直径0.8mmの極細ピンが“耐荷重1kg”という衝撃! 空スペースに好きなものを掛けられる「Pli」の秘密

+dの「Pli(プリ)」は、針金をコの字型に曲げただけのようなピンですが、耐荷重約1kgのウォールフックなのです。石こうボードの壁に0.8mmのピンを刺すだけなので、賃貸住宅でも問題なく使えます。
+d「Pli(プリ)」3個入り1100円(税込)。サイズは約W17×D0.8×H8mm、重さは約0.1g (1個)、ステンレス製。石こうボード、ベニヤ板、コルクに対応

+dの「Pli(プリ)」は、直径0.8mmのステンレスをコの字型に曲げた、とてもシンプルなピンです。 ただ、このピンは見た目こそ、変った形をした虫ピンなのですが、触ってみると、とても硬いことに気が付きます。このピンは壁に差し込むことで、フックになるのですが、その耐荷重は虫ピンのような細さなのに約1kgもあるのです。ジャケットくらいなら余裕で掛けられます。 つまり、この「Pli」はウォールフックなのです。プレスリリースには「シンプルを極めたステンレス製のフック型ピン」と書かれていますが、筆者的には「ピン型のウォールフック」と呼びたいくらいです。 使ってみると分かりますが、形にしても強度の持たせ方にしてもよく考えられていて、それがとてもシンプルな形に収められている、“名品”と呼べる製品なのです。 あまりに良くできていたので、「Pli」の開発者、デザインユニット・アカサキ ヴァンミュィーズの建築家でありデザイナーの赤崎健太さんに、その開発過程や発想について、お話を伺いました。 ロンドンを拠点に活動されている方だからというのもありますが、面白いのは日本での「壁活」ブームとは全く関係なく、しかし、コクヨの「壁につけるマグネット」と同じタイミングで発売されたということでした。

建築家だからこそ、小さいプロダクトもやりたかった

Pli(プリ)は、フランス語で「折り曲げる」という意味。1本の線を折り曲げて作られた製品にぴったりのネーミング

「日本の賃貸住宅だと、壁に釘を打ったり、穴を開けてネジで固定するといったことに制限がある場合が多いのですが、イギリスだとあまりその辺は厳しくないんです。 なので、ウォールフックなどは当たり前に使われていますので、Pliを考えるときに“壁に直に刺す”ということに関して、抵抗はあまりありませんでした。 ただ、やっぱりデザイナーの美学として、ギリギリのところを攻めたいというのはありました」と赤崎さん。 実は、この製品のアイデアは、赤崎さんが独立される前、建築事務所で働いている頃から考えていたのだそうです。 「建築事務所では普段、住宅などの大きなものを扱っていて、もちろんそういうものも好きですし面白いんですけど、小さい、プロダクト的なものも扱ってみたいなと思っていたんです。どうせやるなら、極端に小さいものをスタートラインとして考えてみたいというのがあって、そのときに、画鋲やピンが目につきました。 そうこうしているうちにコロナ禍になって、年で言えば2020年頃ですね。在宅勤務などで家の中で仕事をするようになったときに、意外と壁という空間を使えていないなということに気が付いたんです」と赤崎さん。 そうして、壁の使い方と画鋲やピンのような小さなものを作りたいという思いが合体して出来たのが、「Pli」のアイデアの原型だったそうです。それをアッシュコンセプトへ持ち込んで、一緒に開発することになったというのが、商品化への始まりです。

画鋲やピンの把手部分に別の機能を持たせたい

ピンは通常、針と把手から出来ている。その把手部分にも機能を持たせようというアイデアがPliの始まり

「画鋲やピンは、僕自身も建築事務所で壁に図面とかを貼るなどして使っていたんですけど、いろんな形はあっても、機能としてはどれも同じなんですよね。刺して貼るという。つまり、画鋲やピンというのは構造を簡単に言えば、針先と把手という2つから出来ているんです。 針は壁に刺す必要があって付いているんですけど、ほとんどのピンの把手部分は指先でつまむようにデザインされています。そこに、何かもうひとつ、つまむだけではないプラスアルファの機能を持たせられるのではと考えた結果、把手部分がフック形状のものになったという感じです」という赤崎さんの説明は明快で、とても納得できました。 「開発当初は、他にもいろいろな形状を考えていたんです。丸だったり三角だったり、それぞれが違う機能を持っていたんですけど、アッシュコンセプトさんと一緒に開発を進めていく過程で、四角だと他の機能も担えたりして、最初の製品としていいのではないかということになりました」と赤崎さん。 開発には、まずどんな形にするかということ以前に「1本の線を曲げる」ということにポイントを置いていたのだそうです。曲げ方によってさまざまな機能が持たせられるというのがアイデアの原点だったわけですね。

直径0.8mmのピンが1kgの重さに耐えられる理由

このように押しても簡単にはたわまない硬さが、Pliの大きな特徴

この形状と細さなのに、耐荷重約1kgが実現されているのにも複数のアイデアが使われています。ひとつは、この細さなのに、指で曲げようとしても簡単にはたわまない“硬さ”です。 「そのバランスというか現象がデザインとして面白いと思いました。見た目は繊細なのに実はとても硬くてすごく耐荷重もあるみたいなギャップが結構面白いかなと。もっとも、初期の段階から、そういう現象を狙ったわけではないんです。耐荷重は上げたいし構造はしっかりしたいということを考えていました」と赤崎さん。

Pliのおかげで、掛けたい場所に掛けたいものを掛けられるようになった。左は井上正治さんによる「ジャズマスター阿修羅」、右はキハラヨウスケさんによる「God Save The Queen ウクレレ」

壁を飾る商品を作るというより、掛けたいものが掛けられるということを重視したいというのが初期からのコンセプトだったのですね。 ただ、極限まで細くしたいというデザイナーとしての考えと、耐荷重を重視するという実用性は、相反する考え方。それを両立させようという考えはどのように生まれたのでしょうか。 「これは建築家あるあるなのかも知れません。建築って、なるべく柱は細くしたいけれど、しっかり地震にも耐えられるようにするということを普通に考える業界なんです。そういう発想がバックグラウンドにあったのかもしれません」と赤崎さん。 この硬さを実現しているのは、鉄は熱を加えると硬くなるという現象、日本刀などで使う「焼入れ」という手法です。 この製品の場合は、鋼材を曲げた後で、この熱処理が行われています。この方法自体は広く知られているものですが、赤崎さんがアッシュコンセプトや工場と打ち合わせする中で、結果的には、赤崎さんが考えていた以上の硬さを実現できたのだといいます。

このように、壁にピンの1辺が接地していることで、ピンが回りにくく、また耐荷重も高くなるように設計されている

また、耐荷重についてはその硬さだけでなく、コの字の形状も重要な要素になっています。 ピンをしっかり最後まで壁に差し込むことによって、コの字の1辺が壁に押し付けられ、それがフック部分に掛かる重さを分散させることでも耐荷重が増えるのです。 さらに、フックなので重さは下方向にかかるのですが、ピン自体は下向きにならず、モノを引っ掛けたときにピンが回りにくい形状なので、結果として抜け落ちにくいという利点もあります。

安心して使えるサイズとデザイン的な面白さの両立

Pliを2つ使って、タブレットやLPレコードも置くことができる。上部にもPliを上下逆につければストッパー的にも使える

「ピンのサイズは、一般的な住宅で壁に使われている石こうボードの厚みを基準に考えました。通常、12.5mmくらいのものが使われていますが、規格で決められている最薄のものが9.5mmなんです。 それで、最薄のものが使われていても大丈夫なように約8mmに設定しました。他の部分もそこに合わせて、上から見ても下から見ても同じ長さになるように設計しています。 フック部分の幅は、LPレコードやCDケースを置くことも想定しながら、大きさの美しさも加味して考えました。製品がもしあと3mm大きくなったら、それだけであの形の面白さはなくなってくるんですよ」と赤崎さん。 このあたりは、実際に作ってみて、使ってみながら、細かく調整したそうです。 「あと、フックの使い方を考えたときに、壁を楽しめるものにしたいという最初のアイデアに立ち戻ると、フック1個での使い方だけでなく、例えば2個組み合わせるとどうなるか、3個、4個ならという風に組み合わせでバリエーションが生まれると面白いんじゃないかと思ったんです。それで、棚のように乗せられるといった視点も入れてみました」と赤崎さん。 この複数使って、例えばLPレコードやタブレットなどを壁に設置することができるというのは、コの字型だからこそ実現できたこと。つまり当初から、こういう使い方も想定されていたということなのです。 また、コの字の端が折り曲げられていて、引っ掛けたり乗せたりするものが傷つかないようになっているのも、細かいけれど見事なデザインだと思いました。 「安全性もありますが、指や手が当たっても痛くないということも考えました。それに、デザイン的にもこういう形の方がロジカルで面白いんです」と赤崎さんが教えてくれました。

針先のキレイな円錐形は手作業によって実現

ピンも先端がキレイに円錐形になっているのは、手作業で削っているから

驚いたのは、このピンの先端の壁に刺す部分です。ここが尖っているのは壁への刺しやすさからだと思うのですが、この部分は実は手作業で研いでいるのだそうです。 「先端を尖らせるための道具を作って、1本1本、手で削っています。画鋲などでは、一般的には、機械で切断したりして作っているんですけど、それだと先にちょっと角が出たりするんです。それだと刺しにくいし美しくないので手で削っています。だから、キレイな円錐形になってるんです。 僕らとしては日本での初めてのプロジェクトだということもあって、日本の、メイド・イン・ジャパンのクオリティーを世界に発信できるものにしたいという思いがありました。なので、多少コストが上がったり、作業が大変だったりすることはあるんですが、何としてもこの円錐をキレイにしたかったんです」と赤崎さん。 実際、ここが開発で一番大変だった部分なのだそうです。

パッケージを開けると、こんな風に3本のピンが並んでいる

当初、この「Pli」は、とても面白い製品なのですが、ピンが3本で1100円(税込)というのは、かなり高いのではないかと思っていました。しかし、お話を伺っていると、その価格も当然なのだと理解できました。 また、赤崎さんによると、「ピンが3本だと思うと高いようですが、僕らにしてみれば、これは“ウォールフックが3つ”というつもりなんです。それなら1100円はとても安いんですよ」ということでした。 確かに、ウォールフックは1個で1000円以上するものが普通にあります。

日本発のプロダクトとしてロンドンの人たちにも好評

服も掛けられるけれど、ケーブルなど軽いものを掛けるのにも向いている。どう使うかは使い手のアイデア次第なのだ

「普通のウォールフック同様に使えるように、コートが掛けられるようにということは、最初から考えていました。ロンドンでは日本のような“壁活”の流行などはありませんが、ホームパーティーの文化があるので、家に入ってすぐの廊下にコートなどを掛けてもらうウォールフックが当たり前にあったりするんですよ。 そういう文化もあってなのか、僕の周りのロンドンの人たちは、みんな『Pli』を欲しいと言ってくれます。ピンタイプのウォールフックも製品としては売っていますが、ここまで細くて小さいものはないですし」と赤崎さん。 ウォールフックが一般的なロンドンでも、このデザインと機能のウォールフックは珍しいのだそう。それを、アッシュコンセプトとアカサキ ヴァンミュィーズ双方のポリシーとして、地場産業を盛り上げたいという思いもあって、日本国内の工場で作っています。 シンプルに見えながら、さまざまなアイデアと機能が詰まった製品だと言えるでしょう。

パッケージの裏面には、赤崎さんとフランス人デザイナーのAstrid Vanhuyseさんによるデザインユニット・アカサキ ヴァンミュィーズの紹介と、彼らからのメッセージが印刷されている

「僕らのモノづくりのコンセプトとして『モノを使いながら試行錯誤する楽しさを感じてもらいたい』というのがあるんです。 なので、どう刺すと壁に刺さりやすいかとか、何を掛けようか、どう使おうかといったことをこちらから指定するのではなくて、そこでの作る側と使う側の対話を楽しみたいんです」と赤崎さんは言います。 強度や構造はしっかり作られているから、そこは安心して、あとは好きに考えて使える、そういう新しいタイプのインテリアとも言えそうです。

納富 廉邦プロフィール

文房具やガジェット、革小物など小物系を中心に、さまざまな取材・執筆をこなす。『日経トレンディ』『夕刊フジ』『ITmedia NEWS』などで連載中。グッズの使いこなしや新しい視点でのモノの遊び方、選び方を伝える。All About 男のこだわりグッズガイド。 (文:納富 廉邦(ライター))

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