バイデン氏が一般教書演説、民主主義の危機訴え 大統領選に向けトランプ氏を批判

アメリカのジョー・バイデン大統領は7日、「連邦の状況」を議会に報告し、施政方針を示す一般教書演説を連邦議会で行った。民主主義の危機を訴え、ウクライナ支援の重要性を強調する一方、国内経済は好調だとアピールした。また、秋の大統領選挙を意識し、再対決が見込まれているドナルド・トランプ前大統領を激しく批判した。

演説は午後9時(日本時間8日午前11時)過ぎに始まり、約1時間続いた。バイデン氏にとっては、11月の大統領選に向けた運動を本格化させる前に、多くの国民に向けてメッセージを放つ貴重な機会だった。

民主主義の危機

バイデン氏は冒頭、「国内外において自由と民主主義が攻撃されている」と強調。ウクライナではロシアのウラジーミル・プーチン大統領の軍隊が進撃を続けているが、アメリカがさらに支援すればウクライナは自国を守ることができると訴え、大きな拍手を浴びた。

この発言は、ウクライナへの軍事支援を含む包括予算案が、野党・共和党の反対で下院で可決される見通しが立っていないことを念頭に置いたものとみられる。

続けてバイデン氏は、2021年1月6日の連邦議会襲撃事件に言及。「(襲撃は)失敗に終わった。アメリカは立ち向かい、(中略)民主主義が勝利したのだ」と語気を強めると、民主党議員らは立ち上がって拍手を送った。

バイデン氏はまた、アメリカの民主主義を守るため「力を合わせよう」と議員らに要請。「自由で公正な選挙を尊重しよう。制度に対する信頼を回復しよう」と訴えた。

そして、「政治的暴力はアメリカで許されないとはっきりさせよう」と呼びかけ、「歴史が見ている」とした。

トランプ氏批判

一般教書演説では、大統領はあからさまに政治的な攻撃発言は避けるのが通例となっている。しかし、この夜のバイデン氏は早々に、一般教書演説を選挙演説へと変質させた。トランプ氏を名指しはせずに「私の前任者」と呼び続け、批判を重ねた。

バイデン氏は、軍事費支出が基準を満たさない北大西洋条約機構(NATO)加盟国について、ロシアに「好きにするよう促す」とトランプ氏が発言したことを厳しく批判。

「前大統領は実際にそう言った。ロシア指導者に屈服したのだ」、「これは危険なことであり、容認できない」とした。

バイデン氏はまた、トランプ氏が連邦議会襲撃事件に関して「真実を葬り去ろう」としていると非難した。

さらに、トランプ氏から政権を引き継いだ当時の国内状況について、「最悪のパンデミックと、この100年で最悪の経済危機に見舞われていた」とし、社会不安や雇用喪失、犯罪も広がっていたと主張。

トランプ氏について、「大統領がアメリカ国民に対して担う、最も基本的な義務、注意義務を怠った」、「これは許されないことだ」と非難した。

ウクライナとガザ

ウクライナについては、アメリカが「手を引く」ようなことがあればヨーロッパまで危険にさらされると、バイデン氏は主張。

「私たちは手を引かない」と言明し、NATOとヨーロッパの安全保障に引き続きしっかり関与し続けていくと誓った。

一方、イスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘が続くパレスチナ自治区ガザ地区での戦争に関しては、イスラエルとパレスチナの民間人にとって「はらわたがちぎれるような」数カ月となっていると指摘。

議場に招待された、ハマスに家族を人質にされた人たちに向けて、人質全員を帰還させるために努力すると誓った。

また、ガザ地区で3万人以上のパレスチナ人が殺害されている状況をふまえ、「最低6週間は続く即時停戦を実現させるため、休まず取り組んでいる」と述べた。

ガザ地区についてはまた、米軍が地中海沿岸に仮設の港湾施設を建設し、多くの人道支援が届くようにすると、バイデン氏が演説の中で発表した。

この計画については、米政府高官の話として、演説前にメディアで報じられていた。高官は、パレスチナ人への人道支援が1日あたり「トラック数百台分増える」としていた。

中絶の権利

バイデン氏は人工妊娠中絶についても言及した。中絶の権利を重視する民主党の姿勢は、2022年中間選挙で同党が予想以上に健闘した要因とされ、バイデン氏はそれを意識したとみられる。

バイデン氏は、中絶の権利を合憲だとしてきた「ロー対ウェイド」判決を覆した連邦最高裁判決に触れながら、「女性は選挙権を持たないわけではない」、「冗談じゃない」と述べた。

そして、大統領選で再選されたあかつきには、中絶の権利を全国的に回復させるために努力すると約束した。

民主党議員や閣僚らは一斉に立ち上がり、バイデン氏に拍手を送ったが、議場の最前列に座っていた最高裁判事6人は微動だにせず、無表情のまま沈黙を保った。

国内経済

バイデン氏はアメリカの経済について、同氏が2021年に大統領に就任した時より好調だとアピールした。

「ニュースにはならないが、何千もの市や町で、米国民は偉大なカムバックの物語を書いている」

ただ、バイデン氏が自分で「バイデノミクス」と呼ぶ経済のカムバックに関するメッセージは、これまでのところ国民に響いていない。同氏の支持率が低迷気味なのは、国民の景況観と密接に結びついており、現時点ではそれはあまり前向きではない。

米紙ニューヨーク・タイムズの今週の世論調査では、有権者の大半は景気はあまり良くないと考えている。バイデン氏が大統領選で再選を果たすには、これを転換させる必要がある。

国境問題

バイデン氏は大方の予想通り、国境管理に関して超党派でまとめた法案に強く反対している共和党議員たちを厳しく批判。「この法案は人命を救う」、「そして国境に秩序をもたらす」と訴えた。

そして、法案が可決されなかったのはトランプ氏のせいだと非難した。

「私の前任者が複数の議員に電話をかけ、法案を阻止するよう強く要求したと聞いている」、「彼は(法案が可決されれば)私にとって政治的勝利となり、自分にとって政治的敗北になると思っている」。

そのうえでバイデン氏は、「ここで大事なのは彼ではないし、私でもない」と語気を強めた。

国境問題についての演説中、共和党のマージョリー・テイラー・グリーン下院議員(ジョージア州)が、不法移民に殺害された同州の女性レイケン・ライリー氏について言及するよう、議場から不規則発言を繰り返した。

バイデン氏はこれに応え、ライリー氏は「不法入国者」に殺されたとし、「彼女の両親にはお悔やみを申し上げる。私自身も子どもを失っている」と述べた。

このやりとりの後、バイデン氏は演説に戻り、移民が「この国を毒している」などと言って「移民を悪魔扱い」することはしないと宣言。ここでも、トランプ氏の発言をあてこすった。

中国と台湾

バイデン氏は、中国との競争についても短く言及。対中貿易の赤字は「過去10年超で最低の水準」まで減っていると主張した。

そして、「私たちは中国の不公正な経済慣行に反対している」と発言。「中国との競争は望んでいるが、対立は望んでいない」とした。

バイデン氏はまた、アメリカは台湾を守ると約束。日本や韓国などを含めた太平洋地域の同盟関係を強化するとした。

高齢問題と信念

演説の終盤には、自らの年齢にも言及。「私くらいの年齢になると、特定のことがこれまで以上に明確になる」と主張した。

バイデン氏は現在81歳、トランプ氏は77歳。

バイデンはその後、「自由と民主主義を受け入れ」、「正直さ、良識、平等といった、アメリカを定義づけてきた核となる価値観に基づいた未来」を築くことを、自分の人生で学んできたと説明。

「私と同世代の人の中には、恨み、復讐(ふくしゅう)、報復という別のアメリカの物語を見ている人がいる」、「私はそうではない」とした。

そして最後に、「私はみなさんを、米国民を信じている」、「私たちがどんな人なのか思い出そう」、「私たちはアメリカ合衆国だ。共に行動すれば、私たちにできないことはない」と訴えかけた。

共和党の新星が反対演説

この夜の議場には、上下両院議員らのほか、慎重に選ばれた招待者らの姿もあった。中絶の権利のために闘ってきた女性たちや、ロシアでスパイ容疑で拘束されている米記者エヴァン・ガーシュコビッチ氏の両親、イスラエルでイスラム組織ハマスに連れ去られた人質の家族などが演説を聞いた。

バイデン氏の演説に続く野党・共和党の反対演説は、強固な保守派として知られる同党の新星ケイティー・ブリット上院議員(アラバマ州)が行った。

ブリット氏はアラバマ州モンゴメリーの自宅のキッチンから、「いま、アメリカン・ドリームは、多くの家族にとってアメリカン・ナイトメア(悪夢)に変わっている」と主張。

バイデン氏を「ずれている」とし、現政権下で家族の暮らしは悪化しているとした。

また、移民や経済についてもバイデン氏を強く非難した。

(英語記事 Biden swipes at Trump and defends abortion rights in key speech

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