「総理、万博延期のご判断を」高市早苗氏の“異例の進言”なぜ 自民党総裁選を控え「ポスト岸田」と現職閣僚のはざまで続く苦悩?

第2次岸田再改造内閣で経済安全保障担当相留任が決まり、首相官邸に入る高市早苗氏=2023年9月

 今年1月、岸田内閣に小さな衝撃が走った。高市早苗経済安全保障担当相(衆院奈良2区)が、2025年大阪・関西万博の延期を岸田文雄首相に迫ったからだ。折しも元日の能登半島地震発生で、万博の会場建設が震災復興を遅らせるとの投稿がインターネット内で燃え上がっていた。高市氏の真意はどこにあるのか。言動をたどってみれば、9月の自民党総裁選で「ポスト岸田」をうかがう姿勢と、岸田首相を支える現職閣僚の立場との間で迷える様子が浮かぶ。(共同通信=広山哲男)

 ▽次の首相を狙うが故の高い注目度
 高市氏の発言が、なぜ物議を醸すのだろう。背景には、2021年の自民党総裁選に出馬し、善戦したと受け止められたこと、そして今年の総裁選に、既に意欲を示しているという事情がある。
 「また戦わせていただく」
 高市氏が総裁選再挑戦に言及したのは昨年10月3日にさかのぼる。BS番組に出演し、視聴者からの「総裁選に向けて仲間づくりは進んでいるか」という質問を投げかけられ、戦う姿勢を明確にした。
 総理・総裁の座を4人が争った2021年の前回総裁選。国会議員票と、党員・党友投票による地方票を合わせた得票総数は、岸田首相の256票、河野太郎氏の255票に次ぎ、高市氏は3位の188票だった。4位の野田聖子氏63票を大きく上回る。しかし先行する2人には約70票差をつけられ、決選投票進出はならなかった。

自民党総裁選のオンライン討論会=2021年9月、自民党本部

 善戦というのは高市氏が無派閥にもかかわらず188票を集めたから、だけではない。国会議員票で岸田首相の146票を次ぐ2位の114票を獲得したという理由が大きい。3位河野氏の86票を30票近く上回った。
 議員票には安倍晋三元首相の動きが大きく貢献した。高市氏に投票した中堅議員はこうを明かす。
 「安倍氏は自民党最大派閥である清和政策研究会(当時は細田派、現安倍派)の議員らに対し、猛烈に高市氏支持を働きかけた」
 総裁選後に誕生した岸田政権で、高市氏は自民党政調会長に起用され、直後の衆院選の政権公約作りを担った。今も閣僚を任されている。その高市氏が今年の総裁選に照準を合わせており、党内に波紋をかき立てているというわけだ。

2017年5月、衆院本会議場で談笑する当時の安倍晋三首相と高市総務相=国会

 ▽影響力誇る「後ろ盾」の安倍元首相、突然の死去
 だが3年前の総裁選以降、高市氏の戦う準備が進んだとは言い難いのが実情だ。
 順風に見えた局面が変わったのは2022年7月8日。安倍氏が参院選の応援のために訪れた奈良市で街頭演説中、銃撃されて死去した。高市氏は思わぬ形で後ろ盾を失うことになる。
 元々、原稿執筆や政策研究に充てる時間を重視し「他の議員との付き合いが淡泊」(周辺)と言われるように、高市氏の課題の一つは仲間づくりにあった。清和政策研究会に以前所属した経歴はあるものの、前回安倍氏の一声に応じた議員たちが、安倍氏亡き次の総裁選で高市氏を再び推す保証はどこにもない。
 かといって世論の支持が厚いわけでもない。最近の共同通信世論調査で、9月の自民党総裁選を前提に次の総裁にふさわしい人を選んでもらうと、石破茂、小泉進次郎ら各氏を追いかける状況が続く。
 こうした事情があるためか、この1年余り見ても、とんがった発言がいくつも飛び出した。保守的スタンスをはっきりさせる発信でシンパを募ろうという戦術と思われる。
 2022年12月。岸田首相が防衛費を増額するための財源の一部を増税で賄う方針を表明すると、ツイッター(現在のX)に「賃上げマインドを冷やす発言を、このタイミングで発信された総理の真意が理解出来ません」と投稿した。

 野党から「閣内不一致だ」と批判されても、記者会見などでは「間違ったことを申し上げたとの考えはない。罷免されるなら仕方がないとの思いで申し上げた」と主張を押し通し、政権内をも驚かせた。
 約4カ月後の2023年3月には、安倍内閣当時の総務省内部文書が立憲民主党議員によって暴かれた。2014~15年に放送法の「政治的公平」の解釈を事実上変更したとされる経緯が記されていた。高市氏は総務相として文書に登場する。
 2015年2~3月に大臣レクチャー(説明)を受けたと記され、同5月には国会で「一つの番組でも、極端な場合は政治的公平を確保しているとは認められない」と答弁していた。
 昨年3月の国会でこの文書が取り上げられ、事実関係を問われた高市氏は「捏造(ねつぞう)だ」と突っぱねた。
 立民議員から重ねて追及されると「私の答弁が信用できないなら、もう質問しないでほしい」と言い放ち、審議を紛糾させる場面も。この際は、当時の末松信介予算委員長(自民)から「発言は誠に遺憾だ。質問に真摯(しんし)に答えていただきたい」とたしなめられる結果になった。

閣議前に言葉を交わす岸田首相(中央)と高市経済安保担当相(右)。左は鈴木財務相=2024年1月、首相官邸

 ▽「これは高市派だ」、勉強会発足に意気込む議員と冷ややかな視線
 高市氏は行動も開始する。昨年11月、自身が主導する形で「『日本のチカラ』研究会」を発足させた。11月15日の第1回を皮切りに、これまでに4回開催。インテリジェンス機関などをテーマに意見交換を図っている。
 党内の各派閥が警戒したため初回こそ参加者は10人程度と低調だったが、今年2月の3回目は自身を含め19人、3月の4回目は17人が集まった。安倍派議員が多いが麻生、茂木両派や無派閥の議員も並んだ。
 総裁選に出馬するには推薦人20人が必要だ。勉強会は出馬を見据えた足場づくりとの見方が党内に広がった。
 実際、出席者の一人は「これは高市派だ。勉強会を総裁選活動につなげたい」と意気込む。その一方で「高市氏を総裁に推す枠組みではなく、単なる勉強会」との声も漏れ聞こえ、熱量には差があるようだ。
 自民内には冷ややかな視線が多い。一つには勉強会発足のタイミングが悪かった。昨年11月は、報道各社世論調査の岸田内閣支持率が20%台に落ち込み始めた時期と重なったのだ。落ち目の首相の足を引っ張るように映り「いかがなものか」(当時の世耕弘成参院幹事長)と反発を招いた。

高市氏が投稿したツイッター(現在のX)

 高市氏は、あくまで純粋な勉強会だとの立場を主張。旧ツイッターのXを通じて「現職閣僚が担務外の政策を同僚議員と勉強することの何が悪いのか、意味が分からん」と反論し、応酬を繰り広げた。
 その後、派閥の政治資金パーティー裏金事件の捜査や報道が本格化し、岸田首相や自民党に対する風当たりはさらに強まった。今年に入っても裏金事件の逆風はやまず、震災対応も政権の重要課題となる。総裁選を見据えたモードにはなかなか転換しそうにない。
 「『身を屈して、分を守り、天の時を待つ』という心境だ」
 高市氏は今年1月8日放送のニッポン放送ラジオ番組で、三国志の武将劉備の言葉を引用して、自身の心境を口にした。将来への野心をにじませつつも、今は雌伏の時を過ごす、というメッセージだった。

自民党有志の「保守団結の会」の会合であいさつする高市経済安保相=2024年2月、党本部

 ▽保守層の受け皿になれる?
 高市氏が発信力で照準を定めるのは党内保守系議員たちだ。
 「国家観を共にする皆さんに絶好のタイミングでお話しできることをうれしく思う」
 2月8日、高市氏は顧問を務める党内グループ「保守団結の会」で、にこやかに語りかけた。会合では閣僚として担当する「セキュリティー・クリアランス(適性評価)」制度創設について講演。この制度は、安倍政権下で成立した特定秘密保護法の「産業技術版」とも言われ、高市氏が力を入れる政策だ。保守系議員に、安倍氏の遺志を継承する姿勢をアピールした形となった。
 保守団結の会で代表世話人を務める高鳥修一衆院議員は、総裁選で高市氏を支援するのか記者団に聞かれると含みを持たせた。
 「思想信条が近い人を応援するのは自然なことだ」

地震による大規模火災でほぼ全域が焼失した石川県輪島市の「輪島朝市」周辺=3月8日

 ▽岸田首相に相対して政府方針転換を突き付ける
 これに先立つ1月16日、首相官邸。高市氏は岸田首相に向き合うと、こう切り出した。
 「復興を最優先にしてほしい。万博の延期や縮小をご判断いただけないでしょうか」
 大阪・関西万博よりも能登半島地震の復旧・復興に人手や資材を集中させるべきだという直言だった。
 ネット上で、万博優先により復旧が遅れるとのうわさが飛び交う中での高市氏の直接行動。閣僚の担務として万博は所管外だ。万博推進は政府も旗を振ってきただけに「高市氏が反旗を翻したか」と党内外に映った。
 進言への対処を迫られた岸田首相は翌週の22日、斎藤健経済産業相を官邸に呼び、復旧・復興に支障が出ないよう万博関連の調達を進めるよう指示した。資材の需給を把握し、正確な情報を提供することも求めた。
 高市氏は27日になって、岸田首相とのやりとりを動画投稿サイトで暴露した。2020年に開幕予定だったアラブ首長国連邦(UAE)のドバイ万博も新型コロナウイルスの流行で1年延期されたと紹介し、能登半島地震を理由にした大阪・関西万博の延期は国際社会の理解を得られるとの持論を展開した。

大阪・関西万博の会場建設=2024年2月、大阪市の夢洲

 ▽広がる波紋、矛を収めて釈明
 高市氏の言動は、東京・永田町や霞が関に衝撃を与えた。報道各社が一斉に報道。現職閣僚からは「政府一丸で万博準備を進めているのに理解に苦しむ」と首をかしげる声が上がった。
 政府のスポークスマン役、林芳正官房長官は1月29日の記者会見で高市氏発言への見解を聞かれ、「復興に支障がないようにという趣旨だと認識している。それは政府方針であり、閣内不一致とは認識していない」とかわした。その上でこう付け加えるのも忘れなかった。
 「開催を遅らせる必要があるとは認識していない」

記者会見する林官房長官=2024年1月、首相官邸

 渦中の人となった高市氏は翌30日の記者会見で発言の真意を問われ、万博関連工事に携わる事業者から陳情が寄せられたためだと説明した。奈良県選出だけに万博関連工事を担う関西経済界にもパイプを持つので、実情をありのまま首相に伝えたのだと言いたかったようだ。会見では改めて、万博、復旧の両事業を受注した企業の声だとして「資材や人手が不足して大変な状況だ。万博は少し延期した方が良いのでは」と紹介する形で問題提起した。
 エッジを立てた高市氏は、とことん首相にぶつかっていくのか―。こうした政界内の関心をよそに、高市氏は徐々に発言をトーンダウンさせていく。
 「首相から『復旧に支障が出ないよう配慮する』と電話があった。首相の決定に従う」
 「経産省も復興に影響が出ないよう配慮して態勢を整えてくれた。首相を信頼してお任せしたい」
 2月3日には自身のX(旧ツイッター)を更新。「物議を醸した」との書き出しで「被災地復旧も万博も完璧にやりきることが日本の名誉を守るためには必要だと思っていた」と思いをつづった。実質的な釈明だった。
 高市氏に親近感を抱く自民ベテランは先行きを案じる。
 「せっかくの発信力をうまく使いこなせておらず、迷走している」
 高市氏自身は周囲に「現職閣僚としては動きづらい。この機に乗じて何かすることは考えていない」と悩める胸の内を漏らした。

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