「自然SBTs」がいよいよ始動へ――17社の先行導入から見えてきた5つのこと

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SBTネットワーク(SBTN)は「科学に基づく自然関連目標(自然SBTs)」の導入を推進し、目標認定システムの確立を目指している。今回、先進的な17社が実施している自然SBTsの先行導入から見えてきた内容を公表した。パイロット企業は、自然SBTsの設定に、単なるリスク管理にとどまらない価値を感じているという。SBTNの今後の課題としては、科学的な厳密さと実行可能性の両立、目標認定システムや導入企業支援ツールの整備などが挙げられている。企業側の課題としては、スキルや社内外との連携構築がある。(翻訳・編集=茂木澄花)

2023年5月、さまざまな業界を代表する企業17社が、類を見ない挑戦に乗り出した。自然環境に重要な影響を与えるサプライチェーンを持つこの17社は、世界初となる自然SBTsのパイロット企業だ。

自然SBTsパイロット企業17社
アンハイザー・ブッシュ・インベブ、アルプロ(ダノンの一部門)、ベル、カルフール、コービオン、グラクソ・スミスクライン、H&Mグループ、ヒンドゥスタン・ジンク、ホルシムグループ、ケリングとロクシタングループ(2022年に共同で「自然のための気候ファンド」を設立)、LVMH、ネスレ、ネステ、サントリーホールディングス、テスコ、UPM

今年中に目標認定プロセスを幅広い企業に拡大するのに先立ち、今回の先行導入では厳密さと実行可能性の最適なバランスが焦点となっている。パイロット企業はすでに豊富なデータを提供しており、データの点数は2万を超える。

すでに最終段階に入っている今回の先行導入は、今年5月に完了し、初めて目標が認定される見込みだ。SBTNは、先行導入中に実施したワークショップ、インタビュー、匿名アンケートの結果を組み合わせることで見えてきた初期段階の知見を発表した。

この公式の先行導入と並行して約160の企業が、何らかの形で自然SBTsを設定するための準備を進めている。このうち125社はSBTNのコーポレート・エンゲージメント・プログラム参加企業だ。また、SBTNのアドバイザー紹介プログラムなどを活用して取り組んでいる企業もある。

パイロット企業が自然SBTsを運用することで見えてきた「5つのポイント」を整理した。

1)リスク管理にとどまらないチャンス

パイロット企業は、自然SBTsをレジリエンス向上のためのリスク管理ツールとして重要視するとともに、それ以上のチャンスも見出している。あるパイロット企業の担当者はこう語る。「このメソッドで得られる価値は、サプライチェーンに関わるリスクを特定することによるリスク緩和です。それとともに、社会的な評判や競争優位性の向上も見込めます」

グラクソ・スミスクラインは「この枠組みには計り知れない価値がある」と強調する。企業が自然に与える影響と、自然への依存に関する理解を深め、既存の自然関連目標の達成に向けて取っている行動の精度や優先順位を上げることにつながるという。

またSBTNは、関連する他のイニシアチブと相互運用可能なことも評価されている。ベルの担当者は次のように進言する。「SBTNに参加することは、他の枠組みへの道を開くことにもなります。少なくともデータの観点から言えば、そのプロセスは非常に厳密で科学的です。気候と自然は深く関係しあっています。SBTNは、レジリエントな食料モデルを生み出す明確な道筋を示しています」

直近では「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」の勧告によって300社以上がTNFDの枠組みに沿った情報開示を採用し、年次の事業報告の一部として開示を始めることを約束した。SBTNはTNFDとも連携している。アルプロの担当者は「今回の先行導入で目標を設定したことに、ビジネス的な価値を感じています」と話す。

2)正当性を確認し、自社の目標を引き上げる

ケリングは、2025年までに生物多様性にネットポジティブな影響を与えるという野心的な目標を掲げている。今回の先行導入は、その目標に対する社内の意欲にも良い影響を与えたという。自然SBTsのメソッドでは、自社が環境に与える影響の測定範囲を、直接の事業活動だけでなくサプライチェーンの上流まで広げることが推奨されている。

グラクソ・スミスクラインは、自然SBTsを設定するプロセスで重要な変化が促進されたと指摘する。サプライヤーと協働し、原材料調達の場所や方法についてトレーサビリティとデータの透明性を高めたのだ。その対象は「直接調達を行っているサプライヤーに限らない」という。

また別のパイロット企業は、このメソッドがサステナビリティに関する自社の目標を引き上げただけでなく、既存目標の正当性を確認することにも役立ったと報告した。組織が自然に与える影響や自然に依存する現状への認識が社内で広まり、今すぐ有意義な取り組みが必要だという見方に変化していったという。自然と気候への影響を併せて評価することで、温室効果ガスの排出を最小化するものの、自然には重大な影響を及ぼしてしまうという原料を特定した企業もあった。

3)定量的な事業成果が出せる

自然SBTsメソッドのステップ1とステップ2は、バリューチェーンが自然に与える影響を評価し、優先順位を付けるプロセスだ。企業は上流のトレーサビリティを向上し、サプライヤーとより緊密に連携して影響を把握する必要がある。このプロセスによって、企業はサプライチェーン内の隠れたリスクを明らかにし、特に影響の大きい地域での取り組みを優先するよう促される。

連鎖的に社内やサプライチェーンとの連携が深まった、という企業も複数あった。より細かいデータを収集するため、サプライヤーの能力構築を行った等の事例がある。さらには、自然SBTsを設定することで、実際に定量的な事業成果が出た例もある。ヒンドゥスタン・ジンクは、水利用の効率化による戦略的なコスト削減計画を立てている。別のパイロット企業は、説得力のある自然関連目標を持つことで信用や融資を得やすくなると語る。

4)厳密さと実行可能性のバランス

各国政府は影響度の大きいコモディティなどに対し、より野心的なバリューチェーン上流の評価を求めている。SBTNのメソッドは、全ての企業が目指さなければならない方向性と整合し、強まる監視と規制に対応を続ける。しかし、企業に説明責任を求めるステークホルダーは政府だけではない。ホルシムは、投資家などの幅広いステークホルダーから、自然関連の説明責任を求められていると述べる。

SBTNは、企業が現時点で実現可能な内容と、取り組みのレベルを向上させる内容のバランスを取ることを目指している。そのためには継続的な最適化という難しい対応が求められる。例えば、科学に基づいた目標設定のためには、サプライチェーン上流のトレーサビリティが求められる。しかし、データ収集とデータ品質がハードルとなり、完全な見える化は企業にとって明らかに難しい課題だ。

自然喪失に対処するためのデータとツールの分野は、気候関連ほど成熟していない。そのため、SBTNは関連するデータとツールを特定するため、開発企業と協働している。企業がサプライチェーン内のトレーサビリティを構築するのに役立つ追加ガイダンスを作成中だ。

また科学的な厳密さと実用性を均衡させるためには、業界特有の事情も関連してくる。SBTNのバリューチェーン評価体系は業界横断型に設計されている。幅広い企業を巻き込むためだ。しかし一部の企業は、より柔軟で業界固有の現実に即したメソッドが必要だと述べる。SBTNはさらなる導入を促すため、特定の業界に向けた導入支援や、認定システムの重要な部分に関するガイダンスを行っている。

5)導入の成功は人材と社内の賛同

パイロット企業が指摘する通り、導入を成功させるには、方法論だけではなく実行に移す人材も必要だ。ライフサイクルアセスメントとフットプリント追跡の専門知識などのスキル、空間分析の習熟、環境データへの深い理解が欠かせない。これらは社内で構築することも、コンサルタントの支援を受けて構築することもできる。

しかし、技術的なノウハウと同じくらい重要なのが、データ収集を成功させるために必要な社内の賛同と支援だ。例えば、上流のデータに関して調達部門と効果的に連携することなどが挙げられる。これは特に、バリューチェーンの下流に位置する大企業に言えることだ。

SBTNはこのことを認識し、導入過程の企業を支援するための追加リソースを準備している。SBTNのメソッドの実践的な導入ガイドとしてデザインされた「企業向けマニュアル」や、プロセスの開始準備を行う企業を支援する自己評価ツールなどだ。

今後の見通し

パイロット企業が認定を受けるための目標提出期限は、2024年3月1日だった。SBTNは最初の目標認定の時期として5月または6月を見込んでいる。それとともに、先行導入によって得られた主要な学びを記載した詳細なレポートも発表する予定だ。

目標認定プロセスの幅広い展開に備えるにあたり、しっかりした認定モデルを構築することを優先課題としている。現在、ISEALと協働での開発が進められている。またSBTNは、TNFDなど関連する他のサステナビリティの枠組みとの整合性をより高めるため、連携した取り組みを続ける予定だ。

2025年までに、自然SBTsの対応範囲が広がり、生物多様性の指標と保護措置が組み込まれると見込まれる。海洋に関する目標の追加や、淡水と土壌の汚染に関する目標の拡充なども行われるだろう。

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