創立100周年に熱狂したシント=トロイデン。小さな町のクラブはいかにして変化を遂げたのか、なぜ日本人は愛されるのか【ベルギー発】

2月24日午後2時半、シント=トロイデンの町中にあるミンダーブルーダース教会に敬虔なSTVV(シント=トロイデンVV)の信者が集まった。450人のサポーターが旗を振り、チャントを繰り返し、浴びるようにビールを飲む。STVVの歴代ベストプレーヤー、主オディロン・ポレウニス様はきっと天で微笑んでいることだろう。今日はSTVVクラブ創設100周年を祝う特別な日なのだ。

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STVVのチャントを英語訛の大声で張り上げる一団は、サンダーランドのSTVVファンクラブの御一行。

「2010年、STVVのGKシモン・ミニョレ(現クラブ・ブルージュ)がサンダーランドに移籍してから、私たちとSTVVの絆が始まったんです。毎年1回、私たちはSTVVを応援するために、この町に駆けつけます。今回は30人で来ました。Twenty-twoはマスト・ゴーですね」

Twenty-twoとはミニョレがシント=トロイデンで経営するカフェのこと。背番号22は彼の代名詞だ。

教会の外もSTVVのサポーターで溢れていた。私は年配の婦人に声をかけられた。

「その旗はどこでもらえるの?」
「よかったら私の旗をあげますよ」
「ありがとう!」

その後、700人のサポーター、ファン、市民がシント=トロイデンの中心部からスタイエン・スタディオンに向かって行進した。その距離1.6km。普段なら歩いて20分の距離を1時間以上かけて、ゆっくりと町の中を練り歩く。ツンツンと私の脇腹を突いてきたのは先程の御婦人だ。

「私も参加しちゃったの。旗、ありがとう!」

俺の写真を撮れと言わんばかりに、私の前に立ちふさがったサポーターがいた。彼の着るレプリカユニホームは80年代の匂いがする、木綿地のものだった。

「これはSTVVが優勝したときのユニホームだ! 87年、我々は2部リーグのチャンピオンになったんだ」

スタジアム手前に設けられた100周年記念のアーケードをくぐると、立石敬之CEOとミーカース会長が笑顔で迎えてくれた。

スタジアムの正面にある建物から、明らかにSTVVと思われるサポーターが出てきた。家からスタジアムまでわずか10秒。理想の住処だ。

「私はここに住んでいます。STVVは私のすべてです」。クリスと名乗るサポーターは言った。

「私が好きな選手は藤田譲瑠チマ。彼はとても力強いMFだ。STVV歴代最高の選手はポレウニス。彼は68年のゴールデンブーツ(ベルギーリーグ最優秀選手)でした。このピンバッチをプレゼントしましょう。彼はSTVVのスコットランド・サポーターズクラブのメンバーです」(クリス)

――私は教会でサンダーランドのSTVVファンクラブと会いました。

「STVVはサンダーランド、スコットランド、オランダにもファンクラブがあるんです」(クリス)

そのスコットランド人、アンディは川島永嗣がプレーしたダンディー・ユナイテッドを応援している。「今日、Jリーグが開幕して、川島もプレーしたんですよ」と教えると、「ホント!? まだ彼はプレーしているんだ」とビックリしていた。

「私にはこのあたりに友だちがいて、彼にスタジアムに連れてきてもらいました。見ての通り、手前のホテルがスタジアムのゴール裏に繋がっています。『マジでここがフットボール・クラブなの!?』と仰天しました。それから私はスコットランドでファンクラブを作り、こうして応援に来ているのです」(アンディ)

クリスの家から何人もサポーターが出てくる。彼ら、彼女らは住民なのか?

「いえ、私の家に泊まっているだけですよ。ここはSTVVサポーターの無料宿泊所みたいなところです(笑)」

バックスタンド入口の小広場にオープンカフェがあり、そこにサポーターが集まっていた。ひとり、少し古いユニホームを着ている男性がいた。「かっこいいユニホームですね」と声をかけると「私はこのユニホームを着てプレーしていたんです」と返ってきた。もしかして元選手なのか?

「私はアカデミーで19歳まで、12年間プレーしました。トップチームに昇格することはできませんでしたが、リザーブチームでプレーしていました」(ユルン)

彼女のサキナが「町からスタジアムの行進、最高だったよね! 教会の雰囲気も良かったし」と声を弾ませる。

「STVVを応援しはじめて20年。父にスタジアムに連れてこられてファンになりました。祖父もSTVVのサポーターなんです」(サキナ)

――STVVは世代から世代へと継がれていくわけですね。

「その通り!」(サキナ)
「私の家族もSTVVのファン。そして、ここにいる人たちはみんなファミリー。温かな心を持ったファミリー・クラブなんです」(ユルン)
「ただ、少し時代が変わったかも。昔は本当に小さなクラブで、スタジアムは必要最低限の施設でしたが、ファンはもっと騒々しく応援していました。15年前、スタジアムがキレイになりましたが、雰囲気がおとなしくなりましたね」(サキナ)
「スタジアムはモダンにアップグレードされたんですよ。だから、ここに来ることは楽しい。でも昔のほうが雰囲気が良かったのは確かです」(ユルン)
「だけど日本人が経営するようになったのはナイス! 今、STVVはベルギーのクラブのなかで、もっとも健全な経営をしているクラブのひとつになりました。日本人のマネージメントに感謝しています」(サキナ)

今昔の比較を話すのは楽しいのだろう。私はなかなか質問を挟めない。ようやく「誰が好きですか?」とこれ以上ない凡庸な質問をした。

「マッテ・スメッツ!」

ふたりは声を揃えた。

「彼はリンブルフのご当地選手だからね。あとコイタ」(ユルン)
「ちょっと日本人選手の話もさせて。藤田譲瑠チマはトップ。鈴木彩艶も良い。藤田はファイターです。彼のことを愛しています」(サキナ)
「藤田のプレースタイルは、日本人の持つフィロソフィーを表していますよね」(ユルン)
「仕事をする!」(サキナ)
「そして謙虚」(ユルン)
「リンブルフの人たちも一緒。仕事熱心なんです」(サキナ)
「藤田は毎試合100%の力を注ぐ」(ユルン)

――もし100%の力を選手が注げば、勝ち負けなんて関係ないと

「負けても力を出し尽くせばチームを称賛するのみです」(ユルン)

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近くに手作りの応援ジャケットを着る男性が家族とビールを飲んでいた。

「STVVはまさに私の人生。もう35年も応援しているんです。このクラブは私のDNAです。今日は父、母、娘と一緒に来ました」(フロール)

――この35年でSTVVのスタジアムはすっかり変わりました。

「簡単に比較はできません。今は大きなスタジアムになり、すべて椅子席で快適に観戦できます。昔はお互いひしめき合って、立って試合を観ていました。雨に濡れてね。昔は良かった。だけど今も良い」(フロール)

――今日は100周年記念のイベントです。

「人生で一度きりのこと。200周年に私の姿はありません」(フロール)

――私もです。

「ここにいる全員、200周年を祝うことはできません。だから100周年の場に居合わせるということはとても貴重な瞬間なんです」(フロール)

――好きな選手は?

「うちには今、何人かローカルの選手がいます。そのなかでもマッテ・スメッツ! 彼は19歳。今度の夏、ステップアップするでしょう」(フロール)

――それは間違いない。

「私は日本人選手も好きですよ。橋岡大樹は冬、ルートンに去っていきました。彼は正しいメンタリティの持ち主。開始1分から95分まで闘い続けるファイターです。彼だけじゃないですよ。すべての日本人選手が正しいメンタリティを持っています。鈴木彩艶、藤田譲瑠チマは素晴らしい。あと1年、STVVに残ってプレーしてほしい」(フロール)

――最高の思い出は?

「2002−03シーズン、STVVはベルギーカップ・ファイナルを戦ったんです。残念ながら私たちはラ・ルビエールに負けてしまいました。しかし、それは美しい思い出です。ブリュッセルのビッグ・スタジアム。そこに2万人の市民が詰めかけたんです。300台のバスでね。もちろん自分の車で駆けつけたファンもいました」(フロール)

バウデワイン・スタディオンに行けない市民は、町の中心に集まってビッグスクリーンで試合を観ながら応援したという。

その後、行なわれたウェステルロー戦は100周年を祝うメモリアルゲームを兼ねた。クリーンシートを達成し、1−0の勝利に貢献したGK 鈴木彩艶は言う。

「100周年って日本じゃまずないですよね。本当に歴史を感じます。まだ自分が来て1年も経ってないですけど、この100周年という記念の舞台に立てたことは良かった。このような小さなクラブにも長い歴史がある、そうつくづく感じました」(鈴木)

美しいロビングシュートで決勝点を決め、100周年に彩りを添えた伊藤涼太郎は記念マッチを振り返る。

「Jリーグは去年30周年だったわけで、STVVの100周年にはヨーロッパサッカーの歴史をすごく感じます。僕自身、STVVが100周年と聞いたとき、すごくビックリしました。人びとが大事にしている試合でゴールを決めると、やっぱり心に残ると思います。だからもっとゴールを決めたいですね」(伊藤)

あるサポーターはSTVVを応援することを「ビッグパーティー。スタイエンはビールを飲みながら騒ぐオープンバー!」と言って笑った。楽しみ方は人それぞれ。それでもひとつ言えるのは、STVVのサポーターの多くが、親から子へ、またその下の世代へとそのタスキが受け継がれていること。

フロールが言ったように、今、スタイエンに集まった人たちが200周年を祝うことはない。しかし、今を生きる人びとが間違いなく100年後のサポーターに遺伝子を残すことだろう。

取材・文●中田 徹

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