知れば知るほど魅了される、成瀬あかりという主人公ーー『成瀬は天下を取りにいく』の続編『成瀬は信じた道をいく』を読む

成瀬あかりという少女が、初めて読者の前に現れたのは、第二十回「女による女のためのR‐18文学賞」の、大賞・読者賞・友近賞を受賞した「ありがとう西武大津店」であった。作者は、滋賀県大津市在住の宮島未奈だ。その後、受賞作を連作にして、『成瀬は天下を取りにいく』を刊行。十万部突破のベストセラーとなり、大きな話題を呼んだ。『成瀬は信じた道をいく』は、その「成瀬」シリーズの第二弾だ。

本シリーズの魅力は、主人公の成瀬あかりにある。「ありがとう西武大津店」の時点で中学二年生。大津市のマンションで、家族と暮らしている。多彩な才能と、独自の信念の持ち主。そのため小学生の頃はクラスで無視されたこともあったが、本人はまったく気にしていない。話し方も独特で、人によって泰然自若にも無礼にも聞こえる。そして行動が突拍子もない。「ありがとう西武大津店」では、一ヶ月後に閉店する大津市唯一のデパート西武大津店に、西武ライオンズのユニフォームを着て通い、地元テレビに映り続けた。以後も、同じマンションの住人で、幼馴染の友人・島崎みゆきと、漫才コンビ「ゼゼカラ」を結成。地元の、ときめき夏祭りで司会と漫才をしたりしている。自主的に、地元のパトロールもしている。先に、突拍子もないと書いたが、一つ一つの行動は、努力や度胸があれば、実際にできそうなものばかり。しかしそれが個人に集約されると、特別なヒロインとしての輝きを放つようになる。成瀬というキャラクターを表現する、作者の匙加減が絶妙なのだ。

さらに各話の視点人物にも注目したい。友人の島崎を始め、成瀬とかかわった人々の一人称でストーリーが進むのだ。ただ、『成瀬は天下を取りにいく』収録の「ときめき江州音頭」は成瀬自身、本書収録の「成瀬慶彦の憂鬱」は成瀬の父親の視点になっている。そしてどちらも三人称だ。本人及び家族だけ三人称にしているのは、主人公に近すぎる存在なので、ちょっとだけ対象と距離を置くようにしているからだろう。いやはや、とても新人とは思えないほど、作者は小説のことをよく分かっている。

しかし読んでいるときは、こんな分析をする気にならない。話が面白いからだ。本書に収録されているのは五作。冒頭の「ときめきっ子タイム」の視点人物は、成瀬に憧れる小学生の北川みらいだ。総合学習で「ゼゼカラ」の取材を提案した彼女は、ついに成瀬と会うことになる。感受性が鋭く、すぐに泣いてしまうみらいが、成瀬の言動に接して少しだけ成長する姿が気持ちいい。

続く「成瀬慶彦の憂鬱」は、京大を受験する成瀬を、あれこれと心配する父親の心情が、相変わらずの成瀬の行動を絡めて描かれる。第三話「やめたいクレーマー」は、自分のクレーマー気質を持て余している呉間言実が、フレンドマート大津打出浜店でバイトをしている成瀬と出会い、万引き騒動とかかわることになる。そして彼女は成瀬の言動によって、自分を見つめ直すのだ。第四話「コンビーフはうまい」の視点人物は、成瀬と共にびわ湖大津観光大使になった篠原かれん。祖母と母親も観光大使になっており、親子三代の観光大使になることを期待されてきた。しかし己の信じた道しか歩かない成瀬を見ているうちに、自分の人生が祖母と母親にコントロールされていることに気づく。そして彼女も変わっていくのだ。自然と周囲の人々を巻き込み、意識を変えていく成瀬が愉快痛快である。

さらにラストの「探さないでください」では、スマホ(「コンビーフはうまい」でようやく入手した)を残したまま、成瀬がどこかに行ってしまう。東京に引っ越した島崎が成瀬家を訪ねてきて、そのことを知った。心配した島崎と、いままでの登場人物が集結し、「成瀬捜索班」を結成。だが成瀬の行方は、思いもよらぬところから判明する。久しぶりに登場した島崎と、成瀬のすれ違いドラマが面白い。成瀬の新たな知り合いに嫉妬する島崎の、心の憂さが晴れる結末も楽しい。本書の締めくくり相応しい作品だ。

知れば知るほど魅了される。誰かに語りたくなる。そんな成瀬は、これからどこに向かうのだろう。いや、どこだろうとついていく。だって既に、彼女の熱烈なファンになっているのだから。

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