社説:ALS殺人判決 医療悪用の犯罪を指弾

 「生命の軽視」が厳しく断罪された。その重さと支えるべき社会の在り方を、改めて問い直す必要があろう。

 難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患う京都市の女性から依頼され、薬物を投与して殺害したとして、嘱託殺人などの罪に問われた医師大久保愉一被告に対し、京都地裁は懲役18年を言い渡した。

 判決は「130万円の報酬を受けるなど、真に被害者を思っての犯行でなく、利益を求めた犯行と言わざるを得ない」と指弾した。

 共犯として同地裁で昨年末、懲役2年6月の判決を受けた元医師山本直樹被告は、父親への殺人罪できのう、控訴審判決でも懲役13年が科された。今回の地裁判決は2人の共謀も認定した。

 裁判の焦点となったのは、女性の依頼に応じて死なせた行為の犯罪性だ。事件を巡って交流サイト(SNS)で「死を選ぶ権利」と関連付けた意見も上がったが、地裁は「安楽死」などとかけ離れた、医師の立場を悪用して重ねた犯行だと明確に断じた。

 判決理由で、主治医でもない被告がSNSの短いやりとりのみで依頼に応じ、初めて会って15分程度で症状などを正確に把握しないまま、「軽々しく殺害した」と強く批判している。

 被告側は、憲法13条を持ち出し、嘱託殺人罪の適用は、女性の自己決定権に反するとして無罪を訴えた。

 だが、身勝手な理屈でろくに診察もせず、他人の命を奪った行為に、判決が「社会的な相当性はない」としたのは当然だ。

 一方、患者が置かれた状況にも触れ、苦痛や恐怖・絶望を強いるのが「あまりに酷な場合もある」と指摘。過去の判例に沿い、嘱託殺人罪を問えないとすれば、死期が迫り、他に苦痛を除く手段がなく、説明と意思確認を尽くすことなどが最低条件と言及した。

 ただ、女性は末期でなく、死にたいと話す一方、治療情報を集めるなど生への前向きさもあった。「生と死の間を揺れ動く患者に寄り添い、不安や悩みを取り除くことが重要」と専門家は指摘する。

 「自己決定」と死を容認する議論に、命の価値を脅かされかねないと重度患者らは切実に訴えている。「生きたいと当たり前に言える社会を」との望みを支えるのが医師の本分ではないか。

 患者が尊厳を保ち、安心して過ごせる医療・介護体制や、心の揺れを受け止めるカウンセリングなどの支援環境こそ整えたい。

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