大坂なおみ、過去3連勝中の相手に“パワー”で押し切られる!「作戦があったのに遂行することができなかった」<SMASH>

会見室に訪れた大坂なおみの、目は赤く充血しているように見えた。

それでも記者たちからの質問には、頷きながら耳を傾け、丁寧に応じていく。時おり笑みを浮かべ、重苦しい雰囲気にならないように努めているようでもあった。

現在開催中の「BNPパリバ・オープン」(アメリカ・インディアンウエルズ/WTA1000)の3回戦で、エリーズ・メルテンスに5-7、4-6で敗れた、1時間ほど後のことである。

メルテンスは現在シングルス28位、ダブルスでは1位に座す実力者。それを思えば2時間の熱戦の末の敗戦そのものは、そこまでショックを受けるべきものではないように思える。ましてや大坂は、昨年7月に出産したばかり。慣例的には、まだコートに戻るのも早い時期だ。

それでも大坂は自分のプレーに満足できず、同時に、3連勝中だった相手のプレーの進化に衝撃を受けているようだった。

「作戦があったのに、それを遂行することができなかった。彼女とは長く対戦していなかったので、今日は彼女のプレーに驚かされることもあった」と、大坂が思いを吐露する。
大坂がメルテンスと最後に対戦したのは、2021年のマイアミ・オープン。その時は大坂がストローク戦で優位に立ち、6-3、6-3の快勝を手にしていた。

それから3年――。今回の対戦で大坂は、「常に守備に追われていたように感じた」と言う。

「自分から攻撃したかったのに、守備に回ることが多く、いつものように重いボールを打つことができなかった。それにサーブの面でも、彼女には驚かされた。最後に対戦した時よりも、スピードが上がっていると思うしバックハンドを狙われた」

それが大坂が、戦前のプラン通りに試合を運べなかった理由であった。

この大坂の言葉を、試合後の会見で伝え聞いたメルテンスは、「確かに作戦としては、彼女を守勢に回し、多く走らせることだった」と述懐する。

「テニスは、守っていては勝てない方向に進んでいる……そうでしょ?」

そう言い彼女は、ほがらかに笑った。

メルテンスのこの言質は、示唆に富む。
「トップ10選手たちを見ても、みんなストロークの1球目から叩いてくるし、それが重要になっている。全ての選手がビッグショットを打つし、ファーストサーブが速い。今の時代、『よし、まずは10球ほどスピンをかけたボールを返し、つないでおこう』と考え、守備的にプレーする選手はいないもの」

それが彼女の見解だ。ましてやメルテンスはダブルスでも結果を残し、サービスやリターン、そしてネットプレーにも磨きをかけている。大坂がイメージする3年前の選手とは、印象が異なるのは必然だった。

もちろんその点は、大坂も頭では理解している。ただ、「すでに成功を収めている以上は、同じ成果を必死に求めてしまう」のだと彼女は言った。同時に、彼女はこうも続けている。
時に、無知であることは幸福だとも思う。それでも、今の知識がある状態をわたしは望む。過去に戻ることはできないのだから、今を良くしないと」

「今」が「過去」よりも良い点として大坂は、「勝利を大切に思えること」を挙げた。

「感情面で、私は大きく変わったと思う。勝利を、“許し”のように思うことは確実になくなった。勝利を大切に受け止めているし、自分が今の場所に戻るためにどれだけ努力してきたか、そして他の選手たちが、わたしが妊娠していた間にプレーし続けていたこともわかっている。勝利は間違いなく、以前よりうれしいものになった」

「でもね……」と、彼女は微かに笑って続けた。

「残念なことに、負けた時の悲しみは、以前とまったく変わらないの」と。

彼女がコートを離れていた1年3カ月の間にも、女子テニス界は進化した。

その現状を理解し、勝利をうれしく受け止める彼女は、それでも変わらぬ敗戦の痛みをモチベーションに変え、「グランドスラム優勝」という明確な目標へと進んでいく。

現地取材・文●内田暁

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