ピアノを練習している多くの人が感じる悩みに「薬指と小指がうまく動かない」というのがあると思います。人差し指や中指は力強く弾くことができても、薬指と小指には力が入らず、音がなかなか安定しません。
この悩みにどのように向き合っていけばよいのかを考えたいと思います。
指の独立という考え方
薬指と小指が思った通りに動かない理由の一つに、「薬指だけ」「小指だけ」を動かすのが困難だということが挙げられます。
各指は腱でつながっているため、一本の指を動かすと自然に他の指も動いてしまいます。こうなると本来動かしたくない指まで動いてしまうので、それを解決しようとする考え方が「指の独立」です。
「指の独立」が完成すると、薬指や小指を、人差し指や中指と同じ力・同じ速度で、一本だけ動かすことができるようになります。
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指を一本ずつ高く上げて下ろす「ハイフィンガー奏法」という弾き方があります。これは、指一本一本の動きを大げさにすることで、指の独立を図り、指の一本一本の筋肉を鍛えようとする練習法の一つです。
これを続けると、「薬指や小指で弾く音に力が入らず、リズムも崩れてしまう」といった悩みの解消に役立ちます。
しかし、指を一本だけ強く速く動かすという動きは人体にとって不自然な動きと言わざるを得ません。もちろんピアノを弾くのに最低限必要な筋力はありますが、無理して訓練を続けると本来使わなくてよい別の部分の筋肉を不用意に固めてしまったり、最悪の場合手を痛めてしまい数日間ピアノを弾けなくなってしまうこともあります。
そこで、少し違う考え方をしてみましょう。
指の連動という考え方
指一本一本を独立して動かすことができたら確かに理想的かもしれませんが、実際の音楽では「音のつながり」が重要視されます。従って、指を独立させるより連動させることに注目したほうが良いでしょう。
親指を1、人差し指を2、中指を3、薬指を4、小指を5と書くことにします。
ピアノの鍵盤のドレミファソに1-2-3-4-5を対応させ、1-4-1-4-1・・・と続けてみたり、2-4-2-4-2・・・と続けてみたりしてください。
このときのポイントは、他の指が動いてしまっても構わないということです。鍵盤を弾いていない指を固める必要はなく、鍵盤を弾いている指に従って自然に動くままにしておいてください。
指は連動して動くものですから、切り離して考えるのではなく、どの指を動かしたらどの指が動くのかを感覚的に知っておき、それを受け入れて弾くのがコツになります。
3-4-3-4-3・・・の動きや、4-5-4-5-4・・・の動きは、非常に難しいかと思います。
このときに手の甲あたりに疲れを感じるようであれば、手首の位置を上に持ってくることで楽になりますし、指先のほうに疲れを感じるようであれば、手首の位置を下に持ってくることで楽になります。
指の付け根あたりが疲れるようであれば、指を少し丸め、手の側面が疲れるようであれば、指を少し伸ばすとよいでしょう。
また、使っていない1-2あたりの指が固まっていないかもよく確認してください。
もっとも疲れず、痛くならない指の動かし方が正解です。30分続けても疲れず、痛くならないのであれば、たとえ見た目が格好よくなかったとしても、それが正解の弾き方です。
良い手首の位置や、手の形は人によって異なります。そのため、全員にとっての正解があるわけではありません。自分にとって良い形を模索していく必要があります。
均一に弾こうとしない
ここまで指の動かし方について注目してきましたが、そもそも均一に演奏しなければいけないシーンはほとんどありません。
なぜなら、均一に演奏すると機械的に聞こえてしまい、情感が犠牲になってしまうからです。
それであれば、均一に演奏しようというそもそもの発想から、「だんだんと強くする」「だんだんと弱くする」といった方向性を持たせて弾くことを考えたほうがより演奏に必要な技術を習得できます。
ピアノの鍵盤のドレミファソに1-2-3-4-5を対応させ、1-2-3-4-5をだんだん強く弾き、5-4-3-2-1をだんだん弱く弾くという練習をしてみましょう。 思いっきり大げさに強弱を付けることを心がければ、多少の弾きづらさを感じるかもしれませんが、均一に弾こうとするよりリラックスして演奏することができるかと思います。
指の性質を知る
ところで、音楽で最も大事な音はベース(一番低い音)と旋律(一番高い音)です。 一番低い音は左手の小指、一番高い音は右手の小指で弾くことになりますから、小指や薬指が最も活躍するのがピアノという楽器です。
そのため、ピアノの練習を重ねていくと、自然と小指と薬指が最も音色をコントロールしやすい指になっていきます。
情感をたっぷり込めた特別な音を、一音だけで表現してください、といわれたら、私は自然と薬指を使うと思います。
指にはそれぞれ性質があり、それにあった役割を持たせて弾くという考えをすることもできます。
親指は可動域が狭く、早い動きは苦手ですが、手のポジションを移動するときの支点となるため、支えのある音を作ることができます。また、指先をゆっくり動かすことができるため、繊細な音色を作ることも得意です。
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人差し指は、手首の回転の動きの軸となる指ですから、人差し指が真ん中の指だと考えると演奏がしやすくなります。疲れにくい指で、速く動かすことも得意な便利な指です。
中指は、人差し指と同じように、疲れづらく、速く動かすことが得意な指です。手の構造上、中指は鍵盤の奥の方を弾くと自然な手の形になります。鍵盤の手前のほうを弾けば、てこの原理でダイナミックな音を作ることができます。
薬指は、旋律を弾くときに大活躍する指です。人差し指・中指とおなじように速い動きも得意ですし、繊細なコントロールもできる指です。ただし、薬指だけで動かすことは難しく、中指や小指も同時に動いてしまいます。
小指は、身体の一番外がわにある指なので、手を大きく広げるときや、動きが激しいときに大活躍する指です。旋律の中で最も高い音(もっとも情感をこめやすい音)を任されるのは多くの場合小指になります。
これらも人によって性質が違うかもしれません。曲の練習をするときに、もし楽譜に指使いが書いていなかったとしたら、その音に最も適した音色を出せるのはどの指だろう?と思って指使いを決めていくことになります。
それぞれの指の性質が異なっていることを受け入れて、そのうえで指の個性を活かした音楽づくりをしていくことができると、より音色の幅を広げることができるでしょう。(作曲家、即興演奏家・榎政則)
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榎政則(えのき・まさのり) 作曲家、即興演奏家。麻布高校を卒業後、東京藝大作曲科を経てフランスに留学。パリ国立高等音楽院音楽書法科修士課程を卒業後、鍵盤即興科修士課程を首席で卒業。2016年よりパリの主要文化施設であるシネマテーク・フランセーズなどで無声映画の伴奏員を務める。現在は日本でフォニム・ミュージックのピアノ講座の講師を務めるほか、作曲家・即興演奏家として幅広く活動。