兄の心、弟知らず【穴澤賢の犬のはなし】

先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、
数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで
感じた何気ないことを語ります。

大福を見ていて思うのは、犬も人間と同じく、心の広さや懐の深さはそれぞれ違うということ。大吉は本当に心が広く、優しいやつだと思う。なぜなら、いつもやりたい放題で、突然襲いかかって来たりする福助に対し、決して怒ることはないからだ。12才になる現在も、大吉の方が身体能力は高く、本気でやれば負けることはないはずなのに。

オトナな大吉

普通なら「ええ加減にせよ!」と怒ってもよさそうなのに、絶対にやらない。いつも手加減してやり、ほどよくバトルに付き合ってやっている。福助はきっと手加減されていることにすら気付いていない。そんな福助を、大吉はときどき優しい目で見ている。

血の繋がりはなくても長年一緒に暮らしているからまさに兄弟のようだが、兄というのはそういうものなのだろうか。そんな海のような広い心を持つ兄がいるおかげで、末っコの福助の心は水たまりくらいしかないように思える。

それは人間にも似た部分があり、周囲の友人たちを見ていると、長男長女の方がどこかしら寛大なところがあるような気がする。何事に関しても「しょうがないなぁ」という呆れなのか、心の余裕みたいなものがあり、いちいち目くじらを立てるようなことはない。

対して末っコは、心の余裕なんて概念がそもそもなく、包容力も持ち合わせていない。そのくせちゃっかりしているところもあり、好き勝手やっているように見せて実は「ここくらいまでならセーフかな」というラインを見極めたりしている。

大吉の心、福助知らず

福助がまさにそうだが、3人兄妹の末っコとして育った私にはお見通しである。逆に大吉の心の広さが理解できないから尊敬してしまう。

しかし大吉が最初からそうだったかというと全然そんなことはなく、子犬時代にわが家に来て、福助を迎えた2才頃までは「ひとりっコの優等生タイプ」だった。驚くほど物分かりが良く、イタズラもほとんどしなかった。1才頃まではヤンチャなときもあったが、ある程度成長してからはあまりはしゃぐこともなく、用が済んだらつまらなそうに昼寝していることが多かった。

だから全然手のかからないやつだったが、そんな大吉が私には「敬語を話す小学生」のように見えて「もっと好き勝手にやればいいのに」といつも思っていた。

そんな大吉のところへ福助が来たわけだが、2才の大吉と数カ月の福助では体格も全然違った。当初の福助は人間不信で抱き上げることさえ困難だったが、なぜか大吉にはすぐ心を開き、いつも後を付いて回っていた。

そんな福助を大吉がうざがるわけでもなく、最初こそ「なんなのコイツ」という目で見ていたが、すぐに遊びに付き合ってやるようになった。体は倍以上あるのに、ちゃんと手加減して、寝るときも一緒だった。そして顔つきがみるみる兄になっていった。

その後、福助はぐんぐん成長して、体重では大吉を少し上回るまでになったが、精神年齢的にはその頃からあまり変わっていない。

突然闘いを挑んでは、するっとかわされて、それでもめげずにまた襲いかかったりして、疲れた後は一緒に眠っている。

大吉はそんなガキンチョ丸出しの福助が愛おしくて仕方ないのか、ときどき顔を舐めて毛づくろいをしてやっている。逆に福助がすることはない。そして、優しく顔を舐められても迷惑そうな顔をする。こんなに優しい兄がいることがどれだけ恵まれているのか、全然分かってない。

けれど福助が来たことで、大吉はアグレッシブに遊ぶようになったし、顔つきも変わり器が大きくなったように思える。そして12才になる今も、福助のおかげで元気にドッグランを走り回っている。そういう意味で、持ちつ持たれつの関係なんだなと思う。

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プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から「DeLoreans」というブランドを立ち上げる。

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大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。

福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。

引用元:「犬の笑顔が見たいから」(世界文化社)楽天ブックス

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