い出もあるけれど、過去にも僕が何度も引き止めてチームに残ってもらったりしました」

「彼はアイルランド人で、本当なら国に帰ってリタイアして悠々自適な生活をしているはずだったんだけども(笑)、今回も彼と話をして、イエスと言ってくれました。彼ともう一度インディ500に出て3勝目に挑戦できるとなったのが、決め手でした」

2020年にRLLでインディカーに参戦した佐藤琢磨とエディ・ジョーンズエンジニア

 このようにして琢磨は、これまで苦楽をともにしてきたエンジニアとの再会のエピソードを交えながらチーム決定までの経緯を語った。では、2023年に実現した強豪チームのチップ・ガナッシ・レーシング(CGR)との挑戦をどのように捉えているのか。それは琢磨も望んだ理想のかたちではなかったのか。

「CGRは最高の体制だったし、エンジニアリングも、持っているものも素晴らしかった。とてもクオリティは高かったけれど、やはり9号車(スコット・ディクソン)、10号車(アレックス・パロウ)が中心だったのは否めないし、ややアウェイな感じもありました」

「もちろん僕のクルーはすごく良くやってくれたし、冷遇されていたわけではないけど、チーム内で僕は4番目だし、他の3台はフルシーズン戦っていましたから、その違いはあったんだと思います。僕はイギリスF3でやってる時から、F1でもインディカーでも、(チームには)しっかりと自分を向いていて欲しい。その点でRLLに戻るのは、我が家に帰るような感じですね」

11号車のクルーとマシンを囲んで記念撮影をする佐藤琢磨

 2012年、そして2018~21年と過去5年間在籍し、再びチームに戻って6年目のシーズン、自身15回目のインディ500挑戦を迎えることになった琢磨。日本でもホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS)のプリンシパルを務め、HRCのエグゼクティブアドバイザーにも就任し、後進育成にも忙しくなる。

「今レースをしている子達、これからレースをしようとしている子達が、僕がどうしていつまでもレースを続けられるのか、その理由がなんなのか、それをよく見て欲しいです。だから僕は現役にこだわり続けているし、走りがどうこうではなく、ありのままの姿を見て欲しい」

「もちろんレースがどうなるかなんてわからないし、簡単なことではないです。これからまずはシート合わせをして、それからテストをして、本当にゼロから建て直す感じになると思います。それでも、やれるだけの事はやりたいと思います」

 昨年のインディ500では、琢磨を手放してしまったRLLとDCRは予選落ちの危機を味わい、あろうことかRLLのエースであるグラハム・レイホールが予選落ちを喫していた。この両チームが今年、どれほど琢磨の復帰を願っていたか。それは琢磨のRLL復帰というかたちで決着を見た。

 そして簡単ではないという挑戦を続ける琢磨の姿が、今の若いドライバーたちにどのように映るのだろうか。2カ月後、ブリックヤードでその答えが出る。

ホンダ・レーシング(HRC)のエグゼクティブアドバイザーに就任した佐藤琢磨(右)と、HRCの渡辺康治社長(左)
インディカー・シリーズ15年目に挑む佐藤琢磨

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