『春になったら』木梨憲武が奈緒と交わした約束 遺影とタイムカプセルに込めた意味

『春になったら』(カンテレ・フジテレビ系)第9話では、桜の季節を前にして心温まるひと時が映された。

遺影について思うことは少なくない。どうしてこの写真なんだろう。もっと良い写真はなかったのかな、等々。場違いな笑顔に思わず笑顔になったり、スナップ写真で若き日の故人と出会って懐かしさがこみ上げる。一枚のポートレートに収められた人生が遺影かもしれない。

旅立ちの日の準備に余念がない雅彦(木梨憲武)は、岸(深澤辰哉)に頼んで葬儀場の下見をした。「楽しいお葬式にしたいんだよね」。パーティー形式で明るい雰囲気の葬儀は、遺影も「みんな笑っちゃうような写真」にしたいと雅彦は話した。

写真部の同期だった瞳(奈緒)と岸、美奈子(見上愛)のプロフィールはこの日のためにあった。椎名家で行われた撮影会で、カメラマンの瞳は、父の渾身のポーズをレンズに収めた。実際に終活で生前に遺影写真を撮ることは行われている。サービス精神旺盛な雅彦はノリノリで撮影に臨んだ。

「これで心おきなく」と言いかけた雅彦は、やり残したことを思い出した。死ぬまでにやりたいことリストは、残すところあと二つ。「タイムカプセルを開ける」と「英語をマスターすること」だ。画面越しに雅彦のノートを見て、気になっていた視聴者も多かっただろう。めっきり体力の落ちた雅彦に代わって、瞳と一馬(濱田岳)がタイムカプセルの回収代行業を引き受ける。

雅彦の母校は廃校になっていて、諦めて帰宅した瞳たちは、倒れて入院した雅彦のために決死の覚悟で夜の校庭に忍び込む。父の思いつきに巻き込まれた娘と婚約者は、いつの間にか自分たちが童心に帰って冒険を繰り広げる。苦心の末、ようやく見つけたタイムカプセル(お菓子の缶)には子どもだった雅彦の夢が詰まっていた。

後悔しない人生なんてあるのだろうかと思う。雅彦が開けたタイムカプセルには、子どもの頃の宝物、ミニカーやどこかで拾ってきた小石のほかに、写真や未来の自分に宛てた手紙が入っていた。

「未来のぼくへ。スターになってますか? 空飛ぶ車に乗っていますか? ノストラダムスの大予言は当たりましたか? 宇宙旅行には行きましたか?」と少年らしい夢が並ぶ。かなったものもあった。「世界一かわいい人と結婚して、子どもは10人家族。元気で暮らしていますか?」に雅彦は大きくうなずいた。

「100歳まで生きていますか?」は残念ながらかなわなかったけれど、「子どもの頃考えてるより、想像以上に楽しかった」と雅彦は満足そうに微笑む。「最高に良い人生だった」と述懐する雅彦は、瞳の「生まれ変わってもまた同じ人生がいいですか?」の問いかけに「そこに佳乃と瞳がそばにいてくれたら」と答えた。

かなったことからかなわなかったことを引いたら、やっぱりかなわなかったことの方が多いのかもしれない。けれども、後悔しているかと言えば決してそうじゃなくて、何か一つ自分は幸せだと思えるものがあれば、人は幸せなのではないかと雅彦を見て思った。

タイムカプセルを覚えていた雅彦の気持ちがわかる気がする。過去の自分は未来の自分と出会うことを夢見て、未来の自分は過去の自分と再会することを楽しみに、今日まで生きてきたのだ。タイムカプセルを開けることは単なる答え合わせではなくて、自分が生きた時間という世界で一つしかない宝物を開けることなのだと思う。

遺影とタイムカプセル。過ぎていく時間をとどめようとして人は手を伸ばす。今この瞬間を必死に生きようとすることと、自分がいなくなった後のことを考えて、大事な人が幸せでいてほしいと願うことは矛盾しない。いつか終わりはやってくる。だから、その日のために約束するのだ。「春になったら一緒に桜を見よう」と。本作をきっかけに、全国各地に埋められたタイムカプセルが掘り起こされることを楽しみにしている。

(文=石河コウヘイ)

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