長男が激怒…「親から支援を受けるのは当然」父親の遺産を減らした次男の「身勝手な言い分」

<前編のあらすじ>

男手ひとつで3人の兄弟を育てていた70代の村田敏夫さんが亡くなった。兄弟は長男の智徳さん、次男の啓さん、三男の正一さんの構成だが、敏夫さんの生前に啓さんだけが住宅ローンの頭金などの支援を受けていたことで相続トラブルに発展した。

次男が繰り広げた激しい反論

敏夫さんの遺した財産は500万円程度。兄弟3人で遺産を分ける案に対し、智徳さんが異を唱えた。

「啓、お前は俺たちにおやじの遺産を返すべきだ。民法には特別受益がある」

「おやじから遺産の前渡しを受けていたようなものだ。これまでさんざんお金を出してもらっていただろう。おまけに家を出る際は住宅ローンの頭金ももらっただろ。それは特別な利益として、少なくとも住宅ローンの頭金400万円は俺たちに返還するべきだ」

しかし、対する啓さんもこう反論する。

「それとこれとは別だ。俺は遺産をもらったわけじゃない。当時は遺産ではなくおやじの財産だったものをもらっただけだ。子どもが親から支援を受けるのは当たり前のことだろ。それを言うなら兄貴も大学の学費を返すべきなんじゃないのか?」

正一さんは熱が高まる2人を仲裁するが「お前はコイツが1人だけズルいと思わないのか?」「1人だけいい人ぶってんなよ! 言いたいことあるなら言えよ!」などと2人からかえって非難されることとなった。

それから4度ほど兄弟で話し合いの場が開かれた。最初こそ話し合いは冷静に進むのだが結局は智徳さんと啓さんが熱くなる。話し合いの中で啓さんも知識を付け、「自分が相続分より多くもらっていても返還までは必要ない」と反論するようになったのだ。

繰り返される話し合いに3人とも疲れてしまったのか、以降はまともに話し合いがなされていないと聞いている。

「特別受益」とは?

さて、ここで村田さん一家の相続争いについて法的に考えていこう。

基本的に亡くなった方が生前に行った財産の処分は有効であり続ける。相続人が故人の意思を無視して撤回したりすることは原則できない。財産の処分は所有者本人が自由にできるものだからだ。

だからといって遺族の感情面は穏やかではいられない、啓さんのように相続人のうち1人が生前にたくさんの贈与を受け、それゆえ他の相続人が相続時に財産を思ったほど得られない。こんなことがあれば、今回の智徳さんのように異を唱える者が出てくることは容易に想定できる。

そこで、法律では生前に受けた贈与を公平に相続分に反映させるため「特別受益」という制度を創設している。特別受益とは、相続人の中に生前に個人から特に多くの贈与を受けたなど特別な利益をいう。特別受益が存在する場合、一度その贈与の額について相続財産に加え、おのおのの相続する相続財産に額について計算するというものである。

次男に住宅ローン分返還の必要はあるのか

例えば、村田さん一家の場合、相続財産500万円に啓さんが住宅ローンの頭金として得たお金400万円を加えた900万円の遺産があったとして遺産分割を行うわけだ。

ここまでは長男智徳さんの意見が正しい。だが、異なるのはここから先だ。

仮に本人の相続分について特別受益の額が上回っていたとしても、返還までは必要はない。相続分が0円となるだけなのだ。

つまり、智徳さんと正一さんが現実に存ずる500万円の遺産を分け合い、正一さんは財産を受け取れないが、返還は必要ないという具合だ。

遺産分割もなされず続く冷戦

その後の村田さん一家は今もなお冷戦状態が続いているようだ。相続財産の500万円はいまだに遺産分割がなされていない。正一さんは現在も智徳さんと啓さんの両名との間を取り持つように2人と連絡を取り合っているがそれもいつまで続くか分からない。

彼らの遺産分割が終わったことを示す遺産分割協議書は私が作成することになっているが、その日が到来するのはかなり先になりそうだ。

もしかすると、このまま話し合いが行われることなく時間だけが経過する可能性もある。そうしているうちに3兄弟のうち誰かが亡くなり、その子どもたちが代理で相続人として話し合いに参加するようになり、事態はさらに悪化することになるかもしれない。

***

兄弟姉妹のうち特定の1人だけが生前に優遇されていると特別受益の問題が起こり、村田さん一家のように相続争いが起こりかねない。

親が考えている以上に、子どもたちは兄弟間で親にかけてもらったお金のことを気にしているものだ。兄弟姉妹のうち特定の子に対して特にお金をかけていた場合、一度、特別受益の存在について確認しておくべきだろう。

もし、特別受益に該当することが考えられる場合、事前に遺言書を作成して相続分を指定したり、専門家に相続分をどうすべきかの相談したりなどの対応を検討いただきたい。強固な兄弟姉妹の絆も、時に相続問題で簡単に崩れてしまうのだから。

※プライバシー保護のため、内容を一部脚色しています。

※登場人物はすべて仮名です。

柘植 輝/行政書士・FP

行政書士とFPをメインに企業の経営改善など幅広く活動を行う。得意分野は相続や契約といった民亊法務関連。20歳で行政書士に合格し、若干30代の若さながら10年以上のキャリアがあり、若い感性と十分な経験からくるアドバイスは多方面から支持を集めている。

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