10万円で4000万円の取引が可能に? 世界金融恐慌の損失挽回へ挑む「ミセス・ワタベ」の決断

「100年に1度の暴落」といわれた「リーマン・ショック(世界金融恐慌)」を記憶している人は少なくない。その時、多くの投資家は、足元にぽっかりあいた空洞を眺めるような恐怖を感じたものだ。サブプライムローンを組み入れた証券化商品の取り扱いで突出した実績があった米大手投資銀行リーマン・ブラザーズの経営破たんが、どこまで世界の金融市場に影響を与えるのか見当すらつかない恐怖があった。その同じような時、日本ではもう一つの危機が迫っていた。外為取引の自由化に伴って急拡大していた「FX(外国為替証拠金取引)」を巡る危機だ。その当時に証券会社に入社したばかりだった宮崎明日香(当時23歳)の経験から、当時を振り返ってみると……。

リーマン・ショックに踊らされた証券界に、もう一つの暗雲

2009年は、前年に起きた「リーマン・ショック」の余震におびえるようにスタートした。入社初年度に「リーマン・ショック」という大激震に見舞われた宮崎明日香(23歳)は、証券会社に入社したことが間違いだったと常に思っていた。就職活動をしていた2006年当時は、2000年の「ITバブル崩壊」の痛手も薄れ、日本もバブル崩壊以降続いていた株式市場の低迷から抜け出せるのではないかという期待が膨らんでいた。ところが、入社した年に「リーマン・ショック」の荒波に遭遇し、年をまたいでショックを引きずっていた。結果的に、2008年9月のリーマン・ブラザーズの経営破たんをきっかけにした世界的な株安は、2009年3月に底を入れる。

リーマン・ショックの株安に一段落がついた2009年の半ば、明日香は同期入社の井上麻衣(23歳)と昼食後のコーヒーを飲んでいても、口をついて出るのは愚痴ばかりだった。その日は麻衣の顧客の渡部久美子(32歳)がついに証券口座を解約してしまったことを話題にしていた。麻衣は、久美子がリーマン・ショックによって父親から相続した株式の価値が半減してしまっていたことを知っていたが、世界的な金融緩和が進んでいる今は辛抱して保有していれば、株価が戻ってくるからと繰り返し説明していた。それでも、毎日のように数百万円という規模で資産が目減りした経験が、久美子の株式や証券会社に対するイメージを悪くしていた。

麻衣は明日香に言った。「渡部さん、最近、エフエックス(FX)に夢中になっているんだって。何でも、証拠金の200倍とか、400倍で投資できるから、すぐにでも億万長者になれるって言って、引き出した株式の売却資金を全部FXで勝負すると言っていた。どう思う?」。「どう思うって、レバレッジ400倍なんて、あり得ないと思うよ。あっという間に証拠金がなくなるじゃない。ギャンブルそのもの、とてもじゃないけど、まともな投資とは思えない」と明日香は答えた。「そうよね。何度も止めたのだけど、お小遣いでちょっと試したらうまくいったみたいで、今度は、もっと大きな証拠金を積んで一気にこれまでの負けを取り返すんだって、すごい鼻息なのよ。何だか、渡部さんの勢いに押し切られた感じだった」と麻衣はため息をついた。

隆盛するFX、レバレッジ400倍で投資家にアピール

1998年の改正外為法で外国為替取引が自由化されたことで始まった「FX(外国為替証拠金取引)」は、2007年に金融先物取引法が金融商品取引法に統合されたことによって、名実ともに一般の金融取引の1つに認められたという意識が高まっていた。FX取引について証券会社でも取り扱いの検討が始まり、FX取引の専業事業者の間では、他の金融事業者が本格的に参入してくる前に、顧客を増やして競合に勝ち残ろうという意識が強く働いていた。このため、当初は証拠金に対して100倍の取引を提供する「レバレッジ100倍」の取引から「レバレッジ200倍」、「レバレッジ400倍」とより大きな倍率で取引できるサービスを提供することによって顧客をひきつけようとしていた。

レバレッジ400倍の取引では、証拠金10万円で4000万円分の取引が可能になる。たとえば、1ドル=120円が120円30銭に30銭動けば12万円の差損益が出る。損失になった場合は、10万円の証拠金がマイナス2万円になってしまう。為替市場で20銭~30銭の値動きが一瞬で起こることもあるため、10万円の証拠金が瞬間的に消滅したり、あるいは、倍増したりということが起こってしまう。2000年代前半の米ドル・円相場は、2004年11月終値の1ドル=103円17銭から、2007年6月終値の123円48銭まで緩やかな円安・ドル高が続いていた。この流れにのってFX市場で大きな利益をあげる個人投資家が続出し、参入者が相次いだことで市場の変動にも影響を与えていた。そこで、市場関係者の間では、「日本の主婦のようなアマチュア投資家が為替相場の動きに影響を与えている」という驚きを込めて「ミセス・ワタナベ」、「キモノ・トレーダー」などという通称で、日本の個人トレーダーを呼称するようになっていた。

リーマン・ショックの損失を挽回したいミセス・ワタベの決断

麻衣は、渡部夫人を「ミセス・ワタナベ」になぞらえて、「ミセス・ワタベ」と呼んだりしていたが、「渡部さんに聞くと、これまで10万円程度の証拠金で米ドルと豪ドルを売ったり買ったりしていたらしいのだけど、平均した勝率は8勝2敗くらいで、結果的に10万円の証拠金が半年で50万円近くにふえたらしいの。だから、10万円の証拠金を100万円にすれば500万円が作れて、1,000万円の証拠金にすれば5000万円が作れるはずだというのよ。株式投資で損した分をすぐに取り返してやるって言って、もう、私の注意なんて聞く耳を持ってくれないんだから」と深いため息をついた。「4000万円も引き出されて、この穴埋めをどうしたらいいのよ……」。

久美子が引き出した資金は4000万円を少し超えていた。もともと父親の口座を引き継いだ時には1億円近い評価額だったものが、リーマン・ショックによって5000万円以上のマイナス評価になってしまっていた。今回、この持ち株を全部売却して現金化したために5000万円超が評価損ではなく、損失として確定したことになった。久美子は、4000万円を元手にFXの投資で5000万円の損失を取り戻すと息巻いていたという。もし、4000万円を証拠金にレバレッジ400倍で目いっぱい投資したら、160億円のポジションが取れる計算になる。160億円を使って5000万円の利益をあげることは、さほど難しくないように思える、はたして……。

久美子のFX投資は成功となるか? 後編欧米の投資家による“ミセス・ワタナベ狩り”の被害者が損失を挽回できた方法とは?にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

風間 浩/ライター/記者

かつて、兜倶楽部等の金融記者クラブに所属し、日本のバブルとバブルの崩壊、銀行窓販の開始(日本版金融ビッグバン)など金融市場と金融機関を取材してきた一介の記者。 1980年代から現在に至るまで約40年にわたって金融市場の変化とともに国内金融機関や金融サービスの変化を取材し続けている。

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