Vol.75 ドローン捜索の効果を高めるAIノイズ抑制技術[小林啓倫のドローン最前線]

ドローンの騒音問題

さまざまな活用が進むドローンだが、より多くの場所や用途で使われるようになるためには、まだまだ乗り越えなければならないハードルが残されている。そのひとつが騒音問題だ。

少し前の研究になるが、米NASAの実験によれば、人間はドローンの騒音を地上を走るさまざまな車両の騒音よりも煩わしく感じるそうである。これは2017年に発表された「Initial Investigation into the Psychoacoustic Properties of Small Unmanned Aerial System Noise(小型無人航空機システム騒音の音響心理学的特性に関する初期調査)」という論文の中で解説されているもの。それによると、彼らは米国内のさまざまな場所において、ドローンと道路を走行する車両が立てる騒音を収集し、それを38人の被験者に聞かせて、迷惑度を数値で評価してもらった。その結果、たとえ同じ音量だったとしても、被験者たちはどの地上走行車両より、ドローンが立てる騒音の方が迷惑だと感じるという結論が得られた。

他にもいくつか同様の研究が行われているのだが、いずれも同じように「ドローンの方がうるさく感じる」という結果が出ている。その理由として、高周波の発生など単なる音の大小ではなく、質的な違いも指摘されており、ドローンの騒音問題の解決は一筋縄ではいかないことが把握されつつある。

実際に、機体の形状を工夫するなどして、ドローン自体があまり騒音を起こさないよう改善する取り組みも進められているが、決定的な解決策が登場するまでには至っていない。

特に問題なのは、ドローンの用途として大きく期待されている、自然災害や大規模事故の現場における、被災者・被害者捜索の場面での騒音だ。低高度から現場全体を見渡せるドローンは、それだけ被害者を視覚的に発見する可能性を高めるが、逆にその騒音によって、被害者の助けを呼ぶ声など、聴覚的なサインをかき消してしまうリスクを生む。

実際に、東北大学の田所諭教授は、「特に有人ヘリやドローンでは、プロペラや風による騒音が大きく、地上から呼ぶ人の声を聞くことは、これまでは非常に困難だった」と指摘している。

この問題に対し田所教授は、特殊なマイクロホンアレイ(複数のマイクを平面上に配置することで、特定の音の発生位置を推定したり、特定の方向からの音のみを拾ったりすることを可能にする装置)をドローンに搭載することで、ドローンの騒音下でも人間の声を確認しやすくする技術を開発している。

この技術は「ドローンが耳を澄まして」要救助者の位置を検出するというタイトルでデモ動画が公開されているのだが、まさに「耳を澄ます」という表現がぴったりだろう。

AIでドローンのノイズ以外を聞き取る

マイクロホンアレイでドローンの騒音を乗り越えるという発想は、捜索用ドローンの可能性を大きく広げるソリューションのひとつと言えるだろう。ただ物理的な装置が必要なだけに、この仕組みを搭載できるドローンには制限が生まれることが予想される(もちろん技術の発展によりマイクロホンアレイ自体が小型化することも考えらえるが)。

これに対し、新たな発想で騒音に対処しようという研究が、芝浦工業大学の研究者らによって進められている。彼らが手掛けているのは、捜索救助ドローン向けの先進的な「AIノイズ除去システム」である。

芝浦工業大学の発表によれば、このシステムでは、AI技術のひとつである「GAN(Generative Adversarial Networks:敵対的生成ネットワーク)」を用いて、ドローンのプロペラ音と類似した音を作り出す。

そしてその音を、ドローンの機体に搭載されたマイクが飛行時に周辺から拾った、実際の音から差し引く。この「引き算」をすることで聞きたくない音だけを取り去り、ドローンの操縦者が人の声をより鮮明に聞けるようにするという仕組みだ。

「AIノイズ抑制技術」の概念(芝浦工業大学ウェブサイトより抜粋)

研究者らはこの技術を使い、実際のドローンを使ってテストを実施。UAVが発するノイズの除去と、人の声の増幅において、有望な結果が得られたとしている。まだ若干のノイズが残るものの、現状の性能でも実際の災害現場での要救助者の検出において、このシステムは十分に機能するとのことだ。

この技術であれば、捜索活動に使用されるドローンの機体側に、物理的なカスタマイズを加える必要がない。また「マイクが拾ったさまざまな音の中から、人間の声のように聞こえるものだけを増幅させる」というアプローチと異なり(この場合、ドローンの騒音だけでなく他のノイズも含まれるデータの中からピンポイントで人間の音声を特定しなければならない)、ドローンの騒音だけを「引き算」できるため極めて効率が良い。

芝浦工業大学の研究者らはさらなる改良を進めており、システムの有効性の向上に取り組んでいる。「耳を澄ませる」ドローンや、「ドローンの騒音を聞き流す」AIが普及することで、ドローンによる災害救助活動の可能性は大きく開かれることになるだろう。

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