「静かな島にもついに米軍が来た…」 沖永良部島で初の日米共同訓練 島民によみがえる50年前の記憶

知名町のキャンプ場で戦闘訓練をする米海兵隊員ら=10日、同町の大山野営場

 ついに米軍が来た-。初の日米共同訓練があった鹿児島県の沖永良部島では10日、約50年前に存在した米軍基地の記憶を思い起こす住民もいた。1973年に航空自衛隊の分屯基地へと替わり、部隊への理解は深い地域。とはいえ、小銃を構える日米の部隊に困惑も広がった。

 「ムーブ(動け)」。戦闘訓練のあった知名町のキャンプ場では日米の約60人が敵役を撃ち、前進する流れを確認した。周辺を毎日散歩するという男性(71)は「時代の流れ。仕方ない」と複雑そう。米軍には地元住民と野球をしたり、ガムをくれたりした思い出がある。「当時、何をやっているか分からなかった。今後もそうなるのでは」

 親子で見学に来た医療事務、久保みずきさん(31)は「訓練は必要だと思う。けど、米軍が銃を構えると正直怖い。平和な島であって」と願った。「訓練反対」のプラカードを掲げた川西盛勝さん(75)は、事故原因が示されないまま飛行再開を決めた米軍輸送機オスプレイに触れ、「何でも言いなり。争いが嫌で声を上げない人も多いが、静かな島が変わってしまう」と語気を強めた。

のぼりを掲げ、米海兵隊員らに抗議する反対派=10日、知名町の大山総合グラウンド
輸送ヘリコプターCH47から降り立つ陸自隊員=10日、知名町の大山総合グラウンド

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