善意が迷惑に…「途上国・アフリカ」に服を寄付すると「発展のさまたげ」になるワケ

(※写真はイメージです/PIXTA)

日本で「豊かさ」について語ると「お金」の話題になりがちです。実際のところ、豊かさとはお金のことだけを指すのでしょうか。本記事では、お金の向こう研究所の代表を務める田内学氏の著書『きみのお金は誰のため:ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』(東洋経済新報社)から一部抜粋します。豊かさの本質について考えてみましょう。

あらすじ

キレイごとが嫌いな中学2年生の佐久間優斗は「年収の高い仕事」に就きたいと考えていた。しかし、下校中に偶然出会った銀行員の久能七海とともに「錬金術師」が住むと噂の大きな屋敷に入ると、そこで不思議な老人「ボス」と対面する。

ボスは大富豪だが、「お金自体には価値がない」「お金で解決できる問題はない」「みんなでお金を貯めても意味がない」と語り、彼の話を聞いて「お金の正体」を理解できた人には、屋敷そのものを譲渡するという。図らずも優斗と七海はその候補者となり、ボスが語る「お金の話」を聞くことに……。

登場人物

優斗……中学2年生の男子。トンカツ店の次男。キレイごとを言う大人が嫌い。働くのは結局のところ「お金のため」だと思っている。ボスの「お金の話」を聞くために、七海とともに屋敷へと通う。

七海……アメリカの投資銀行の東京支店で働く優秀な女性。当初の目的は投資で儲ける方法をボスから学ぶことだったが、現在はボスの「お金の話」を聞くために屋敷へと通う。

ボス……「錬金術師が住んでいる」と噂の大きな屋敷に住む初老の男性。関西弁で話す。1億円分の札束を「しょせんは10キロの紙切れ」と言い放つなど、お金に対する独自の理論を持つ大富豪。

未来に蓄えるもの

今日は「課題授業」として、ボスの友人が経営するという会社へと訪れた。ボス曰く、その友人は「未来へ蓄えるべきものをよく知っている」というが……。

優斗と七海がが降りた駅は、優斗も初めて訪れる場所だったが、近くに停まっているピンクの車のおかげで、目的のビルはすぐに見つかった。

車に運転手を残してボスが合流し、3人は2階のオフィスへと向かう。

扉を開けると、軽快な音楽が聞こえてきて、強めのコーヒーの香りが優斗の鼻を刺激した。ここに、未来に蓄えるものがあるというのだろうか。

室内は雑然としていて、優斗の想像した会社のイメージとはかけ離れていた。ボスの部屋と同じくらいのスペースに、高密度に物が置かれている。大量の段ボール箱、ハンガーラック、筒状に巻かれた生地、打楽器のようなものや、何に使うのかわからない針金のかたまりみたいなものもある。

部屋の真ん中にはパソコンデスクが4つ置かれていて、1人の男性が画面に向かってキーボードをたたいていた。

「堂本くん、遊びに来たで」

ボスが大きな声で呼びかけると、その男はこちらを向いて、「ちわっす」と陽気に答えた。

堂本と呼ばれた男は、小麦色に焼けたツヤのいい肌に、整えた口ひげをたくわえている。ひげのせいで40歳くらいにも見えるが、20代かもしれない。

街で会ったら、絶対に近づきたくないタイプだと優斗は思った。見るからに怪しそうな風貌だったのだ。

「年末だから、今日は僕しかいないんすよ。せまいですけど、こっち座ってください」

堂本に案内されて、4人は奥に置かれたテーブルについた。ボスは、優斗と七海のことを軽く紹介してから、堂本に向かって頼んだ。

「君の活動を、彼らに教えてあげてほしいんや」

アフリカへの「支援」

「いくらだって喜んで話しますよ。いろんな人に知ってもらいたいんすよ」

口角を上げて笑う堂本の目が、糸のように細くなる。

彼はいちばん近くのハンガーラックからシャツを1枚とって、テーブルの上に広げた。シャツは赤、青、黄、緑などの原色の目立つ模様が描かれていた。

「僕は、アフリカのガーナっていう国の支援のために、これを作っているんすよ」

予想外だった。彼の口から「アフリカの支援」という言葉が出るとは思いもしなかった。見た目で判断したことを申し訳ないと思いながら、優斗はそのシャツを着ているアフリカ人の姿を思い浮かべた。

「それをアフリカに寄付しているんですか?」

「違うんすよ。彼らに寄付をするのは、逆にアフリカの発展をさまたげるんすよ」

堂本は切実な表情で、現地のことを詳しく教えてくれた。

「世界中から服が送られてくるせいで、特に西アフリカには高いお金を払って服を買う人がほとんどいません。現地で服を作っても売れないから、産業が発展しないんすよ。だから、アフリカで作った服を、日本に持って来て売っているんすよ」

熱心に耳を傾ける七海が、「なるほど」とあいづちを打つ。

「明治の近代化と同じことをされようとしているんですね。黒船が来航してから、日本が急速に成長したのも、繊維産業からでしたよね」

「そうなんすよ。それに、アフリカの文化とか伝統には本当に魅力を感じています。僕はそれを日本で伝えたいんすよ」

堂本はアフリカと日本に拠点を持って活動しているそうだ。

アフリカの工場では、現地の人たちに織り機やミシンの使い方を覚えてもらって、シャツやパンツを自分たちで作れるように導いている。

一方、日本では、作ったシャツやパンツを取り扱うお店を増やしたり、ネット通販で注文したお客さんにこの部屋から直接送るなどしていると話してくれた。

七海がしきりに感心している。

「私たちがアフリカに寄付するだけでは、長期的な解決にはならないんですね。それよりも、彼ら自身が生産できるようになれば、より持続的な未来につながっていきますよね」

優斗はハッとして、ボスの顔をうかがった。

「僕らが未来に蓄えるものって、このことですか」

ボスは、いかにも、と言わんばかりの顔をする。

現代の豊かさを支える「蓄積」の正体

「生産力は重要や。設備や生産技術の蓄積がなければ、何も作られへん。せやけど、それだけやない。僕らの暮らしを支えるものには、他の蓄積もある。想像してみたらええわ。黒船を見て驚いとった江戸時代の暮らしと比べて、何が変わったかを」

変わったことだらけだと優斗は思う。ちょんまげ姿の侍が今の時代にタイムスリップしてきたら、驚きの連続に違いない。みんながのぞき込んでいる薄い板なんて理解不能だろう。

「スマホなんてやばいですよね。写真撮れたり、ゲームしたり、地図でもなんでも調べられるし。車とか新幹線とか、乗り物も相当便利になっていますよね」

「それに」と、七海がつけ加える。

「制度のように、形がないものもありますよね。教育制度や医療制度なども格段に私たちの生活を変えました」

ボスは満足そうに2人の答えを聞いていた。

「君らの言うとおりや。物を作る生産力の他にも、いわゆるインフラと呼ばれる社会基盤が蓄積されてきた。インターネット、道路や鉄道の交通網、電気や水道、学校や病院なんかがそうやな。そして、制度やルールも僕らの生活には必要や。これらすべて、昔の人たちが考えて手を動かして蓄積してきたものや。昔からの莫大な蓄積が今の豊かな暮らしを作っているんや」

堂本が細い目を光らせる。

「アフリカにもこうした蓄積が必要なんすよ。学校に行ける子も病院に行ける子も一部なんすよ。設備も制度も不十分ですし。日本で生活の豊かさの話になると、給料が増えないとか、すぐお金の話になりますけど、違和感あるんすよね」

事業の利益で現地の学校支援もしていると話す堂本が、アフリカの動画を見せてくれた。

ノートパソコンのスクリーンにアフリカの小学校の風景が映し出される。画面の中央には手作りの長机が並び、ぎゅうぎゅうになって座る子どもたちの笑顔があふれていた。

堂本の手がマウスをクリックすると次の動画が始まった。校舎の外の様子が見える。子どもたちが歌に合わせて踊っていて、何羽もいる鶏がカメラに向かって飛び跳ねていた。

その小学校での生活は日本よりも不便そうだ。だけど、子どもたちの目は希望に満ちていた。そして、動画にいっしょに映る堂本の生き生きとした顔が、優斗には印象的だった。

段ボールの積み上がったその部屋で、未来を作ろうとしている堂本の強い意志と情熱に、優斗の心は揺さぶられた。

田内 学

お金の向こう研究所

代表

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