日産 アリアNISMOに試乗! 国産BEV SUVのパイオニア的な1台だ

2024年3月8日、日産は同社のフラッグシップ電気自動車(BEV)のアリアに、スポーツモデルの「アリア NISMO」を追加、6月に発売すると発表しました。これまでのNISMOモデルのベース車とは駆動システムもクルマの性格も異なるアリアをどうNISMO流に仕上げたのか。クローズドコースで試乗した印象も含めてご紹介していきます!

TAS2024のプロト発表からわずか2カ月で市販型を発表

東京オートサロン2024で発表されたアリアNISMOのプロトタイプ。

以前 で「アリアにNISMOが出たらなぁ」なんてことをつぶやきました。それからほどなくして開催された東京オートサロン2024でプロトタイプが発表され、それからわずか2カ月で市販型を発表と、意外と早くことが進みました。

新たに追加されたアリアNISMOは、標準車の4WDモデルである「e-4ORCE」のB6(バッテリーサイズ66kWh)B9(バッテリーサイズ91kWh)とをベースに、空力パーツや足まわりの変更、さらには駆動システムに手を加えるなど、かなり本気で作り上げた印象です。ちなみにアリアNISMOにはFWDは用意されていません。その理由はシステム出力をアップしたりしているため、4輪駆動の「e-4ORCE」のほうがより理想的な走りに近づけることができるからとのことでした。

NISMOモデルのラインナップにおけるアリアNISMOの立ち位置も気になります。現在の日本国内におけるNISMOモデルのラインナップは大まかに、
1. サーキット走行に耐えうるスペックを持つGT-R NISMOとフェアレディZ NISMO
2. GT性能やコンフォート性能を高めたストリートモデルのスカイランNISMO
3. 買いやすく誰でも走りを楽しめるリーフNISMO、ノートオーラNISMO
という具合に構成されているのですが、その中でアリアNISMOはちょうど中間にあるスカイラインNISMOと同じ位置にあるモデルだと言います。

つまりサーキットを攻めるような速さを追求したのではなく「より速く、気持ちよく、安心して」走れるクルマを目指したそうです。このことを踏まえつつ、実際にクルマを見ていきましょう。

NISMOらしさと大人っぽさの両立を目指したエクステリアデザイン

標準車よりもフロントオーバーハングは15mm、リアオーバーハングは40mm長くなっている。

今回取材したモデルはアリアNISMOの「プロトタイプ」です。ただし、日産の説明では「量産車ではないだけでほぼ市販車のままです」とのこと。そんなアリアNISMOのエクステリアには、ひと目見て“通常モデルとは違う”と思わせるアイテムが装着されています。

フロントバンパー、サイドスカート、リアバンパーはアリアNISMO専用のパーツに置き換えられ、バックドアにはダックテール形状のリアスポイラーが追加されています。さらにエンケイ製の専用アルミホイール&タイヤが装備されています。

写真はプロパイロット2.0装着車ではないのでルーフ上のフィンアンテナはひとつだけ装備される。

前後のバンパーは標準車のものにエアロパーツを付加したのではなく、バンパーそのものを新たに設計しているため「エアロパーツを後付けしました」感は少なく、自然なエクステリアデザインを実現しています。

また、これらのパーツに入る赤いラインはNISMOモデルでは十八番とも言えるデザイン要素ですが、アリアNISMOでは“うちに秘められたマグマ”が垣間見える”ようなイメージで入れられたといいます(マグマ=筆者はクルマの内に秘められた走りへの情熱や高性能さといったものだと解釈)。

さらに先述の大人びた印象のデザインとした一方で、その中に秘めた走りへの情熱を見る者に感じさせるという、いわば二面性のようなもを表現することも狙ったとのことです。

これらのNISMO専用パーツはブラックに塗装されているため、確かにパッと見て標準車とは違うことがわかるのですが、けっして悪目立ちはしていません。これにはアリアNISMOがメインに据えたターゲットユーザーが40代後半、年収は1300万円以上ということが深く影響しています。つまり目立つヤンチャなだけのエクステリアではダメで、大人に似合う洗練されたスタイルがアリアNISMOには必要だったのです。

全てのパーツは必要とされる機能性がある

バンパーユニットは新たに設計されているため、両サイドの縦長のエアインレットの形状も標準車と異なる。

また、エアロパーツはけっして見た目だけのものではありません。カナード形状にしたフロントバンパー下部、標準車よりも40mm低く37mm外側に出したサイドスカート、下部をディフューザー形状にしたリアバンパー、バックドアのリアスポイラーはダウンフォースを高めています。さらにアルミホイールにはブレーキ冷却性能の向上やドラッグ低減、ダウンフォースを高める効果があります。

さらに、標準車よりもCd値は6%向上、CL値(揚力係数)は40%も低減されています。開発者によるとダウンフォース増強とCL値の低減により、総合的に見るとゼロリフトを実現しているとのことでした。

ちなみに、アリアNISMO専用のパーツの装着による車両重量の増加は標準車に対して20〜30kgとなります。ただし、この重量増はオプションの有無によってひっくり返る程度の重量増でしかありません。しかもアリアNISMOのシステム出力は標準車比で、B9は標準車(290kW[394ps])に30kW(41ps)プラスの320kW(435ps)に、B6は標準車(250kW[340ps])に+20kW(27ps)プラスの270kW(367ps)にパワーアップされているので、重量増はさほど気にする必要はないでしょう。

もう少し駆動システムについて補足すると、モーターやインバータ、バッテリーなど電動システムのコアになるハードウェアは標準車のままで、ソフトウェアの変更でシステム出力の向上が図られています。またアリアNISMOのパワーアップは、現在のハードウェアが持つポテンシャルの限界ギリギリのところまで使って実現したとのこと。これ以上のパワーアップを図るのであればハードウェアに手を加えないと難しいとこととでした。

車内は細かいところにまでNISMOモデルらしさを採り入れた

インパネにも赤いラインが入る。またドアトリムからインパネまでスエード調の加飾が入っている。

説明が長くなりましたが、いよいよ車内に乗り込みます。試乗車は総電力量91kWhのリチウムイオンバッテリーと前後に各1基のモーターを備えた4WDモデルの「アリアNISMO B9 e-4ORCE」です。ドアを開けるて最初に目に入ったシートは標準車とは別物で気分が上がります。このスポーツシートはNISMO専用でサイドサポートを高くしたほか、身体が触れる部分には滑りにくいスエード調ファブリックを使ってホールド性を高めています。

ちなみにこのシートは外部のメーカーに開発を依頼したものではなく、日産が独自に開発したものとのこと。アリアというアッパー志向のSUVにマッチするシートは、スポーツ走行に寄りすぎてもコンフォートに振りすぎてもダメで、ちょうどいい塩梅のものを作るには自社開発がベストだったという事情もあったとのことです。

NISMOロゴが横に配置されたレッドのスタートスイッチを押して、システムがオンになるとメーターにもNISMOロゴが表示されます。また、インパネには赤いラインが入り、足もとやドアにはメッシュの向こうがぼんやりと発光する「レッド“ANDON”イルミネーション」を配置するなどの演出は、NISMOモデルに乗っていることを強く実感させます。

▶▶▶次ページ:「NISMO」モードでは本領を発揮

本来の乗りやすさはそのままに、さらに上の走りも味わえる

弱い雨が降る中、クローズドコースでの試乗をスタート。走り出しは極めてスムーズだ。

まずは走行モードを「STANDARD」モードにしてフツーに発進してみると、スルスルと走り出します。試乗コースに出て加速しようとアクセルペダルを踏み増した瞬間、間髪入れずにグンと後ろから押出されるように加速します。力強さと扱いやすさをバランスした設定で、とても乗りやすいと感じる一方で、標準車のB9 e-4ORCEとあまり変わらないという印象も受けました。

しかし「NISMO」モードに切り替えると発進時のレスポンスは標準車よりも良いと感じました。また、側道からメインのコースに合流しようと、ハンドルを切りながらアクセルを少し踏み込みすぎた時には後輪がズズッと横にブレるようなパワフルさもありました。

試乗時は弱い雨が降っていて路面が少し濡れていたせいもありますが、これはハンドルを切った時にやや後輪側の駆動力配分を高めにして旋回性を高めていることも影響しているのかもしれません。ただし、不安を覚えるような挙動ではなく「NISMO tuned e-4ORCE」と名付けられた専用チューンの電動4WDシステムが完璧にアシストしてくれるので心配は不要です。

ちなみに足まわりは、サスペンションのバネ定数をフロント+3%、リア+10%(B9のみ)に変更。フロントストラットの外筒板厚をアップしてキャンバー剛性をアップされたほか、前後の減衰力にもNISMO専用のチューニングが施されていますが、可変サスペンションといったシステムは採用されていません。

さらにENKEI製の専用アルミホイールの採用による軽量化(標準車のものよりも質量は5%低減)といった具合に、多くのNISMO専用メニューが盛り込まれています。

NISMOモデルだが想像よりも乗り心地はマイルドだった

テストコースなので路面の状態はかなり良いコンディション。荒れた路面でも試して見たいと思った。

実は試乗する前は少し硬めなのかな、と思っていたのですが実際に走り出すと硬さはあまり感じません。試乗コースには高速道路の継ぎ目を再現したようなセクションもあるのですが、そこでもガツンというような入力はなく、トトン、トトンといった具合にリズミカルにクリアしていきます。この走りからもアリアNISMOの想定ユーザー層の年齢が高めであることが実感できます。

一方、ワインディング路やスラロームでは車体の傾きが思っていたよりも少し大きく感じました。ただし、こういったシーンでは高めのサイドサポートを備えたスポーツシートがしっかり身体をホールドしてくれます。

120km/hまで加速が許される直線路では、約60km/hからアクセルペダルをベタ踏みしてみます。すると一般人には強烈過ぎる中間加速を見せます。頭の血が後方へ移動して一瞬クラっとしそうな勢いでスピードが増していき、700mあるかないか程度のこのセクションはあっという間に終わってしまいます。

これは走行モードが「STANDARD」でも「NISMO」でも同じ印象でした。「ECO」では加速が若干緩い印象でしたが、加速力としては十分なものでした。

このセクションの出口では40km/hまで減速しなくてはならないのですが、ブースターを強化すると同時にフロントに高温時でも効き目の変化が少ないロースチール材を使ったパッドを用いるなどした専用ブレーキおかげで難なく減速できます。

ただし、加速については標準車のB9 e-4RORCEでもかなり近い体験ができるような気もしました。そもそも標準車も十分パワフルで速いのです。ですが、開発時のデータのよると、高速道路での80km/hから120km/hまでの加速タイム(アクセル開度50%)では標準車よりも1秒縮んでいるとのことなので、絶対的な速さではやはりアリアNISMOが標準車に勝っているようです。

NISMOモードでは音の演出にもこだわった

「NISMO」モード選択時はメーター表示にもそこかしこに赤い挿し色が入る。

「NISMO」モードでもうひとつ触れておきたいことが、走行時に発する音が明らかに変わることです。これはアリアNISMOのために開発された人工音をクルマの加速に応じて発するというもので、オプションの「NISMO専用BOSE Premium Sound System」を選択すると味わえる演出です。

ちなみにこの音はフォーミュラEマシンを運転しているようなEVサウンドをイメージしたとこのと。確かに加速音は「ヒュイーーーン」といった、いかにもBEVらしい音を、アクセルオフ時や減速時「ヴォロロロ〜」のという感じの、なんとも言えない低音を発するのです。

個人的に気に入ったのはアクセルオフの音で、VQエンジン(3.5L)搭載車のアクセルオフ時やパーシャル時の「ドロロロー」といったエンジン音をイメージしているのかな、と思いました。ちなみに開発陣はエンジン音を意識してはいないとのことですが、筆者としては少し嬉しくなる演出でした。

航続距離の低下は最小限、走行モードによる差もわずかだ

テストコースを快調に走るアリアNISMO。走行時に車外から入ってくる騒音もかなり抑えられていた。

高性能化されたアリアNISMOの航続距離は標準車と比べてどうなの、という点も気になるところだと思います。アリアNISMOの満充電時の航続可能距離は試乗時は未公表とのことでしたが、パフォーマンスアップにより標準車よりも短くなります。しかしそれは10%以内に抑えられているとのことです。そもそもアリアの一充電航続距離はバッテリーの総電力量が66kWhのB6で470km、91kWhのB9では560kmと、現在日本で販売されているBEVの中では長いほうなのであまり気にする必要はないでしょう。

また、試乗中に走行モードを変えてもメーターに表示される航続距離は1〜2km変わったり、変わらなかったり、という感じでした。なので、走行モードによる電力消費の増減もあまり気にする必要はなさそうです。

価格は標準車よりもかなりアップするがそれだけの価値はある

けっして買いやすい価格のクルマではないが、国産BEV SUVの新境地を切り拓くモデルかもしれない。

ご紹介してきたアリアNISMOの気になる価格は「NISMO B6 e-4ORCE」は842万9300円、「NISMO B9 e-4ORCE」は944万1300円です。ベース車と比較すると前者は123万4200円高く、後者は145万4200円高くなりますこれを高いと感じるか、安いと思うかは個人によりますが、筆者はそれほど高くはないのではないかと思いました。

そもそも、電動車の出力を上げたり下げたりすることは、ひと昔前のエンジン車のROMを書き換えたり社外製過給器を組み込むなどといったチューニングとは次元が異なり、メーカーやメーカー直系のチューナー以外ではかなり難易度が高いのです。

そして、そのパワーアップに見合った足まわりの変更や効果的な空力パーツの追加、NISMOモードの音の演出というメニューがセットになっているを考えると、けっして高くはないと思うのです。

ちなみに開発陣に「アリアNISMOのシステム出力アップのメニューをノートオーラなど向けて販売されているスポーツリセッティングのようなカタチで販売する可能性はあるのか」と言う興味本位の質問をしたところ、その予定は一切ないとのことでした。

日産のBEV史上最強にして現行ラインナップではGT-Rに次ぐパワー、快適な乗り心地と爽快な速さ、SUVボディならではの車内の広さと運転のしやすさなどを兼ね備えたアリアNISMO。国産車ではまだ数少ない本格的なスポーツBEVの先駆けであると同時に、とても多くの価値を見いだせるモデルだと感じたのでした。
(写真:伊藤嘉啓)

日産 アリアNISMO B9 e-4ORCE 主要諸元

●全長:4595mm[+55mm]
●全幅:1850mm
●全高:1655mm
●ホイールベース:2775mm
●車両重量:2230kg
●パワーユニット:モーター×2基(前後各1基)
●システム最高出力:290kW(394ps)[+30kW(+41ps)]
●システム最大トルク:600Nm(61.1kgm)
●バッテリー種類・総電力量:リチウムイオン・91kWh
●駆動方式:4WD
●タイヤサイズ:255/45R20
●乗車定員:5名
●価格:944万1300円(税込み)
※[ ]内はベースのアリア B9 e-4ORCE比

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