ろう学校にも届いた『大谷グローブ』、合同練習会と野球教室を実施

3月2日(土)、気温6度の寒空の下、東京都内の2つのろう学校中学部(東京都立葛飾ろう学校中学部と東京都立中央ろう学校中学部)の野球部の合同練習会と葛飾ろう学校小学部の児童を対象とした野球教室が行われました。


【昼休みの子ども達は『グローブ』の争奪戦】

「他のろう学校の野球部の先生と話をしていて、部員もお互い10人くらいしかいなくて実戦の経験もないし、人数が必要な練習に時間が割けないという話になって、だったら一緒にやりましょうと声をかけさせていただいて実施することができました」
葛飾ろう学校中学部の野球部監督、江川直輝先生は今回の合同練習開催の意図をこう話してくれました。
同時に行われる野球教室の開催について、やはり『あの』存在が後押しになったと言います。
「小学部の先生に話をきくと昼休みに子ども達が『大谷グローブ』の争奪戦になっていて、野球熱が高まってきていて、興味のある子も多いと。だけどグローブも足りなくて、時間もなかなかなくて・・・・・・だったら野球教室を開いて野球に触れてみてもらいたいなと」

中学部の技術指導を務めたのは神奈川県立川和高校野球部の前監督、伊豆原真人先生。その他にも江川先生の考えに賛同した野球指導者仲間がアシスタントを務め、グローブ・ミットの製造・販売を行う『GRIT』がグローブを提供するなど、多くの野球関係者の協力によってこの日のイベントは開催されました。

初めに子ども達を集めて伊豆原先生が手話を交えて自己紹介を行ったあとは全員でウォーミングアップ。その後は中学部、小学部に分かれ、小学部はまずは置きティーでボールを打つことを体験。「ホームラン」「ツーベース」などと書かれた的をめがけてバッティングを楽しみました。

【難しいことを分かり安く伝えて、段階的に理解してもらう】

中学部は伊豆原先生によるバッティング指導。テーマは『体を回すこととつま先と踵の踏み替え』。
まずはバットの持ち方と構えから。バットを肩にのせる。わきは締めすぎない。力いっぱい振らない。前足のかかとをしっかりまわす。これらを伊豆原先生が身振り手振りで伝え、ろう学校の先生が手話で選手達に伝えました。
伊豆原先生に言われたことを意識して素振りを繰り返すと、次は正面からトスされるボールをネットに向かって打つ練習。この練習は三段階のドリル形式で行われました。

(1)バットを肩に担いで、前足の踵をしっかり踏み込む。後ろ足は抜重してつま先で回る。打ったあとは前足のつま先は回ってしまって構わない。

(2)「大谷選手がやっているみたいに」前足の裏を相手ピッチャーに向けてノーステップで打つ。

上記(1)(2)を繰り返し練習したあとは、

(3)好きなように自由に打つ

ポイントは「初めから全てを身につけようとはさせないこと」だと伊豆原先生は言います。
「『股関節を回して打つ』なんて言っても子どもには難しいですから。難しいことを分かり安く伝えて、段階的に理解してもらうことが大事。最後に好きな形で打たせたらドリルでやったことの10のうち、2つか3つは残ります。そこを大事にして欲しいです。いきなり全部できるようにはならないですから。良くなった点を評価してあげる。要点を決めて、それに沿ったドリルを繰り返していけばスイングはどんどん良くなると思います」

伊豆原先生は精力的に一人一人のスイングを見ては、手話の通訳を介してアドバイスを送り、時には大きく拍手するなどして選手達とコミュニケーションを取っていました。ドリル実践前と実践後で明らかにスイングが力強くなった選手も見られました。

【「野球」という共通言語で会話】

ほとんどの子が野球初体験という小学部の子ども達は、置きティーが終わるとテニスボールでキャッチボール。その後は、江川先生が前方からトスするボールを打つ、アウトなし、打者一巡したらチェンジという、より多くの子ども達が楽しめるルールに落とし込んだ試合形式のゲームを楽しみ、この日のメニューは終了しました。基本的な野球のルールがよく分かってない子も多く見られましたが、それでも打って、走って、捕って、投げてを子ども達は笑顔で楽しんでしました。

一足先に全メニューを終えた子ども達は、中学部のお兄さん達の練習を見学。『投げ方』の技術指導を受けているお兄さん達の姿を静かに見ていた子ども達でしたが、「もっとやりたーい!」という声が上がりはじめ、急遽キャッチボールの「延長戦」がスタート。初めて触れる『野球』を子ども達は最後まで楽しんでいました。

この日のイベントを主催し、野球体験会を担当した江川先生は、「児童が一人一人、全員がグローブを手にしてキャッチボールができたことは本当に価値ある経験になったのではないかと思います」と振り返ってくれました。
初めは手話の通訳を介して指導を行っていた伊豆原先生は、途中からは通訳を介さずに直接指導することが多くなっていました。それはまるで「野球」という共通言語で会話をしているようでもありました。伊豆原先生は、今回の経験を次のように振り返りました。

「彼等の集中力がすごく高いことに驚きました。飲み込みが早く、純粋に野球が好き、上手くなりたいという気持ち、意欲が強い子達だなと思いましたし、空気を読んだりとか、気を張っているというか、アンテナをすごい張っていて感受性が高い。『聞く』と言うことに対して足りない部分を、すごく色んな形で補おうとしていて、教える側のこちらが良い勉強をさせてもらった思いです」

教える側にとっても学びの多い合同練習会、野球教室となりました。
(取材・写真:永松欣也)

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