Apple Vision Proの「空間コンピューティング」とは一体なにか

By 西田宗千佳

Vol.136-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルが米国で発売した「Apple Vision Pro」。空間コンピューティングが目指しているものはなにかを解説する。

今月の注目アイテム

アップル

Apple Vision Pro

3499ドル~

↑2023年6月に発表となったApple Vision Proがついに発売開始。全米のApple StoreもしくはApple Storeオンラインで予約したうえでの、App Storeのみでの販売となっている。日本でも2024年下半期に発売開始の予定だ

アップルはApple Vision Proを「空間コンピューティングデバイス」と呼んでいる。前回述べたように、これは多分に既存の機器との差別化を意識したキーワードではある。ただ、この言葉自身に意味がないのかというと、そうではない。

我々はどんなIT機器も、基本的にはディスプレイを介して利用している。PCやスマホはもちろんだが、テレビやプロジェクターなどのAV機器も同様だ。四角い画面があり、その中に出ている映像を見て操作することによって価値が生まれている。

当たり前すぎることだが、現実に存在する物体というのは、四角い画面の中だけにあるわけではない。仕事をしているデスクの上には、文房具や時計、コーヒーカップなどいろいろなものが置かれている。それぞれに価値があり、我々は便利に使っている。壁を見ると、ポスターやカレンダーが貼ってあるかもしれない。これも画面の外に何かを表示して価値を見出しているものと考えることができる。

現在は、そうした壁にあるものや、机の上にあるものも、それぞれがディスプレイを持っていて、部屋の中に“四角い画面が偏在している”状況にある。もちろん日常的にはスマホを持ち歩いているので、“四角い画面と一緒に動いている”ということもできるわけだ。

ただ冷静に考えると、本当はもっとたくさんの情報を使いたい、もっと自由に情報を使いたいにもかかわらず、情報を表示する面積は「四角い窓の中」に限られている。

人間の視界をすべてディスプレイで置き換えることができて、空中に好きなサイズの窓を開くことができたらどうだろう? 窓の配置も自由で縦横比も自由。そもそも窓に限定する必要はない。立体物をそのまま机の上、空中などに置いてもいい。現実に存在するものに対して、メモや付箋を貼るように情報を追加してもいいわけだ。

簡単に言えば、これを実現する仕組みが「空間コンピューティング」である。

現状のApple Vision Proでは、まだできることは限られている。Macの画面やWebブラウザーの画面、写真アプリなど「好きな大きさの四角い窓」を複数配置できるというのがせいぜいだが、この先、立体物を見ながらコミュニケーションしたり、人を立体表示しながら対話をしたり、ということが当たり前になっていくだろう。

すなわちアップルが目指していることは「個人にとってのコンピュータとディスプレイの再定義」ということになる。VRというと、人とコミュニケーションをするための空間である「メタバース」が注目されてきたが、アップルが狙っているのはコミュニケーションの再定義ではなく、あくまで個人の創造性をさらに高めるという方向性なのだ。

「Apple Vision Proはスマホを駆逐するのか?」という質問が出ることも多いが、それは少し軸がズレているように思う。Apple Vision Proがまず代替するのは、MacなどのPCや、iPadなどのタブレットだろう。すなわち、個人の創造性のためのツール、個人のためのエンターテインメントデバイスを置き換えることになるだろう。

これは筆者の予想だが、価格としても200ドル~500ドルといった安価な製品にまで落としていくことはなかろう。MacにしろiPadにしろ、主軸モデルの価格帯は1000ドルから2000ドル。将来安くなったとしても、そのへんがターゲットになるのではないだろうか。

ただ、いまのApple Vision Proは高価すぎて、いきなり大ヒットで大量販売が見込める状況にはない。普及速度のジレンマに対して、各社はどのような考えを持っているのだろうか。その点は次回解説する。

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