『魅惑の人』チョ・ジョンソク×シン・セギョンに拍手! 別れの前に過ごした幸せな一日

Netflixで配信中の『魅惑の人』が最終回を迎えた。韓国では、最終話の視聴率が自己最高を記録し、有終の美を飾った。

本作は、清の支配下にある架空の朝鮮王朝を舞台に、チョ・ジョンソク扮する王イ・インと、シン・セギョン扮する男装ヒロインのカン・ヒスが、政権争いの陰謀に巻き込まれながらも愛し合うロマンス時代劇だ。本稿では、第15話と第16話を中心にご紹介したい。

インの伯父である領府事パク・ジョンファン(イ・ギュフェ)から、インを毒殺するように命じられたトン尚宮(パク・イェヨン)は、唇に毒を混ぜた紅を塗り、インにキスをしようと迫る。しかし、インはすんでのところで、トン尚宮をかわして危機を逃れる。インを愛するトン尚宮は、インが自分のキスを拒むことを見越したうえで、インを守るために自ら毒を飲んでいた。血を吐いて倒れるトン尚宮を、血相を変えて抱きとめたインに、トン尚宮は、「王様を殺めよと命じられました」と明かす。なぜ自分を毒殺しなかったのかと問うインに、トン尚宮は「私の一生の望みは、王様のご寵愛を受けることでした。ですが、それよりさらに望んでいたのは、この命が尽きるまで王様をお守りすることでした」と告げて命を落とす。

インは、トン尚宮を利用したのはジョンファンだとし、清の間者でもあったジョンファンを罪人として尋問することにする。しかし、ジョンファンは、証人であるトン尚宮が亡くなったことで、自分が命じた確証がなくなったと高を括っていた。そんなジョンファンに、ユ・ヒョンボ(ヤン・ギョンウォン)は、大丈夫かと身を案じるが、ジョンファンはいざとなれば、「キム・ミョンハとユ・ヒョンボが手を組み、私に謀反を提案した」と告発するとヒョンボを脅す。

インは、ジョンファンを尋問するが、ジョンファンは身の潔白を訴える。しかしインは、身内であっても、王に逆らうものは容赦しないとジョンファンを拷問する。なかなか口を割らないジョンファンだが、そこへ謀反を企てたことを証言する証人として、ヒョンボが現れた。チョ・ジョンソクとイ・ギュフェの鬼気迫る演技の応酬が繰り返される迫力満点の場面だ。イ・ギュフェは、2021年『怪物』でも怪演を見せたが、本作でも王の伯父として、序盤、中盤、後盤と心情の変化を巧みに表現して見せ、名バイプレーヤーとしてヴィラン役を好演した。

インは、民から正当に認められる王となるべく、これまでの慣習を破り、王族たちや貴族たちの行いも正してゆく。そんなインの仕打ちに、母である大妃(チャン・ヨンナム)は、反発していたが、インが寵愛する棋待令(キデリョン:王の碁の相手)のカン・モンウ(シン・セギョン)が、女性だと知りモンウを呼び出す。呼び出されたモンウは、大妃から女性用の衣服を下賜され、無理やり衣服を脱がされそうになる。インは、モンウが大妃から呼び出されたことを知り、大妃の元へ乗り込んでゆく。インがモンウをなによりも大切に想っていることがわかるシーンだ。モンウが泣きそうになって、宮女たちに身体を抑えられているのを見て、血相を変えて守りにくる姿がカッコいい!

清の皇帝から囲碁の相手として、モンウを差し出すようにという申し入れがあり、頭を悩ませるインに、大妃は「棋待令を後宮に。清の皇帝といえども国王の妻を無理には連れていけません」と言う。この大妃の発言に動揺を見せるチョ・ジョンソクの繊細な芝居が素晴らしい。瞬きし、目線をあちこちに泳がせてぐるりと動かし、動揺を見せるのだ。

インの世継ぎが欲しい大妃と、モンウを心から大切に想っているインは、モンウを巡って「後宮に入れたらいい」「王妃に迎えてはいかがか」とやり合うのだが、インの中では半ば本心であったのかもしれない。のちに、モンウに「実を言うと、母上の言葉に少しばかり心が揺らいだ」と打ち明ける。モンウのことを“自分だけのものにしたい”、そう思うのは、自然なことだろう。ましてやインは、王だ。王ならば、自分の気に入った女性を簡単に手に入れることができるだろう。しかし、インはモンウの気持ちを尊重し、常に大切にしてきた。自分の欲を母に見透かされたようで、後ろめたさを感じたというイン。王に即位した後、常に自分への厳しい眼差しを持って自分を律し、制してきたことがわかり、切なくなる場面であった。

インは、常に数手先を読み、上手く政治を司ってきたが、モンウの存在はインにとって、心を許せる唯一の人であり、恋慕の相手だ。モンウの言葉には抗えず、インはモンウが清の皇帝の元へ行くことを受け入れる。

モンウが清へ行く前に、インとモンウは「ごく平凡な男女として」一日を共に過ごす。モンウはインから贈られた美しい女性の衣服を身に纏い、インの元にやって来る。美しく輝くモンウの姿を見て、惚れ惚れし、言葉にならない声をあげるイン。ここからふたりは、仲睦まじく過ごすのだが、特に水切りをした時のインの表情がいい。水切りのコツを話して聞かせ、やってみせるインだが、そのあとにモンウが水切りすると、インの倍以上の数の水を切って石は飛んでいく。さらに火おこしもモンウのほうが上手く、インの複雑そうな顔が面白い。政敵争いも落ち着き、束の間の休息を楽しむふたりの姿は、コミカルなシーンもあり、心和む一方、終幕を予感させる。

本作は、架空の王の物語でありながら、チョ・ジョンソクの秀でた圧巻の演技力で、最初から最後まで、王インに魅惑された物語であった。序盤の純粋で誠実な姿と、異母兄である先王ソン(チェ・テフン)との確執や、即位後の治世と、さまざまな顔を繊細な演じ分けで見せてくれた。朝廷や身内との権力争いでは、緊迫感溢れる心理戦と、冴えわたる頭脳で魅了し、ロマンスでは、目と表情の卓越した演技力と色気で、インに魅惑された視聴者が続出した。チョ・ジョンソクという俳優は、こんなにも色気のある俳優だったのかと、何度もインの放つ色気に胸をときめかした人も多いのではないだろうか。

男装ヒロインとして、美しい輝きを放ったシン・セギョンは、チョ・ジョンソクとの素晴らしいケミを見せてくれた。「こんなに美しいのに女性だと気づかないの!?」という視聴者の声を、大妃が「誰が見ても女人なのに」のセリフで受けてくれたことは、制作陣の遊び心を感じさせた。

本格時代劇として、『王になった男』の脚本家キム・ソンドクが描いた本作は、血が滾るような緊迫感と、胸をときめかせるロマンスが織り重なった魅惑的な物語であった。次回への期待を煽る毎話ラストの音楽も、美しい映像描写も見事であり、その世界の中心で秀でた演技を魅せたチョ・ジョンソクとシン・セギョンに拍手喝采を送りたい。さらに、脇を固めたバイプレーヤーたちの熱演が、本作品をさらなる高みに押し上げて、視聴者を惹きつけたことは間違いないだろう。男装ヒロインものとして、またひとつ人に勧めたくなる作品が誕生した。
(文=にこ)

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