「からかい上手の高木さん」好きすぎて、小豆島に「永住考えています」 聖地移住に自治体も期待

「からかい上手の高木さん」のヒロイン・高木さんのイラストがラッピングされたフェリーを前に、移住したきっかけについて話す熊本さん(香川県土庄町・土庄港)

 アニメの舞台となった地域を旅する「聖地巡礼」。さらに一歩進み、その舞台に移住した人たちがいる。「聖地移住」と呼ばれ、ファン約100人が住むと推定される町も。作品で地域を知り、通い、職を見つけて住む。地域の魅力を発信する人も多く、人口減少に悩む自治体も注目している。

 瀬戸内海に浮かぶ香川県の小豆島。オリーブの木々の間を歩きながら、「収穫期の秋は忙しい時期です」。熊本康太郎さん(27)は笑顔を見せた。2022年3月に小豆島の土庄(とのしょう)町に移住し、オリーブ園を経営する農業法人で働く。「5年前まで行ったことすらなかった島ですが、今は永住を考えています」

 熊本さんが小豆島を知ったのは、岡山大学農学部3年生だった2018年1月、見始めたテレビアニメ「からかい上手の高木さん」がきっかけだった。島の中学を舞台に、主人公の男子生徒・西片(にしかた)と同級生のヒロイン・高木さんの日常を描いた漫画原作の青春ラブコメディーだ。

 「アニメは中学生の頃から見ていましたが、巡礼どころか、グッズを買うこともなかった。でも、『高木さん』は『DVDを買わねば』という気持ちになりました」。はまった理由を「高木さんがかわいいのが大前提なのですが、西片もいいやつで、2人の関係性を見守りたい気持ちがわき上がったから」と話す。

 舞台が小豆島と知り、初めて訪れたのは、第1期の放送が終わって5カ月後の18年8月。当時、熊本さんは大学で実験を繰り返すハードな日々を送っており、「深夜の実験室で『高木さん』のDVDを見るのが唯一の救い。自宅からバスとフェリー1本で島へ行けると分かり、行ってみようと」。高木さんと西片が通学する場面で描かれた住宅街を島で見つけた時は、「ここを2人は毎日歩いているのか」と街並みを見るだけで感動した。

 景勝地「エンジェルロード」などの聖地を一巡しても、心は、帰るとまた島に行きたくなる「島ロス」状態に。翌年、大学を卒業し、岡山県内で就職したが、島を毎月訪れる生活を続けた。やがて「小豆島に住むのも面白いかも」と思うように。島民との交流や島のオリーブ栽培に興味があったことも心を動かした。

 移住に踏み切ったのは22年3月、土庄町にアパートを借り、農業法人に再就職した。法人の経営者とは加工品の購入を通じて知り合いで、面接では「えっ!移住するの」と驚かせたという。

 現在、熊本さんはオリーブ園で収穫や管理を担う。朝7時45分出勤で8時間労働。休みも多い。移住後も「高木さん」に登場した場所が特別なのは変わらず、ファンを案内したりもするが、今は、島の山に登るなど「もっと島を楽しんでやろう!という気持ちで生活している」。

 小豆島を訪れる「高木さん」ファンは増えている。22年の夏祭りには、声優を招いたイベントに島外から約1500人が訪れた。島中のホテルと旅館の宿泊予約が埋まるほどで、島中に「高木さん」効果を知らしめた。

 熊本さんによると、島に移住したファンは少なくとも3人おり、移住の相談を受けることもあるという。「『高木さん』がきっかけで移住したことは自分でも誇りに思っています」と言い切る。

▽自治体も期待

 「熊本さんを知った時、ついに『高木さん』で移住する人が現れたか、と思った」。土庄町の移住政策を担当する企画財政課の井口拓也主事は振り返る。小豆島の総人口は小豆島町と合わせて約2万5000人。2010年の約3万1千人から6千人減った。両町は家賃を最大月2万円補助するなど移住を推進し、近年は20~30代を中心に年400~500人が移り住む。

 小豆島への移住が増えた転機は、2010年から始まった「瀬戸内国際芸術祭」だ。「芸術祭で小豆島を観光して移住を考えるようになった人が多い。アートやアニメといったコンテンツが移住の入り口になっていると実感している」(井口主事)と、土庄町は今後に期待する。

▽島は「誇り」

 記者が熊本さんに会ったのは11月初旬。インタビューは昼すぎに終わったが、彼は「エンジェルロード」など聖地4カ所をガイドし、昼食時は名物「生そうめん」の店に案内してくれた。熊本さんはあちこちで島民から「熊さん」と声をかけられ、彼が地域とどんな関係を築いてきたかが、うかがえた。

 「最後にとっておきの場所に案内します」。そう言った熊本さんと夕方に落ち合ったのは、「高木さん」で登場した砂浜。沈む夕日を眺めながら、彼の「誇り」という言葉を私は思い出していた。熊本さんにとって、小豆島もまた、彼の誇りになったのだと、帰路に思った。

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