鳥山明さんの“新しい”『ドラゴンボール』がまだ観たかった 晩年に迎えていた新境地

3月1日に漫画『ドラゴンボール』(集英社)の作者・鳥山明さんが亡くなった。享年68歳。3月8日に訃報が流れて以降、国内だけでなく、海外からも多くの追悼コメントが発表されており、彼が残した偉大な功績について実感させられる。

『週刊少年ジャンプ』で1980~1984年にギャグ漫画『Dr.スランプ』(集英社)、1984~1995年にファンタジーバトル漫画『ドラゴンボール』を連載して大ヒットさせた鳥山さんは、後続のクリエイターに大きな影響を与えた。

また、RPG(ロールプレイングゲーム)『ドラゴンクエスト』(スクウェア・エニックス、以下『ドラクエ』)シリーズのキャラクターデザインも担当し、日本人には馴染みの薄いファンタジーの世界を身近で親やすいものに変えたことも大きな功績だったと言えるだろう。

1976年生まれの筆者にとって、鳥山さんはとても身近で親しみを感じる存在だった。

『Dr.スタンプ』をアニメ化した『Dr.スランプ アラレちゃん』は幼少期に楽しく観て真似して遊んでいたし、『ドラゴンボール』はジャンプ本誌で連載の始まりから終わりまで追い続け、共に学生時代を過ごしたと言っても過言ではない。そして、ファンタジーの魅力は『ドラクエ』をプレイすることで学んだ。

つまり、鳥山さんの作品と共に育ってきたのだが、あまりにも身近な存在だったため、これまで鳥山さんの作品について深く考えたことはなかった。

逆に言うと、読者が気軽に楽しめる親しみやすさこそが鳥山明作品の魅力で、だからこそ、世代や国境を超えて幅広い人々に愛されたのかもしれない。彼の死を悲しむ世界中の人々を見ていると、改めてそう感じる。

それにしても残念なのは、鳥山さんがまだまだ現役の作家で、新しいプロジェクトがたくさん準備されていたことだ。

長編漫画こそ描かなくなっていたが、『ドラゴンボール』の新作アニメや『SAND LAND』のアニメ制作に精力的に関わっており、クリエイターとして新境地を迎えていた。

きっかけは2009年に始まった『ドラゴンボールZ』を再編集したデジタルリマスター版となるアニメ『ドラゴンボール改』の監修だった。2013年には漫画のストーリーの続編となるアニメ映画『ドラゴンボールZ 神と神』の原作・原案を担当し、それ以降、テレビアニメ『ドラゴンボール超』(以下『超』)や『超』に関連したアニメ映画に積極的に関わってきた。

人気作の続編を作ることは原作者でも難しく、縮小再生産になりがちだ。しかし、鳥山さんの関わり方は実に見事で、休眠状態にあった『ドラゴンボール』に新たな息吹をもたらすことに成功した。

600万部時代の『少年ジャンプ』を代表するバトル漫画として、今でこそ神格化されている『ドラゴンボール』だが、その影響力ゆえに連載当時は批判の声も多かった。

当初は『Dr.スランプ』の延長線上にある牧歌的な漫画だった『ドラゴンボール』は、話が進むにつれ、主人公の悟空がより強い敵と戦いを繰り広げる激しいバトル漫画に変わっていった。その結果、トーナメントバトル、死んだ悪役が生き返って味方となり、より強い敵と戦うというバトルのインフレ、人気が続く限り延々と引き伸ばされる連載といった、当時のジャンプ漫画の成功パターンを踏襲することとなる。

同時に、鳥山さんが描くキャラクターも等身が低いかわいらしいものから、激しいバトルにふさわしい筋骨隆々の雄々しい姿へと変わっていったため、『Dr.スランプ』のユートピア性を愛するファンからは反発も多かった。

『ドラゴンボール』のバトル漫画としての先鋭化は80~90年代のジャンプ漫画のセオリーをなぞったものであり、鳥山さんだけの責任ではないのだが、最大のヒット作だったため、批判の矢面に立たされることが多かった。

何より鳥山さん自身が、終盤の魔人ブウ編になると、ジャンプ漫画のセオリーに抗うかのように『Dr.スランプ』の時代の牧歌的な作風に戻そうと悪戦苦闘しているように見えた。おそらく激しいバトルを描き続けることに本人が一番疲弊していたのだろう。

『ドラゴンボール』の連載を終えた後、鳥山は絵本のような牧歌的な作品を発表するようになった。『SAND LAND』を筆頭に、どの作品も魅力的だったが、ジャンプや少年漫画のトレンドとは大きく隔てた独自路線となっており、次第に作品数も減っていった。

そのため『ドラゴンボール』が好きだった読者が喜ぶような激しいバトル漫画はもう描かないのだろうと諦めていたのだが、『超』に関連したアニメ作品はどれも素晴らしく『Dr.スランプ』の牧歌的なユートピア性と『ドラゴンボール』のバトル漫画の世界が融合したこれまでにない作風となっている。連載終了から長い年月を経て、鳥山さんはついに新しい『ドラゴンボール』を見つけたのかと感慨深かった。

今年の秋に放送される予定の新アニメシリーズ『ドラゴンボールDAIMA』は、そんな『超』の流れをより突き詰めた新しい作品になるのではないかと期待していた。

だからこそ、突然の訃報はとても残念でならない。

(文=成馬零一)

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