欧米の投資家による“ミセス・ワタナベ狩り”の被害者が損失を挽回できた方法とは?

<前編のあらすじ>

リーマン・ショックで保有していた株式に大きな損失を出した渡部久美子(32歳)は、その損失を挽回しようと、自己資金の数百倍で取引ができる「FX(外国為替証拠金取引)」に大きな可能性を感じていた。証券会社の担当者からのアドバイスを無視して飛び込んだ久美子を待っていたのは……。

スマートフォン取引で気軽にできたFX投資

久美子のFX投資は、基本的に午前中に完結する投資だった。小学校に通う子供たちを送り出した後、洗濯等の家事が一段落する10時頃から、スマートフォンでFXのサイトを開いて当日の為替の動向を確認する。久美子は2007年1月にiPhoneが国内で販売されて以来のiPhoneユーザーだった。常に持ち歩いている携帯電話でFX取引ができるということが、久美子にとっては大きな魅力だった。いちいち証券会社など金融機関の店頭に顔を出すようなことも必要なく、億円単位の資金のやり取りすらできることに、久美子の気持ちは高まった。

米ドルと豪ドルが主な投資対象だったが、ユーロ・米ドルの動きが米ドル・円に、ニュージーランドドル・円の動きが豪ドル・円に影響することがあるため、主要な通貨の動きについてはざっと目を通すようにしていた。そして、米ドル・円や豪ドル・円が大きく動く時を待っていた。大きな円高に振れた時には米ドルや豪ドルの買いのポジションを取り、反対に大きく円安に振れた時には米ドルや豪ドルの売りを仕掛けた。投資した場合、長くはポジションを維持しないようにしていた。できるだけ短い時間で反対売買して、ポジションを持ち続けないことがポイントだと感じていた。久美子の中では、「市場のリズムをつかむことが重要」であり、市場のリズムと同調することができれば収益が手にできると経験的に学んでいた。

「欲張ってはいけない」、「ずっと投資し続けてはいけない。勝っても負けても休みが必要」など、久美子が経験から学んできたことは多い。「節度を持ってコツコツ勝っていけば、いずれ大きなチャンスがやってくる」と自分に言い聞かせて、最初は5万米ドル(約600万円相当)ずつを投資して1万円、2万円という利益を積み上げていった。米ドル・円の水準は1ドル=90円前後だった。久美子が10万円程度の証拠金でFX投資をしていた頃は、1ドル=110円~120円という水準だったので、ずいぶん円高が進んだ印象だった。このため、久美子がとるポジションは、主に「ドル高・円安」を想定したものになっていた。当時のFX投資家の多くが「円売り」を軸に投資していたと言っていいだろう。このような時代のムードに逆行できる投資家は少ない。

欧米のプロ投資家が狙った「ミセス・ワタナベ狩り」

この頃、海千山千のプロ投資家は、「ミセス・ワタナベ狩り」を仕掛けていた。日本の個人投資家が「円売り」のポジションを取りやすいところを逆手に取った「円買い」でジワジワと締め付けていた。「ミセス・ワタナベ」と総称される日本の個人投資家は、ひとり一人の動かせる資金に限界がある烏合(うごう)の衆にすぎない。さまざまな市場変転を乗り越えてきた為替取引のプロ集団に狙われて無事に生還することは非常に難しいと言わざるを得ない。1ドル=90円前後でもみ合っていた米ドル・円は、「ミセス・ワタナベ狩り」の円高誘導もあって2011年8月の1ドル=76.58円に向けて円高に進む。この間の変動率は18%強にもおよんだ。レバレッジ400倍で投資金額に対して0.25%の証拠金しか積んでいない投資家にとって0.25%でも価格が反対方向に動けば、証拠金が不足することになる。

2010年2月からは信託保全の義務化によって「強制ロスカット」が導入され、ポジションの解消と証拠金の没収が業界共通の制度になった。円売りでポジションを組んでいた個人投資家がポジション解消で円買いの反対売買を行うことで、円高が一段と進むことになる。このような負のスパイラルが起こると、円高が段階的に進むことになって、「円高を待って買う」ことで稼いできた個人投資家は、どんどん削られる結果になった。

恐怖の「負のスパイラル」を越えて

証券会社から資金を引き出してFXで勝負をかけた久美子が陥ったのは、この負のスパイラルだった。底なし沼のように、証拠金としてFX会社に振り込んだ現金が削り取られていった。結果的に、わずか1年足らずの間に、久美子の手元にあった4000万円ほどの資金は2000万円足らずに半減してしまった。そして、2010年8月にFX業界には「レバレッジ規制」が導入され、レバレッジの上限が「50倍」に制限される。さらに、2011年8月には上限が「25倍」に制限されたことによって、一獲千金を狙うことが難しくなった。

結局、久美子は、FXで資金を増やすことをあきらめて、麻衣を訪ねて証券会社に戻ってきた。久美子と面談した麻衣は、久美子の体験談を聞きながら短期売買の難しさやFXと株式や投資信託の投資の違いについて話していた。「FXによる為替取引は、主に通貨の変動を予測して売買益を狙った投資なので難しいのです。株式や投資信託の取引も、短期の反対売買で利益をあげようとすると難しいのですが、配当や分配金を受けながら、中長期に企業や投資先の成長に応じた資産価値の拡大をめざす投資を進めましょう」と、麻衣は投資信託を使った長期投資について説明を進めた。

「渡部さまが為替の円安に賭けて失敗なさった悔しさは、よくわかります。今、為替は1ドル=76円台の円高水準です。渡部さまがFXを撤退されてから、さらに一段と円高が進んでいますが、今の為替水準をどう思われますか?」と麻衣は聞いた。これに対し久美子は、「円高が行き過ぎていると思う。正直、為替で勝負してみたいという気持ちはあるけれど、また、円高が進んで、今以上に資産が目減りしたら、亡くなった父親にも申し訳ないので、これ以上は無謀な賭けはできない」と言った。そこで麻衣は、「では、渡部さまのお気持ちをくんで、投資資産を海外に求めましょう。短期の為替変動に一喜一憂することなく、為替の円安効果も併せて狙って、海外の成長資産に投資することを検討しましょう」と、米国株式を中心にした外国株式投資の案内を始めた。

成長資産への長期投資の結果

結果的に、久美子が購入したのは、米国の株価指数「S&P500」に投資するインデックス・ファンドだった。その頃、久美子が読んだ投資の本に「S&P500が最強の投資アイテムである」というようなことが書かれていたことが決断を後押しした。結果的に、為替はその後、1ドル=150円台までの円安を記録することになった。この間は10年程度の期間だった。為替の円安効果だけで資産価値が2倍増したことになる。さらに、S&P500は投資した当時は1200ポイント程度だったが、2021年には4500ポイントになった。変化率で3.75倍だ。為替の効果を合わせると、7倍以上の資産価値の向上になった。これによって、久美子は「リーマン・ショック」とFX投資の失敗によって目減りした資産価値を10年という投資期間をかけることで取り戻すことができた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

風間 浩/ライター/記者

かつて、兜倶楽部等の金融記者クラブに所属し、日本のバブルとバブルの崩壊、銀行窓販の開始(日本版金融ビッグバン)など金融市場と金融機関を取材してきた一介の記者。 1980年代から現在に至るまで約40年にわたって金融市場の変化とともに国内金融機関や金融サービスの変化を取材し続けている。

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