「アップルカー」はいかにして失敗したか。年間10億ドルプロジェクトの道のり

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先日アップルの自社ブランドEV(電気自動車)、通称「アップルカー」は開発中止になったと米Bloombergは報じた。アップルは肯定も否定もしていないが、市場は真実として扱っており、報道直後に同社の株価が急上昇する一幕もあった。

その続報としてBloombergは、アップルがいかにして毎年10億ドルを、一度も製造したことがない自動車に注ぎ込んだか、詳細にレポートしている。

本記事は、2020年にアップル最高幹部らに披露されたプロトタイプの描写から始まる。それは丸みを帯びた側面、全面ガラスの屋根、スライドドア、ホワイトウォールタイヤを備えた白いミニバンで、4人が快適に座れるように設計され、「フォルクスワーゲンのフラワーパワー・マイクロバス」を思わせたという。

このデザインはアップル社内で「Bread Loaf」と呼称。内装には巨大なテレビ画面、パワフルなオーディオシステム、ユーザーが色合いを調整できる窓もあり。キャビンにはプライベートジェットのような座席があり、シートの一部をリクライニングチェアやフットレストにも変形可能。こうした仕様のもと、約5年後に市場に投入される予定だったという。

アップルがテスラの買収を検討し、結局は実現しなかったことは何度も伝えられた。今回の記事で興味深いのは、同社がメルセデス・ベンツ、BMW、フォード、フォルクスワーゲン、マクラーレンなどの自動車メーカーとの提携や買収も検討していたと報じていることだ。

たとえばメルセデスとの交渉は相当進んでおり、メルセデス側はアップルカーを製造し、アップルの自動運転技術を搭載した自社ブランドの自動車も販売する予定だった。しかし、最終的に破談となった理由の1つが、初期段階での取り組みで「アップル幹部らが自社だけでクルマを作れるという自信を得てしまったからだ」と関係者は語っている。

しかしアップルは、本格的な試作車を公道でテストするにも至らなかった。なぜかといえば、自動運転の目標が非常に困難だった(完全自動運転のレベル5に固執する者もいたという)ことと、自動車製造ビジネスが経済的に厳しいという2つだったとされている。

今回の記事では、アップルのジェフ・ウィリアムズCOO(最高執行責任者)とアップルカー開発を率いたケビン・リンチ氏が、プロジェクト中止を部下達に知らせた様子も詳細に報じている。

2月27日の朝、約2000人の従業員は全体ミーティングに招集され、その場でProject Titan(プロジェクトの通称)が終了することを告げられた。それは12分ほどで終わり、両氏はスタッフの労をねぎらいつつ、直後に人員整理とレイオフに取り掛かったという。

一部はアップル社内のAI部門に異動し、何人かはソフトウェア・エンジニアリングに移籍する。だが、全員に枠があるわけではない。例えば数百人の自動車専門エンジニアや自動運転車のテスター、自動車安全の専門家などは、退職パッケージのメールを受け取ったそうだ。

そもそもアップルカーの構想は、スティーブ・ジョブズ元CEOが「アップルは人々が時間を過ごす全ての空間において支配的な技術を持つべきだ」との宣言から始まった。それはiPhone開発に集中するため一度は頓挫したが、2014年にティム・クックCEOのもとで再始動したことなど、興味深いことが書かれている。

今年初めに米国で発売されたApple Vision Proも、社内で発売が時期尚早との声もあったが、クック氏が反対を押し切ったとの報道もあった。すでに後継者の話が出ていることもあり、後世に残るレガシー作りを意識していたのかもしれない。

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