「走るホテル」の最上級クラス、110万円払って乗り込むVIPたちの正体は… 北米大陸横断列車、カナディアン乗車記②「鉄道なにコレ!?」【第58回】

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

VIA鉄道カナダの「カナディアン」の展望車=2023年12月、カナダ東部オンタリオ州(筆者撮影)

 カナダ最大都市の東部オンタリオ州トロントと西部の主要都市ブリティッシュコロンビア州バンクーバーの約4466キロを約97時間で結ぶVIA鉄道カナダの看板列車「カナディアン」の後部2両には、まるで「走るホテル」のような最上級クラス「プレスティージ寝台車クラス」が計8室ある。全区間乗った場合の正規料金は1人当たり4981カナダドル(約55万円)からで、2人用客室なので計110万円の大枚をはたくことになる。JR九州の豪華寝台列車「ななつ星in九州」などをほうふつとさせる高額チケットを手にしたVIPたちと会話し、彼らの正体を探った。(共同通信=大塚圭一郎)

 記者が音声でも解説しています。

 【プレスティージ寝台車クラス】VIA鉄道カナダが夜行列車「カナディアン」だけに連結している最上級の寝台車で、旅客機のファーストクラスに相当する。2人用の客室で広さは約4・4平方メートルあり、トイレとシャワーも備えている。日中は「く」の字になった長いすを使い、大型テレビで好きな番組を視聴できる。夜は壁からダブルベッドが出てくる。利用者の要望を受け付けるコンシェルジュがおり、展望車のバーカウンターや食堂車ではアルコール類も無料で楽しめる。
 トロント―バンクーバー間の全区間に乗った場合は2023年10月15日~24年3月31日の冬季正規料金が1人当たり4981カナダドル(約55万円)から。繁忙期の2024年5月1日~10月31日の夏季は1人6762カナダドル(約74万円)からに跳ね上がり、これはエコノミークラスの最低料金の約13倍、寝台車プラスクラスの3倍弱に当たる。

VIA鉄道カナダの「カナディアン」の寝台車プラスクラスの室内。左が二段寝台を出した状態、右がいすが2脚置かれた状態=2023年12月、カナダ東部オンタリオ州(筆者撮影)

 ▽古き良き時代の〝遺産〟ルームタグには日本語も
 私が2023年12月の冬休みにトロント・ユニオン駅で乗り込んだバンクーバー行きのカナディアンは、定刻の午前9時55分に出発した。2人用個室「寝台車プラスクラス」の室内にある2脚のいすに息子とともに腰かけていると、客室乗務員のジェネルさんがやって来た。
 ジェネルさんは照明のスイッチの位置や室内に備わっているトイレのこと、非常時の脱出方法などを説明してくれた。その上で「夕方に(上下の2段になった寝台を引き出す)ベッドメーキングが必要な時と、朝に片付ける時にはそこにつり下がっているルームタグを扉に掲げてください。私が対応します」と話した。
 ホテルの客室で見かけるのと同じようなルームタグは、カナダの公用語である英語とフランス語に加えてドイツ語、スペイン語、そして日本語も記されている。唯一のアジアの言語に国連公用語で話者も多い中国語ではなく、日本語を採用しているのは「最近は少なくなってしまったが、かつては大勢の日本人が乗車していた」(カナディアンに乗務していたエミリー・ファラージさん)という古き良き時代の〝遺産〟らしい。
 英語の「Please make up the room」を日本語で「部屋を作ってください」と記しているのはやや直訳的で、「部屋を掃除してください」と表記した方が良い気はする。一方、裏に記された英語の「Please do not disturb」を「邪魔しないでください」と訳したのは適切だ。
 同じ車両には個室ではない開放型の2段寝台と、寝台車の利用者ならば空いている時に使える共用のシャワールームもある。シャワーを使う時にはダイヤルを回して温度を調整し、ボタンを押すとお湯が出てくる仕組みだ。

VIA鉄道カナダの「カナディアン」の寝台車プラスクラスにあったルームタグの両面=2023年12月、カナダ東部オンタリオ州(筆者撮影)

 ▽展望席の最前列が空いていたのは…「訳あり」
 これに対し、プレスティージ寝台車クラスならばそれぞれの客室にシャワーとトイレの両方を設けている。最後尾に連結されている展望車両「パークカー」に足を運ぶと、他にもVIP向けの特典が用意されているのが分かった。
 パークカーは流れゆく景色を楽しめる後面展望に加え、2階には車窓を360度見渡すことができる展望用座席も設けている。ドーム形になった天井の付近まで窓が延びており、通路を挟んで左右二つずつの座席が6列、計24席ある。
 2階に足を運ぶと最前列の〝特等席〟が4席全て空いていたが、近づくと「訳あり」なのに気づいた。座席の上に「プレスティージ客専用」と記した札が差し込まれていたのだ。
 〝特等席〟から排除された私と息子が2列目に座っていると、1人の男性が最前列の座席に陣取った。すると、男性は笑みを浮かべながら「日本にはこんなにゆっくりではない、高速で走る新幹線があるよな。最高時速は何キロ出るんだっけ?」と尋ねてきた。息子と日本語で話していたので、日本人だと気づいたらしい。
 「最も速い東北新幹線の最高時速は320キロですね。最初に開業した新幹線の東海道新幹線の最高時速は285キロです」と答えると、男性は「僕も日本を訪れた時には東京から京都まで東海道新幹線に乗ったんだ。日本では鉄道で旅行をしたのに、自分の国で鉄道旅行をするのはこれが初めてなんだよ」と打ち明けた。

VIA鉄道カナダの「カナディアン」の展望席にあった「プレスティージ客専用」の札=2023年12月、カナダ東部オンタリオ州(筆者撮影)

 ▽日系メーカー元社員が最上位クラスを選んだ納得の理由
 男性は71歳で、1988年に冬季オリンピック・パラリンピックが開かれた西部アルバータ州カルガリーの在住。エレベーター大手、フジテックのカナダ法人の元社員で「滋賀県の本社に呼んでもらった時に東海道新幹線に乗ったんだ」と教えてくれた。
 私も勤務先の大阪支社経済部で電機・機械業界を担当していた時に取材したことがあったため「本社には試験用のエレベーターが昇り降りしている高い塔がありますね」と話すと、「あの塔のエレベーターも体験したよ。ものすごい速さで、地上から最高地点まであっという間に着いた」と振り返った。
 私も教えられるまで知らずに利用していたが、バンクーバー国際空港とカルガリー国際空港のエレベーターやエスカレーター、動く歩道も「フジテック製が採用されている」という。技術力が高い日系メーカーの製品が外国でも活躍しているのはうれしいことだ。
 男性がカナダでは初めての鉄道旅行、しかも値が張るプレスティージ寝台車クラスを選んだのには確固たる理由があった。妻が東部モントリオールで脚の手術を受けて自宅に戻る帰路だったため、リハビリを兼ねて適度に歩くことができ、快適に過ごせる移動空間を選んだという。「料金は高かったけれども、妻が適度な運動ができて居住性が優れた客室を良いと考えたんだ」という男性の気遣いに私もうなずいた。
 「それにこの列車に(アルバータ州)エドモントンまで乗り、帰宅すればクリスマスまでにカルガリーに着けるんだ。だから、今年も家族が集まって一緒に過ごすことができるんだ」と男性は目を細めた。

VIA鉄道カナダの「カナディアン」のプレスティージ寝台車クラスの室内(VIA鉄道カナダ提供)

 ▽学会に合わせて北米を周遊する医師夫妻
 展望車の1階にはカクテルなどのアルコール類を楽しめるバーカウンターを設けた「ミューラルラウンジ」もある。寝台車プラスクラスと開放型の2段寝台の利用者も訪れることができるが、アルコール類は有料だ。これに対し、プレスティージ寝台車クラスの利用者は無料で注文できる。
 ミューラルラウンジの座席で無料のコーヒーをすすっていると、優雅な雰囲気の女性が来たのであいさつをした。オーストラリア・ブリスベンに住む女性で、医師の夫が学会に出席したのに合わせてカナダのモントリオールやトロント、バンクーバー、アメリカのシカゴ、サンフランシスコといった北米各地を周遊する旅行の最中だという。
 女性は「うちの夫は日本語も話すことができるの。日本のアニメや映画などのコンテンツに興味があり、すごく高額なプライベートレッスンで日本語を習得したのよ」と教えてくれた。訪日したこともあり「長野や新潟、札幌などに行った」という。
 食堂車での夕食に向かうために女性を迎えに来た夫は、私を見るなり「初めまして」と流ちょうな日本語で語りかけてきた。

VIA鉄道カナダの「カナディアン」の展望車にあるミューラルラウンジのバーカウンター=2023年12月、カナダ西部ブリティッシュコロンビア州(筆者撮影)

 ▽バーテンダーもコンシェルジュも、一人二役の乗務員
 一方、別のインド系とおぼしき男性はバーカウンターで女性乗務員にジンを注文すると、こう切り出した。「バンクーバーに着いた後に2日間でバンクーバー島やウィスラーなどを巡りたいんだ」
 プレスティージ寝台車クラスを担当する乗務員はバーテンダーだけではなく、コンシェルジュの役割も担う一人二役なのだ。
 男性の話を聞いた乗務員は「バンクーバー島を移動するには時間がかかり、ウィスラーはバンクーバー島から離れています」と解説した。隣席にいた私は、乗務員が「どちらかに絞った方がいい」と示唆しているのだと受け止めた。
 名前が同じなのでややこしいのだが、バンクーバー島はバンクーバーの西側にある島だ。バンクーバーから訪れるには船舶や水上飛行機に乗る必要があり、世界で43番目に大きい島なので周遊するには時間がかかるというのは説明していた通りだ。
 これに対し、スキー場などがある保養地のウィスラーはバンクーバーからバスで約2時間かかる。しかもバンクーバーの北にあり、バンクーバー島とは方角が異なる。

VIA鉄道カナダの「カナディアン」のプレスティージ寝台車クラスの客室が並ぶ通路=2023年12月、カナダ東部オンタリオ州(筆者撮影)

 ▽同じ列車で旅をしても、〝ドヤ顔〟に見えた境遇差
 すると、男性はまるで〝魔法の杖〟を取り出すかのごとく「そこで、プライベートツアーを手配してもらえないだろうか」と乗務員に依頼した。「バンクーバーでの短い時間を無駄にはできないのでね」と付け加え、時は金なりと言わんばかりの口ぶりだ。
 乗務員は納得した様子で、手元の電子機器の端末を操作し始めた。男性がジンを手にくつろいでいるうちに、「予約が取れました」と報告した。
 プライベートツアーの手配を終えた男性の表情が、対照的な境遇の私には〝ドヤ顔〟に見えて仕方がなかった。カナディアンでの男性の客室がプレスティージ寝台車クラスなのに対して私は寝台車プラスクラス、飲んでいるのはジンに対してコーヒー、そしてバンクーバー到着後の移動手段はプライベートツアーに対して鉄道やバスの公共交通機関なのだから…。

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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