気になる最新ニュース。つわりの原因とメカニズムがついに解明⁉注目の成分「GDF15」ってなに?【医師監修】

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妊娠すると、程度の差はあるものの、多くの妊婦さんに吐きけや嘔吐(おうと)、食欲不振などの症状が表れます。これが「つわり」です。これまで、つわりの原因はほとんど解明されてきませんでした。ところが、ある特定の成分がつわりに関連していることがわかってきました。どんなことがわかったのか、産婦人科領域でのオンライン相談サービスの運営・提供にも携わっている産婦人科医の重見大介先生にお話を聞きました。

つわりの原因の可能性がある成分発見⁉ 重いつわりとサヨナラできる可能性は?

妊娠するとつわりに悩まされる妊婦さんはたくさんいます。でもなぜ、吐きけや嘔吐、食欲不振などの不快症状が起こるのでしょうか。最近になって、「GDF15」という特定の成分がつわりに関連することを報告する論文が科学雑誌「Nature」に掲載されました。

――GDF15とは、どういうものなのでしょうか。

重見先生(以下敬称略) 今回は「Nature」に掲載された論文をベースにお話しします。GDF15は、ストレスによってつくられるサイトカインの1つです。

少し難しい話になりますが、サイトカインというのは、体の炎症にかかわるタンパク質で、免疫に関わっています。たとえば、「炎症」の原因となる代表的なものに「感染」があります。体内に細菌やウイルスが侵入すると、体に炎症が起こります。つまり、体内に悪者が侵入すると、サイトカインが分泌され、悪者をやっつけたり、炎症を抑えたりします。GDF15は、そのサイトカインの一種です。

通常、炎症などが起こっていない状態であれば、サイトカインが分泌されることはほとんどありません。たとえば加齢、激しい運動、喫煙、がんなど、何かのきっかけがあると分泌されるものです。今回の研究で、脳のなかの脳幹にある、タンパク質をキャッチする受容体にGDF15がくっつくと、吐きけを起こすことがわかったのです。

――それは、妊娠することが、体の「炎症」にかかわっているということでしょうか。

重見 これまでは妊娠することでGDF15の分泌が増えるわけではないと考えられてきましたが、今回わかったのは、妊娠して、胎児が発生し、胎盤がつくられることによってGDF15がたくさんつくられるということ。わかりやすくいうと、GDF15は、母体からつくられるのではなく、妊娠したことで新しく形成される胎盤などからつくられるということがわかったのです。

――ママにとって、胎盤や胎児は“異物”だから、それによって炎症が起こり、サイトカインであるGDF15が分泌されてしまう、というイメージでしょうか。

重見 まだ解明されていないことも多いですが、イメージとしては間違っていないと思います。実際、お母さん由来のGDF15と、胎児由来のGDF15の成分のどちらが多いかを比べてみると、約99%が胎児由来だと論文には書かれています。とくに妊娠初期の妊婦さんにかぎってみると、大部分が胎盤から分泌されていたものだったのです。

人間は自分の体にとって異物なものは排除しようとします。ところが、妊娠にかぎっては違います。お母さんにとって異物であるはずの胎盤や胎児を、決して排除することなく、ちゃんと子宮のなかで大切に守り育て、やがて出産します。人間の体は、本当に不思議ですね。

「GDF15」とつわりの関係について わかっていること

まだわかっていないことが多いGDF15ですが、具体的にどんなつわりの症状と関連しているのでしょうか。

――妊娠初期によくみられるつわりの症状のすべてに、GDF15はかかわっているのですか。

重見 まず、まだ詳細がわかっていないということをお伝えしたうえでいうと、今回の研究は、あくまでも「吐きけ、嘔吐、食欲が出ない」に焦点をあてたものです。これらの症状に関しては、GDF15の分泌と関連性があることがわかっています。

ですが、たとえば眠けが強い、だるい、食べ物の好みが変わる、なにか食べていないと気持ちが悪くなる(食べづわり)などの、それ以外の多くのつわりの症状については、今回の研究ではわかっていません。

――強い吐きけや嘔吐などが見られる「妊娠悪阻(にんしんおそ)」とGDF15の関連性はありますか。

重見 今回の研究では、通常のつわりと妊娠悪阻を比較した研究はしていません。つわりの症状として「吐きけや嘔吐、食欲が出ない」という症状について研究したものなので、その度合いとの関連性は言及されていません。ただ、GDF15がたくさん分泌されればされるほど妊娠悪阻になりやすい、といった可能性もあり得るのではないでしょうか。

――つわりの症状がまったくない人や、逆に妊娠中ずっとつわりの症状が続く人もいますが、そのあたりはどうなのでしょうか。

重見 それについても、今回の研究ではまだわかっていません。ただ、今後の研究によって、つわりの症状がない人の特徴や、つわりの症状として吐きけや嘔吐がずっと続く人の特徴などもわかってくるかもしれませんね。

今後はつわりの予防や治療ができる可能性も

今回の研究によって、妊婦さんを悩ますつわりに何か明るい未来はあるのでしょうか。

――GDF15との関連によって、つわりを解消する薬が開発されることはあるのでしょうか。

重見 今回の研究でいくつかデータの紹介がありました。特殊な血液の持病がある人はGDF15の数値が非常に高いことがわかっていますが、この持病がある女性が妊娠すると、つわりの症状が明らかに少ないことがわかりました。どういうことかというと、妊娠前のGDF15の高さとつわりの症状の軽さは、関連している可能性があるということです。同じことをマウスでも実験していて、妊娠前に注射でGDF15の数値を高くしておいたマウスは、食欲低下が明らかに減ったこともわかっています。

このことから、これからつわり予防に有効な薬が開発される可能性はあるでしょう。もちろん、薬ではなくても、妊娠前にGDF15の量を適度に増やす方法が見つかれば、つわりを予防することができるかもしれません。

――それが可能になったら、とても画期的なことですよね。そのほかにどんな可能性がありますか。

重見 つわりに対する誤解や思い込みがなくなるのではないでしょうか。私は産婦人科領域のオンライン相談を運営していますが、そこで、妊婦さんからつわりに関するご相談もいただきます。そのなかでときどき聞く話に、つわりに対する誤解や思い込みがいまだにあるのを感じます。

たとえばつわりの症状を訴えると、まわりから「我慢がたりない」「母親失格だ」「妊娠前の生活に問題があるのではないか」と言われるというのです。でもGDF15との関連が明らかになれば、このようなことも言われなくなり、つわりの妊婦さんにもっとやさしい社会になるかもしれません。

――そういう社会になるといいですね。最後につわりで苦しんでいる妊婦さんにメッセージをお願いします。

重見 今回の研究結果はとても画期的なことですが、残念ながら今すぐにつわりの予防薬や治療薬ができるわけではありません。実際のつわりの症状には非常に個人差があるので、まずはそのことを妊婦さん自身はもちろん、パートナーやまわりの家族にもわかっておいてほしいと思います。

つわりの症状でおなかの赤ちゃんに悪影響が出ることはありませんが、食事もできない、水も飲めないような状況であれば、必ずかかりつけの産婦人科医に相談してください。また、数は少ないものの、妊婦さんでも服用できる吐きけどめの薬もありますし、セルフケアとしてビタミンB6や、食材ではしょうがをとるとつわりの症状の軽減に役立つことが科学的にわかっています。自分でできることをしつつ、かかりつけ医と相談しながら、つわりを乗りきっていきましょう。

監修/重見大介先生 取材・文/樋口由夏、たまひよONLINE編集部

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今回の研究発表では、つわりのすべてがわかったということにはまだならないけれど、貴重な一歩であることは間違いなさそう。今すぐというわけにはいきませんが、将来的につわりのメカニズムが解明され、つわりを予防したり、軽減したりすることができるようになるといいですね。

●記事の内容は2024年2月の情報であり、現在と異なる場合があります。

重見大介(しげみだいすけ)先生

PROFILE
産婦人科専門医。公衆衛生学修士、医学博士。株式会社Kids Public産婦人科オンライン代表。大学病院の産婦人科で臨床を経験したのち、「女性の健康×社会課題」へのアプローチを活動の軸として、オンラインで女性が専門家へ気軽に相談できるしくみづくりや啓発活動、臨床研究、性教育などに従事。SNSなどでも医療情報を発信している。

『病院では聞けない最新情報まで全カバー! 妊娠・出産がぜんぶわかる本』

「妊娠・出産」をはじめ婦人科領域の正しいデータとエビデンスに基づく情報を厳選。女性の妊娠中の心身のケアや産後の回復など、女性の一生の健康によりそう本。男性にも読んでほしい一冊。
重見大介著/1650円(KADOKAWA)

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