【掛布雅之が解説】東京ヤクルトスワローズ・村上宗隆が「現代のホームランアーチスト」になれる理由

(※写真はイメージです/PIXTA)

今後の野球界の動向を探っていくうえで、東京ヤクルトスワローズ・村上宗隆選手の存在は欠かせません。2019年に新人賞を獲得、2023年のWBCでは日本代表に選出されるなど、華々しい活躍をしている選手です。掛布雅之氏の著書『常勝タイガースへの道 阪神の伝統と未来』(PHP研究所)より、村上選手の強さの秘訣やバッティングの特徴について解説します。

現代のホームランアーチストとは誰か?

猛虎打線を振り返り、田淵さんを唯一無二のホームランアーチストと述べた。

では、現代のホームランアーチストとは誰だろうか?

阪神タイガースには、残念ながらホームランアーチストといえる選手はいない。

日本球界を見渡したとき、ヤクルトスワローズの村上宗隆は、ホームランアーチストに近づいていると言えるだろう。2022年シーズンは、NPB歴代2位の56本のホームランを打ち、三冠王に輝いた。村上のことを話すときに思い出すのは、ヤクルトで小川淳司が監督をしていたときのことである。小川監督は習志野高校の2年後輩であり、沖縄のキャンプに視察に行った際は、食事を共にする間柄である。

そのときに小川監督が言っていたことが、とても印象に残っている。

「村上というすごい選手が入ってきたんです。いきなり僕のところに来まして、僕はどういうバッターになったらいいでしょうか? ホームランを打つバッターですか、率を残すバッターですか、どういうタイプのバッターで野球やったらいいんでしょうか? と聞いてきた」というのだ。「そんな選手は過去にはいなかった」と、小川監督は驚いていた。

そのときに小川監督は「いや、まだどういう方向に行くかまったくわからない白紙の状態なんだから、今まで自分がやってきた野球を素直にやることだけ考えてやればいいんじゃないか」というようなことをアドバイスしたらしい。

成長につながった「2年目の三振」

村上は2年目の2019年に36本のホームランを打って新人王を獲得したが、そのときのホームランの数字よりも184個の三振が私には印象に残っている。

彼が3年目、4年目と成長していくためには、この184個の三振をどう捉えて、どう自分のバッティングを変えていくのかに関心があったのだ。

3年目の2020年シーズンはコロナ禍の影響で120試合だったが、三振が115個だった。つまり70個ぐらい減っていた。ゲーム数は少なかったが、打率は3割をクリアし、ホームランは28本だった。

その数字を見たときに、彼自身がホームランを打ち、かつ打率を上げるために何が必要かということを、184個の三振が教えてくれたのではないかと考えた。ボールの見極めがバッティングの中ですごく大切なんだということを教えてくれた2年目の184個という三振の数が、村上の成長につながったと考えている。

4年目の2021年シーズンには巨人の岡本和真と2冠を争ってホームラン王は2人が獲得した。そのときも、三振の数は徐々に減ってきていた。彼のバッティングがどう変わってきたかというと、私は184個の三振を喫したときのバットの角度はアッパースイングだと感じていた。アッパースイングは、点でしかボールをとらえることができない。しかし、レベルスイングであれば、3つぐらいのポイントをつくれる。

彼は、アッパー気味に入るスイングから、ダウンスイングから入ってレベルに入るスイングになっているように見える。彼が打っているホームランは、ベルトよりもやや高いぐらいの、本当にピッチャーの投げミスというボールに対する打ち損じが少ない。

この高さでバットにボールが当たるには、アッパースイングでは難しい。このベルトより少し高い位置にずっとバットのヘッドが乗っているから、多少ポイントが近くなればレフトに飛ぶし、いいポイントであればセンターに飛ぶ。ちょっと前でさばけばライトスタンドに飛ぶ。彼自身の打球方向は、レフトに打とうとか、センターに打とうとか、引っ張ろうとかということではなく、基本的に左中間方向へいいスライスボールを打つようなバットの面をつくっているのだ。

彼は今、手首を返そうというイメージはないと思う。

ボールとバットが当たったら、飛んでいく打球方向へバットのヘッドを放り出すようなイメージだろう。レフトでもセンターでもライトでもその方向にバットを放り出す。

逆に松井秀喜選手はすごく手首が返るバッターだった。だから、松井選手は状態が悪いときはセカンドゴロが増えた。これはボールの外側を叩こうとするから、バットが体から離れていく。

力強いスイングはどのように繰り出される?

村上の1番の特徴は、面をずっと保っていることだ。それと若いからできることだと思うが、強い下半身を生かし、スタンスが広く踏み込みが大きい。

スタンスが広ければ、右足を踏み込んだときに普通体は回らないが、広いスタンスでも体を回転させる、左足の軸足の強い力が彼の下半身にはあるということだ。広いスタンスの何がよいかというと、広いスタンスになると肩や体が傾かない。

だから、レベルで振れる。あの強い下半身と、あの少し広めのスタンスが素晴らしいレベルスイングを生んでいる。前に崩されたとしても、頭が前の膝よりも絶対に出ない。

あれだけ踏み込みが大きくて強いにもかかわらず、絶対頭が前の膝よりも後ろにあるから右手でバットを放り出せる。そのため、ちょっと崩されてもレフトにホームランを打ち、ライトまで入れられるだけの右足の壁をちゃんとつくれる。あの広めのスタンスは真似できるものではない。

スタンスを広くして打つことは良い点もあるが、強い下半身を持っていないとできない。

「ホームランアーチストの後継者」...驚くべき村上の修正能力

それともうひとつ。彼は新人のころは、打席に入ったときに右肩が少しキャッチャー側に入っていた。55番の背番号がよく見えた。

今は、右肩がピッチャーに向くようになった。そうすることによって、インコースのさばきがよくなる。右肩が入るとインコースの見極めが難しくなる。

その右肩の角度というものも、以前と比較して修正しているように見える。これもやはり184個の三振からできてきていると思う。ホームランを強く打ちたいとなれば、絶対右肩を入れて遠心力を使って打ちたくなる。でもこれではほぼボールが見えない。

1年ごとの自分の野球に対する修正能力が、すごくあるバッターなんだということを強く感じる。

ホームランアーチストという言葉にふさわしいのは田淵さんしかいないと思っていたのだが、村上はホームランアーチストとしての後継者になりうる存在である。しかもそれがレフト、センター、ライトに飛ぶ。球場のすべてにホームランを飛ばせるアーチストは、日本人選手としては彼が初めてではないだろうか。

それと村上の特徴は、バットのヘッドをくり抜いていることにある。私はあまりヘッドをくり抜くのは好まない。

私は、手首は返せなかった。左手の小指下の手首を骨折したので、グリップを太くしたのだ。グリップが太いということは手首が返りづらい。バットのヘッドをくり抜けば、バットの芯はバットの中で少し下がる。多少差し込まれてもさばけるという、つまりインコースに差し込まれても、芯を下にちょっとずらしたバットを使えばそれだけさばけるという、そういう工夫をしているのではないだろうか。

今の彼の意識は、手首を返さずに左中間にホームランというバッティングだ。まずレフト方面に打ち、広角に打球を広げていくのが理想的なバットの角度といえる。

昔のホームランバッターは左バッターであれば、右側45度で勝負していた。右バッターなら左側の45度で勝負する。でも今の村上の場合は90度で勝負をしている。

2022年シーズンには、155本のヒットのうち56本のホームランを打っているのだから、ヒットの3分の1がホームラン。これは王貞治さんが55本の本塁打を打ったときとほぼ一緒だ。現在の試合数は143試合。王さんが55本塁打を放った1964年は140試合だった。王さんは55本のうち49本を右翼に運んだ。一方で村上は、30本以上が中堅から左に運んだホームランである。

3割以上の打率を生み出す「四球の積み重ね」

4番の条件として、さらに挙げられるのが四球の多さだ。村上は2022年、118個の四球数がありながら、最多安打争いにも絡んでいた。

落合さんもよく言うことだが、3冠王は、ホームランを打つバッターしか獲れない。3冠王の第1条件は、ホームランバッターである。ホームランを放てば打点はついてくるが、打率と結びつけるのは非常に難しい。

そのホームランと打率を結びつけるものは四球だ。だから私は打率を3割以上残すために割り算をしなかった。打率は割り算で出した数字だ。ホームラン、打点は足し算で積み重ねていく数字である。

打率だけは割り算でも、それを割り算で考えると野球が難しくなってしまう。私はヒットの数の積み重ねと四球の数の積み重ねが、3割以上の数字を残すと考えた。3割以上の打率を残すために何を大切にするかというと、四球の積み重ねである。

王さんには、「ホームランの数を増やすためにはボールの見極めがすごく大切。バットを数多く振って、ホームラン数を増やそうと思ったら失敗する。ホームランを打てるボールが来るまでまず我慢。そのボールが来たときに振る勇気とそのボールを仕留める技術。これがひとつになって初めてホームラン数は増えるんだよ。だからそこにはボールを見る我慢がある。その我慢が四球につながるんだよ。だからボールの見極めを大切にしなさい」と言われたことがある。

今の村上は、まさにそのボールの見極めも十分できるし、そのボールが来たときに振りにいく勇気と仕留める技術がある。

その技術とは手首を返さないこと。

彼独特の面で打つこと。普通、面で打つとそこまでの距離が出ないが、それだけの体の強さというものがある。

掛布雅之

プロ野球解説者・評論家

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