「新潟国際アニメーション映画祭」で来日のノラ・トゥーミーに聞く!アカデミー賞常連監督は日本アニメをどう観る?「『君たちはどう生きるか』は世界に対するギフト」

第2回新潟国際アニメーション映画祭

3月開催! 第2回新潟国際アニメーション映画祭

アイルランドのキルケニーにあるアニメスタジオ<カートゥーン・サルーン>で、アカデミー賞にノミネートされた『ブレンダンとケルズの秘密』(2009年)や『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(2014年)、『ウルフウォーカー』(2020年)をトム・ムーアとポール・ヤングと共に手掛け、高い評価を得てきたノラ・トゥーミーが、間もなく開催される第2回新潟国際アニメーション映画祭の審査員長として来日する。

監督作『ブレッドウイナー』(2017年)でアカデミー賞やゴールデングローブ賞にノミネートされ、アヌシー国際映画祭では最優秀インディーズ長編映画賞、観客賞、審査員賞などを受賞しているノラ。現在もNetflixで、ルース・スタイルズ・ガネットの絵本にインスパイアされた最新作『エルマーのぼうけん』(2022年)が配信中だ。

アニメーション映画の監督であり、プロデューサー、編集者、脚本家、プロダクション・アーティスト、ボイス・ディレクターでもある彼女に、映画祭の意義、思い出、そして第96回アカデミー賞の予想などをうかがった。

「新潟で観る映画が、どんなポジティブな効果をもたらしてくれるのか楽しみ」

―新潟国際アニメーション映画祭では、旧友に会うのを楽しみにしているとおっしゃられていますが、ご友人とはどなたですか?

新潟では特に、一緒に審査員を務めるお2人に会うのを楽しみにしています。まずマイケル・フクシマさん(※NFBアニメーション・スタジオ代表)。彼とは、アヌシー国際アニメーション映画祭で初めて出会いました。彼は、とても有能なプロデューサーで、非常に古い友人でもあります。毎年アヌシーでお会いすることを楽しみにしていますが、今年は新潟でもお会いできるのを嬉しく思っています。アニメーションを本当に愛してやまない方で、アニメーションの理解者。ユーモアのセンスも抜群なんです。

もう1人が、<スタジオ地図>の齋藤優一郎さん。カートゥーン・サルーンは以前、細田守監督の『竜とそばかすの姫』にデザインワークとして参加させてもらいました。そういうこともあり、今回、また齋藤さんにお目にかかるのを楽しみにしているわけです。

―フクシマさん、齋藤さんと、3人での審査にどのように臨みたいと思っていますか?

非常に良い質問です。というのも、たくさんの多様なアニメーションのなかから選ぶのは非常に難しい作業だからです。ある作品は映像がとても美しく、ある作品はとても重要なテーマを描き、別な作品は技術の素晴しさが突出している、と評価したい部分もそれぞれに異なる。映画祭で上映される作品は、選ばれた時点で素晴らしい作品であることは自明の理。それらを3人のバックグラウンドの異なる審査員が選ぶとき、良い評価がなされるのは、感覚に訴え、感動させるという点で共通する作品になるのかと思います。最優秀賞に選ばれるのは、映画館を出た後も記憶が消えない、考えさせる作品だと考えます。

―今回は審査する立場ですが、トゥーミーさんご自身も作品を携え、これまでもさまざまな映画祭に参加されてきたと思います。トゥーミーさんにとって映画祭とは、どういう場所、存在なのでしょう?

映画祭は、どんな人にとってもウェルカムな場所だと考えています。映画の知識がまったくない人、反対に映画好きでさまざまな分野に詳しい人、監督や関係者に会いたい人、いろいろな目的の方が、映画を見るために集まった空間であると思うだけで、エキサイトします。新しい友人を作り、皆さんとともに映画を楽しむ。そういったところが映画祭を特別な場所にしている。今回、新潟で観る映画が、どんなポジティブな効果をもたらしてくれるのか楽しみです。

「いくつ賞をもらっても『アニメを作るのが好きだから』という初心に立ち戻る」

―参加された映画祭で、特に印象に残っているところは?

やはり初めて参加したフランスのアヌシー国際アニメーション映画祭です。世界最大のアニメーション映画祭であり、世界各国の作家が、短編、長編、さまざまなジャンルの作品を携えて参加します。そんな映画祭の会場で、非常に多くの観客とともに自分の作品を観た経験は、忘れられない記憶となりました。プロデューサー、監督、アニメーターのどんな立場で関わったとしても、新しい作品を初めて観客に見てもらうときの緊張は、心の中に強く残るものなのです。

―ご自身のキャリアについてうかがいます。アニメーションの作家になる前に、少女時代に一度、仕事に就き、働きながらアートを学んだと聞いています。アニメーション作家に至る経緯を教えてください。

15歳のとき、父が亡くなり、ひどい喪失感を味わったため、私は進学する気になれず、学校を離れました。アイルランドでは義務教育は15歳まででしたので。もう1つ、その当時のアイルランドの教育システムは、アートに対してあまり機能していなかったため、あえて進学を選ばなかったのです。私は工場の野菜を扱う部門で働きましたが、労働時間は長いし、全くもってクリエイティブな場所ではありませんでした。そこで長い時間勤務するには、刺激が必要です。そのため私は、作業をしながらイマジネーションを働かせるようになりました。

積極的にやっていたのは、物語を最初から最後まで作り上げるということ。まあ、イマジネーションのトレーニングですね。そうこうするうちに学費が貯まったので、バック・トゥ・スクール。アートスクールに進学しました。それが20代の初め。最初は、アニメーションで自分のキャリアを築くことになるとは思いもよらず、画家になるためにファインアートを勉強していました。ところがそうしているうちに、カートゥーン・サルーンを一緒に立ち上げたポール・ヤングやトム・ムーアと出会い、アニメーションにのめり込んでしまったのです。3人でカートゥーン・サルーンを設立したとき、ここが本当の我が家、ホームだと感じました。

―カートゥーン・サルーンを作るに至るまでの話を少し教えていただけますか?

大学時代、2人に出会ったとき、トム・ムーアはすでに自分が監督するためのアニメーション作品のアイデアを持っていました。私やポールは、休み時間に大学の芝生に座り、よくトムの構想を聞きました。話し合ったあとはコンセプトアートを描いたり、ストーリーに肉付けしたり、実質的な作業も進めていました。卒業後、私はダブリンで働いていたのですが、アニメーション制作会社を設立することになり、現在カートゥーン・サルーンがあるキルケニーに3人で小さな部屋を借りたわけです。

コンピューター1台、でも紙はたくさんある(笑)、という状態からのスタート。会社を経営する知識も、経験もない状態で始まったので、その後さまざまな困難がカートゥーン・サルーンを襲います。私たちがそれを乗り越えることができたのは、全員がアニメーションへの愛を持ち、クリエイティブなことをするのが大好きだったから。その後、いくらノミネートされたり、賞をもらっても、「自分たちがアニメーションを作っているのは、アニメーションを作るのが好きだから」という初心に立ち戻るようにしています。

「『君たちはどう生きるか』は私たちに喜びを与えてくれる、世界に対するギフト」

―先ほどうかがった工場で働いた経験は、『ブレッドウイナー』の少女のキャラクターを生み出したり、最新作の『エルマーのぼうけん』の原作童話には描かれない部分を補足したりと、ストーリーテリングのプラスになっていると思うことはありますか?

子どもの頃の経験や子どもの目で捉えた記憶は、必ず作品に影響を与えているし、意味があると感じます。 『ブレッドウイナー』は残念ながらどこの世界でもかつて起きていた、自由に生きることができない女性の物語。私の母親は60年代に結婚しましたが、当時のアイルランドには結婚すると公の仕事に就くことができないという決まりがあったそうです。またカトリックの教義も、家長は女性を支配することができる存在でした。現在とは異なり、家族や国が女性の自由を奪っていた過去があり、それは『ブレッドウイナー』の主人公の女の子を描くときに影響を与えたと思います。

キャラクターと自分との共通点を探すことは、作品作りにおいて非常に大切なプロセスです。自分との接点を見つけ、どうテーマと向き合うのかという点で、『ブレッドウイナー』は非常に作るのが難しい作品でした。参考にさせていただいたのは、高畑勲監督の『火垂るの墓』。とても影響を受けた映画でもあり、紛争のなかでの子どもの成長や、紛争自体を見据える目など、困難な状況で生きていくのがどういうことなのかを理解させてくれました。本当に感謝しています。

―子どもの目線のバランスと、その物語の深さが、絶妙で素晴らしい作品です。まもなくアカデミー賞の授賞式があります。トゥーミーさんもノミネーションされた場所です。日本からは『君たちはどう生きるか』が長編アニメーション部門にノミネートされています。同作品への感想、アカデミー賞でのエピソードや予想などがあれば教えてください。

素晴しい作品を届け続けてくださるスタジオジブリ。宮崎駿監督、高畑勲監督は、本当に素晴らしいクリエイターだと思っています。『となりのトトロ』のように小さな子どもが夢中になって観る作品もたくさんありますし、『君たちはどう生きるか』のような考えさせる作品も。私は2人の息子と一緒に観に行きましたが、その美しい世界にトランスポートしたような感覚を憶え、心を揺さぶられました。今年の日本の作品にはほかにも『すずめの戸締まり』や『BLUE GIANT』など素晴らしい映画がたくさんありました。豊作ですよね。

私がアカデミー賞のノミネート作品のどれに票を投じるかはもちろん言えませんが(笑)、記者さんや評論家からは、『君たちはどう生きるか』か、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』などという話が聞こえてきます。ただアカデミー賞にノミネートされているだけで素晴しいことですし、観客の心を掴んだという証。そこに関しては、宮崎監督も誇りに思われているんじゃないかと思います。『君たちはどう生きるか』は私たちに喜びを与えてくれる、世界に対するギフトだと考えています。

―最後に、アニメーション作家を目指す若い方々にアドバイスをいただけますか?

もし「あなたにはできない」というようなことを言う人がいたら、絶対にそういう人のアドバイスには耳を傾けないでください。私たちがここにいるのは、そういう人々の話を聞かなかったからなので(笑)。あとはたくさん描くこと。そして時にペースダウンして、人々を観察し、彼らの話を聞くこと。人を深く知ることは、演出には必須ですし、狭い思考を変えてくれます。もうひとつ、間違えることを恐れないで。そこから学べばいいのであって、こう描きたいという情熱と、人の話を聞くことを、慢心することなく、それに向かって一生懸命やってみることが大事だと思います。

―ありがとうございました。どうか日本、新潟、そして映画祭を楽しんでください。

第2回新潟国際アニメーション映画祭は2024年3月15日(金)から3月20日(水)まで新潟市で開催

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