核兵器のない世界へ 理想掲げて前進を――被爆3世の大学生が訴え続ける信念

Day1 プレナリー
中村涼香・KNOW NUKES TOKYO代表

企業やブランド、そして社会が持続可能な発展を遂げていくためには、前提として世界の平和が欠かせない。しかし、ウクライナやパレスチナに見られるように、いまも各地で紛争は絶えず、政治家が「核の使用」を口にすることさえある。世界から核兵器をなくすことは、不可能なのか。平和な世界を構築するために、いま私たちに求められていることは何か――。
自身、長崎の被爆3世で高校時代から核兵器廃絶を求める活動を行い、上智大学に進学後、「KNOW NUKES TOKYO」の代表として声を上げ続ける中村涼香氏の訴えを届ける。

セッション冒頭、紺色のスクリーンに、白字で「12520」の数字が映された。現在、世界に存在している核兵器の数だ。中村氏は、今、この瞬間、ここ東京国際フォーラムの会場の上空で「核兵器が爆発したらどうなるか」のシミュレーションを示しつつ、局地的な核兵器の使用であっても、キノコ雲によって影響は世界に広がり、世界規模で飢餓が発生、さらに気候が氷河期にまで戻ってしまう、と警告。その上で「核兵器の非人道性を目の当たりにしながら、私たちはなぜ、いまだ1万2000発以上もの核兵器を手放さずにいるのか」と大きな問題を提起した。

キノコ雲が空を覆うと、太陽光が遮断され、気候は氷河期にまで戻ると言われている。当然、作物は育たず、世界規模の飢餓が発生する恐れがある(講演資料より)

中村氏は、核兵器がなくならない理由を「おそらく、『現実的』と表される、安全保障上の課題があるからだ」と続けた。日本の周辺においても、北朝鮮の核ミサイル開発や中国の軍事力強化、台湾有事などの『現実的な脅威』は現に存在し、それに対する「日本も軍事力を強化した方がいいのではないか」「やはり核の抑止力は必要だ」といった考え方は強くある。「核兵器のない世界を」と訴える中村氏らは、「お花畑(能天気だという意味)」「平和ボケ」といった言葉をぶつけられることも多いという。

ここで中村氏は「しかし」と力を込め、「現実的な脅威は違うところにも存在していると伝えたい」と話を転じた。
スクリーンに映し出された「800億ドル」という数字を指し、「新型コロナウイルスのパンデミックが広がった2021年、これだけのお金が核兵器産業に費やされた」と指摘。「この莫大な資金が医療機関や医療従事者に使われていたとしたら、どれだけの命を救うことができたか」と投げかけ、「誰かの犠牲の上に成り立つ核の抑止力というこの構造は、果たしてこのままでいいのか。世界から、核兵器は本当になくならないのでしょうか」と訴える。

核兵器廃絶の道のりは相当に困難だ。だが「全ての核兵器がなくならない限り、核の脅威から逃れることができない」と中村氏は言い続ける。そのためには、「実現可能性よりも理想を追求していくことが必要だ」とした上で、中村氏は、黒人差別の解消や女性参政権の獲得など、人間が「理想を掲げて前進してきた」歴史を振り返り、「私たちには前進する力がある」と強調した。

中村氏自身、祖母が長崎で被爆した被爆3世だ。「核兵器のない世界をデザインする」を掲げて設立したKNOW NUKES TOKYOでは、2017年にノーベル平和賞を受賞した「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」のパートナー団体として、国内外で活動してきた。大学卒業を控え、これらの活動を持続的なものとするために、中村氏は起業を決意。既に、“意思表示ができる広告媒体マガジン”と、“核兵器の脅威を可視化する事業”の2つのローンチを準備していると報告し、「これは1つの社会実験でもある。理想を追求した先にどのような世界があるのか、とても楽しみだ」と声を弾ませた。

最後にセッションを振り返って、企業関係者らが多く集うサステナブル・ブランド国際会議という場で、あえて、「自身の政治的な立場を踏まえて明確にスピーチした」と語った中村氏。そこには「『政治的』や『中立性を保つ』といった言葉を盾にして発言しないことは、この世界の構造的な暴力に加担することになる」との強い信念がある。

「サステナブルを掲げて集まった皆さん、理想の世界を大いに語ってください。100年後に『今』を振り返った時、『正しかった』と思える選択を重ねていきましょう」。そう力強く呼びかけてセッションを終えた。(眞崎裕史)

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