バイデン政権肝入りの民主主義サミットが限界?

スクリーンに映し出された各国首脳らに語り掛けるジョー・バイデン米大統領(左)とアントニー・ブリンケン国務長官。バイデン氏主催の民主主義サミットでの一場面。2023年3月、ワシントンDCにて撮影 (Getty Images/2023 Getty Images)

ジョー・バイデン米大統領主宰の民主主義サミットが難航している。スイスの新たな外交政策にとっては好機だ。 新しい年を間近に控えた2021年12月。ホワイトハウスの廊下やホールでは、豪華に飾られたクリスマスツリーの明かりをファーストレディがすでに点け終えていた。 大統領執務室がある西棟(ウェストウイング)の会議室では、夫のバイデン氏が巨大スクリーンの前に座っている。「第1回世界民主主義サミットへようこそ」。新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより直接ワシントンに来られなかった世界中の100人以上の参加者に向け、バイデン氏は厳かにあいさつした。 自信が当選を果たした大統領選、またドナルド・トランプ前大統領の支持者が連邦議会議事堂を襲撃した日からわずか1年。バイデン氏は大きな自信をにじませていた。「世界中で民主主義と普遍的人権に対する継続的かつ憂慮すべき試練に直面している。民主主義には最前線で戦う者が必要だ」と語り、このサミットを、より自由な世界を目指す戦いの出発点にすると宣言した。 第1回サミットからわずか2年半。当初の自信はあまり感じられなくなっていた。それは世界各地で独裁的な傾向が強まっていることだけが理由ではない。 米国の当初の本気度も明らかに緩んでいた。次回の第3回サミットがソウルで開催され、米国側はほとんど出席しないということからもそれは明らかだ。 なぜこうなったのか。 「民主主義第一」アプローチが分裂要因に バイデン氏のイニシアチブには、初めから不安要素があった。ホワイトハウスは、スイス、ウルグアイ、カナダ、韓国といった伝統ある強固な民主主義国家だけでなく、バングラデシュ、パキスタン、コンゴといった米国に好意的な独裁国家もサミットに招待した。 カーネギー研究所(ワシントン)のスティーブン・ワートハイム上級研究員は、バイデン氏もまた、ジョージ・W・ブッシュ元大統領と同じ過ちを犯したと指摘する。「彼は自らの価値観を軍事手段と結びつけ、遠く離れた民主主義国家を守ることで分極化した国を統合していると考えた」。しかしこれが逆の結果を生んだという。「『民主主義第一』のアプローチは、米国の分裂を深化させている」 ピュー・リサーチ・センターの調査によると、「民主主義の国外推進」が重要で正しいことだと考える米国人はごく少数だ。調査対象となった米国民の75%以上が、外交政策において「米国の雇用を守ること」が重要な優先事項だと答えた一方、「海外で民主主義を推進すること」と答えたのは20%にとどまった。 民主主義サミット ジョー・バイデン米大統領が主宰する第1回民主主義サミットは2021年12月8日から10日にかけてワシントンで開催された。招待を受けた100カ国の首脳・政府高官が、自国が国内外で民主主義をどう推進したいかを説明した。 2023年の第2回サミットは米国、コスタリカ、オランダ、ザンビア、韓国で分散開催。第3回サミットは2024年3月18日から20日までソウルで開かれる。プログラムには、「人工知能と民主主義」に関する閣僚会議、市民社会フォーラム、各国首脳らによるサミットなどが含まれる。 このプロセスが今後も継続するのか、また第4回世界民主主義サミットの開催については、現在のところ不明だ。 ワートハイム氏は雑誌「アトランティック」に「民主主義第一主義」のアプローチは多くの紛争状況において直に逆効果をもたらし、海外での紛争を悪化させる可能性さえあると寄稿した。 例えばウクライナでは、「バイデン氏の『民主主義の擁護』というレトリックが彼を窮地に追い込んでいる。仮に民主主義が核心的価値であるならば、選挙で選ばれたウクライナの指導者に圧力をかけるという考えは、たとえキーウが達成可能な目標を遂げたり、ロシアと交渉に入ったりしたとしても非合法に聞こえる」としている。 さらに、ウラジーミル・プーチン露大統領がウクライナに侵攻したのは、何よりもロシアの行動に対抗してウクライナが西側諸国に近づいたからだと指摘する。一方が独裁国家で他方が民主国家であれ、このような侵略は違法であり容認できないという。 ワートハイム氏は、ガザのハマスーイスラエル間の戦争や、中国・台湾関係に対する米政府の態度にも同様の課題があると見ている。 ケリー・ラズーク氏は、民主主義サミットで大統領顧問を務める。米国家安全保障会議で民主主義と人権問題を担当する人物だ。 同氏はswissinfo.chに対し、民主主義サミットは「政府代表、市民社会、民間セクターが今日の民主主義が直面する課題と機会に取り組むための触媒であり、プラットフォームとなっている」と語る。 しかし、ソウルにある東アジア研究院のシニアフェロー李淑鍾(イ・スクジョン)氏は、まさにこの点で韓国政府は今度のサミット主催が非常に難しいと感じていると指摘する。 社会学者でサミットの共同コーディネーターを務める同氏は、サミットに参加する非政府組織や青少年団体の調整を韓国外務省から任されている。 ソウルはサミット開催に必要な資源やインフラが提供できない状況だ。翻訳サービスが提供できないことに加え、ハイブリッド会議ができる技術を備えた会議室もごくわずかだ。 しかし、最も深刻な問題は、韓国政府が市民社会サミット参加者を政府代表との会合に招くのを拒否していることだ。 民主主義サミットは危機に瀕しているのか 「民主主義サミットの当初のエネルギーと勢いは消え失せてしまった。第3回以降、どう継続されるのかはわからない。多くの国は熱意を失っているからだ」と李氏は言う。 「スイスのような民主主義に関し長く興味深い経験を持つ国が、このプロセスでより大きな指導的役割を受け継いでくれたら良いと思う」 スイス連邦外務省の民主主義外交政策担当シモン・ガイスビューラー氏は、韓国からのこうしたシグナルに慎重な反応を示している。 「私たちは今後、民主主義に関する政治対話を強化し、多国間でより多くのことを行っていきたい。サミットは、私たちの外交政策目標に利益をもたらす興味深いプラットフォームになり得る」とする一方で、このような巨大イベントは結果や目標を重視したもの、つまり具体的な成果を生み出すものとなって初めて意味を成すと指摘する。 ガイスビューラー氏によれば、スイスは民主主義サミットの一環で行った公約はほぼ達成済みだ。「人権分野では、国内人権帰還の設立という重要な目標を達成した」 デジタルデモクラシーの分野では、デジタルプラットフォーム利用支援のほか、投票支援アプリケーション「Smartvote」を多くの試験国で導入したという。 スイスはまた、「公共メディアのための国際基金にも多大な投資をしている。独立メディアを促進することで、新興民主主義にも貢献している」と言う。 スイス外交でも民主主義を促進 スイスが世界の民主化推進により積極的な役割を果たすための条件は比較的整っているといえる。2000年に改正されたスイス連邦憲法には既に「民主主義の国際的促進」(第54条4項)が盛り込まれているからだ。 連邦内閣(政府)は最近、2024年から2027年にかけてのスイスの新しい外交戦略を採択した。そこには積極的な「民主主義外交政策」が「新たな重点」として触れられている。 スイスの新しい民主主義外交政策 抜粋「この20年近く、民主主義国家は内外からの圧力にさらされてきた。世界的な民主主義の『後退』、権威主義的な傾向・体制の拡大、多くの国々における民主的自由の抑圧と制限の増加は、スイス外交が体系的かつ首尾一貫して取り組まなければならない課題である。 直接民主制はスイスの政治的アイデンティティの中心的要素である。民主主義の推進は、憲法と法律に定められた義務である。民主主義の価値と自由を強化することは、スイスの世界的な利益に資する。民主主義の自由が制限されているにもかかわらず、あるいはまさに制限されているからこそ、多くの社会ではより多くの参加と民主主義制度の強化が強く求められている。このような機会やスイスの可能性、専門知識をもっと活用せねばならない。 スイスは、民主主義促進に向けた他国との既存ネットワークを維持し、特定の国の政治対話と民主的制度・プロセスを強化する。また、欧州以外の民主主義諸国との多国間対話や交流も行う。 世界の民主主義が困難な状況にあるため、スイスは民主主義に関する外交政策の分野でプレゼンスを高めたいと考えている。目的は、世界の民主主義の回復力を強化することにある。それに対応する概念的根拠は、新しい立法期間の初めに策定される。 米政府とは異なり、スイス政府はこの件に関し国民の幅広い支持を得ている。2021年に行われた代表調査では、回答者の80%がスイスには民主主義の伝統があり、ひいては民主主義を世界に広める役割があると答えた。 ガイスビューラー氏は「ソウルで開催される民主主義サミットには、私の指揮の下、小規模ながら幅広い分野のスイス代表団が参加する。またヴィオラ・アムヘルト大統領がビデオ声明を寄せる予定だ」と話す。 編集:Mark Livingston 、独語からの翻訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子

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