【ミャンマー】徴兵制の実施、効果に疑問符[政治] 中西准教授に聞く政変3年(上)

ビザ取得のためタイ大使館前に集まったミャンマー人=2月21日、ヤンゴン(NNA)

ミャンマー軍事政権は2021年のクーデターから3年を迎えた今年2月、人民兵役法を施行し徴兵制を導入すると発表した。同国事情に詳しい京都大学東南アジア地域研究研究所の中西嘉宏准教授(ミャンマー政治研究)は、過去に検討されながら実施が見送られてきた徴兵制を実行するほど、国軍は特に少数民族地域で苦戦していると指摘した。トップダウンでの決定のため、さまざまな齟齬(そご)が生じ、実際に機能するかは疑問との見方も示した。

——昨年からの少数民族武装勢力や一部民主派との戦闘を受け、国軍は徴兵制の発動に踏み切り、国民の間に混乱が広がっている。このタイミングで導入を決めた背景をどうみているか。

軍政は、兵力不足を補うためにかなり強引に兵を集めようとしている。徴兵制の導入については、これまでも内部で議論があったが、国軍の対抗勢力は海外でなく「国内の脅威」であるため、徴兵した新兵が軍内で敵に転ずるのではないかという懸念が付きまとっていた。志願兵制下でも、少数民族の募兵は避けてきたので、国軍関係者は仏教徒のビルマ民族が多くなっている。

ところが今回、人民兵役法を施行し、動員に踏み切った。国軍報道官の発言通りであれば、4月のティンジャン(ミャンマー正月)明けから第1期として5,000人を徴用するという。皮算用通りに新兵を動員できれば、10万人程度に低下したとされる国軍の兵員不足は解消されるだろう。ただ、国軍に対する市民の反発は都市部だけではなく農村部でも強い。国軍は、抵抗する勢力の背後に西側諸国や中国の介入があると強調して愛国心をあおっているが、これを真に受ける人々は多くなく、徴兵には苦労するのではないか。

——徴兵制は成功すると考えるか。

非常に疑問だ。しかしミャンマーの国軍は硬直した官僚機構だ。一度決めたことは必ず実行しようとして、問題があった場合でも、その誤りを認めて修正することができない。昨年10月からの抵抗勢力の攻勢への対応を早急に進めるため、社会的な影響を考慮する余裕がなくなっている。

国軍が欲しがっている専門性を持つ能力の高い人材は、早々にミャンマーに見切りを付けて海外に流出する動きを見せている。今後も徴兵を忌避する人は海外に出ようとするだろう。さらに徴兵逃れのための汚職も広がるかもしれないし、出国を焦る若者たちが非合法な出国を試みるかもしれない。

もちろん、現在の経済状態を考えると、仕事だと割り切って兵役を望む人々もいるだろう。ただ、こうして動員された兵士は志願兵に比べて自発性が足りず、士気も低いといわれている。国軍兵士の待遇は決して恵まれておらず、厳しい訓練や死傷の恐れのある最前線での戦いに耐えられるかは分からない。そうした場合、愛国心をあおって動機を強めるのが一般的な方法だが、国軍支持者は多くはないし、外国勢力の介入を唱えても多くの人々は納得しないか、そもそも関心を持たないのではないか。

——国軍総司令官は非常事態宣言の延長を繰り返している。かねて早期の総選挙実施を宣言しているが、日程は依然として未定のままだ。

総選挙を実施したいという気持ちはミンアウンフライン最高司令官の中でクーデター当初から変わっていないだろう。ただし、実現できる状況にない。有権者名簿を作るための国勢調査の実施もままならず、比較的安定した地域でも調査員が行きたがらないと聞く。ましてや、紛争地域では選挙はまず無理だ。強行すれば、選挙管理委員会や参加した政党関係者が批判を受けるだけでなく、抵抗勢力の一部から襲われる可能性もある。警備に兵士を大量に動員し、地域を限定して選挙を実施するというのも、準備不足のまま徴兵しないといけない状態なのだから、現実離れした話だ。

そうはいっても、今の国軍内では、最高司令官に不満を示したり、交代を迫ったりするような人物がおらず、ミンアウンフライン氏の力が短期間のうちに揺らぐことはない。そうなれば、急いで選挙を実施しなくてもいい。ミンアウンフライン氏による独裁化が進むことで、選挙ができない責任をいつまでも国軍に抵抗する勢力に転嫁できるためだ。このままなし崩しで軍事政権が続く可能性が高いように思う。

総選挙の実施は困難だが、ミャンマー選挙管理委員会(UEC)は電子投票機を用いて啓発活動を続けている=中部エヤワディ地域パテイン郡区、2月22日(UEC公式サイト)

——国軍からすると、21年2月に起こしたクーデターは当初のもくろみ通り進んでいるのか。これほど長く軍政が続くことは想定していたのだろうか。

国軍は民主化勢力と市民社会の力を過小評価していた。秩序は、国民の同意と国家権力の統制とのバランスの中で生まれるが、国軍は統制のみで国民を従わせようとしている。こうした強権的な手法が国内外で時代遅れになっていることに気付いていなかった。しかし、国軍は他の方法を知らない。なので、これまでと同じ強硬手段で抵抗を抑え込もうとして、悪手を悪手で補う悪循環が起きている。

国軍の苦戦を喜ぶ声もあるが、一方で現状への諦めと将来への悲観がミャンマー社会に広がっているように感じる。徴兵制の施行はそれに拍車をかけている。徴兵制がどういう結果をもたらすか予測することは難しいが、今後さらに国を離れたがる人が増えることは確実だろう。(聞き手=六角耕治)

※「下」に続く

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