大学理工系学部入試「女子枠」の効果と課題

大学理工系学部入試「女子枠」の効果と課題

山田進太郎D&I財団は2024年3月7日、文部科学省にて記者会見を実施し、理工系学部の大学入試における「女子枠」の実態調査について発表した。

山田進太郎D&I財団は、メルカリ創業者である山田進太郎氏によって、誰もが自身の能力を最大限に発揮できる社会の実現へ寄与することを目的として2021年7月に設立された。

メルカリ社内では、ダイバーシティ&インクルージョンを推し進める中で女性エンジニア獲得の難しさという壁に当たったという。エンジニア採用マーケットに女性がいなかったのだ。誰もが好きなことができる社会を目指す当財団は、理工系への進学を諦めてしまう女性を減らすため、高校の文理選択時に理系を選んだ女子生徒が受け取れる「STEM(理系)女子奨学助成金」の給付を実施。2035年にSTEM分野の大学入学者女性比率をOECD平均並みの28%にすることを目標にする。

現状、日本で自然科学、数学、統計、機械、工学、建築などのSTEM分野に従事する女性割合はOECD諸国で最低だという。そんな中、2023年度入試から理工系の大学入試における「女子枠」が急速に拡大し、関心を集めている。

当財団では2024年1月~2月、理工系学部で「女子枠」を導入している全国の大学を対象にアンケートを実施。「女子枠」導入の背景や目的、応募状況や期待された効果とその実現度などを聞いた。また、一部大学に対してはその具体的な取組みや結果について聞き取り調査も行った。

本会見では、第1部で「アンケートから読み解く、24大学の『女子枠』制度の現在地と展望」と題してこの調査結果を発表。第2部では、文部科学省 高等教育局大学教育・入試課大学入試室長の平野博紀氏、大分大学理工学部共創理工学科准教授の信岡かおる氏、九州大学理事、旭化成社外取締役の前田裕子氏が登壇し、省庁、大学、企業という3つの観点から「女子枠」に関する話題提供が行われた。

「女子枠」入試が拡大

アンケートには、「女子枠」入試を導入している40大学のうち24大学が回答した。回答のあった大学のうち9割弱が23年度以降の導入であることからも、「女子枠」が昨今拡大しつつあることが伺える。

各大学での「女子枠」導入の背景には、産業界からの需要を含めた社会的ニーズ、教育や研究環境の多様性と質の向上、ジェンダーギャップの解消とダイバーシティの推進、の大きく3つがあると財団でマーケティング/政策提言・調査を担当する大洲早生李氏は語る。

「産業界としても、理系分野の女性比率を増やしていきたい」と、工学部出身でまだリケジョという言葉もない時代から理系の分野で活躍してきた前田氏。「現状あまりにも女性の人数が少ない。まずはパイを増やすことが重要。『女子枠』という方法が良いかどうかの議論はあると思うが、ある程度比率が増えるまではこういった枠を設けることもありなのではないか」と「女子枠」の広がりに賛同した。

平野氏は、「女性に限らず多様な価値観の人が集まり、新たな価値を作っていくことが重要。『女子枠』は、各大学がキャンパスの多様性を高めることができると考える者を対象とする選抜」と文科省の考え方を説明。「一般入試とはまったく別のものとして捉えるべき。大学に多様性をもたらすことができる選抜方法を検討してほしい」と話す。

「女子枠」導入で女子比率は10~30%へ

では、「女子枠」導入の効果は出ているのだろうか。アンケート結果によると、「女子枠」への応募状況は、非公開等の5大学を除く19大学中12校で定員と同数あるいは上回る結果となった(定員を下回った大学は導入初年度)。

2020年度入試以前に「女子枠」を導入した大学では、女子学生比率の向上に一定の効果が見られた。工学部女子学生比率が8年で10%から15%に向上した大学もあるという。2023年度入試からの導入が9割弱ということもあり回答数は多くないが、導入済み大学における女子比率は10~30%となっている。

「女子枠」という取組みが注目を浴びて男子学生が増えるケースもあり、理工系の学部全体としても活性化につながってるという。今後については100%の大学が継続すると回答。すぐに飛躍的な効果が現れるものではないが、各大学がポジティブに捉えていると言って良いだろう。

信岡氏が准教授を務める大分大学でも今年度から女子枠入試を実施し、定員を超える志願者があったという。広報活動に協力してくれた女子学生も多く、男子学生からも否定的な意見はなかった。教員の期待も大きく、大学として「女子枠」を前向きに評価している。

導入にあたっては、従来の広報活動に加え、オープンキャンパスで女子学生がPRしたほか、トイレの改修、パウダールーム設置といったハード面の整備を行った。さらに、入学後のサポートや学年を横断した女子学生同士の交流機会を設けるなど、ソフト面の整備も進めてきた。

アンケート結果でも、ハード面ソフト面ともに女子学生の受け入れ体制の整備が進むことは「女子枠」導入の副次的効果としてあげられた。

「逆差別」への懸念など否定的な声も

このように、導入した大学からは一定のポジティブな評価が得られた一方、導入にあたって一部「逆差別」への懸念など否定的な声があったという回答も見られた。

平野氏は、なぜ「女性枠」を設けて女性の入学者を募集するのか、合理的な理由の説明ができることが重要だと指摘。また、「どんな人に入学してほしいのか、入学後にどんな力を発揮してほしいのかをしっかり定義する必要がある。発揮してもらいたい能力をどう評価するかを踏まえて、選抜方法を決めるべき」と話す。学部の枠を超えて合同で選抜試験を行う例もあるようだ。

アンケート結果によると、現状の選抜方法としては、進学後、あるいは社会に出て何をやりたいかに重点を置き、「意欲」を見るものが多いという。

前田氏は、女性の強みとしてコミュニケーション能力の高さをあげる。「技術がわかったうえで、各所と円滑なコミュニケーションが取れることは強みになる。技術営業やマーケティング、産学連携プロジェクト等、活躍の場はさまざま」と話す。

平野氏によると、実際、前述の意欲に加えてコミュニケーション力を問う試験も多いようだ。

アンケートでは、導入時の難しさとして、入試における選抜方法や評価方法、合否判定基準の検討をあげた大学があった。また、入試の評価基準やプロセス改善も今後の課題としてあげられた。今後、「女子枠」がさらに拡大していくにあたり、重要なポイントになりそうだ。

入試制度の目的や必要性の認知が必要

「女子枠」の定着や拡大に向けて、「認知」に課題感をもつ大学も見られる。

大学のWebサイトやパンフレットはもちろん、SNSやオープンキャンパス、高校に出向くなど、各大学でさまざまな広報活動が行われていることもアンケートからわかった。大洲氏は「女子枠」の存在を知ってもらうだけでなく、「女子枠」という入試制度の目的や必要性を社会に伝えていく必要があると指摘。また、「保護者の理工系学部に対する不安や思い込みを払拭することも必要」と話す。

信岡氏によると、理系女子生徒の進路相談の相手として圧倒的に多いのは母親だという。母親世代に理系女性は少ない。実際に「医療系など国家資格のない理系に進んではだめ」とアドバイスする母親もいるようだ。

加えて、理系への進学を希望していても、学校の先生から文系を進められるケースもあるそうだ。保護者だけでなく、高校の先生の理解も得ていく必要性も指摘された。

今回は「女子枠」という大学入試の選抜方法がテーマではあったが、保護者や先生からの理解を得て晴れて希望どおりに理系に進むことができた女性が、どのようにそのキャリアを進めていくのかも気になるところだ。

平野氏は、「入学後にいかに女子学生の意欲をキープできるかも重要。長い目をもって各大学で効果的に入試を実施してほしい」と指摘。

ロールモデルと環境整備が重要

信岡氏はロールモデルの重要性をあげた。信岡氏の研究室では大学院生の半数は女性。「女性教員の存在があることで、女子学生が安心して進みたい分野に進める」と話す。

「海外では『リーキーパイプライン』が問題視されている」と大洲氏。理工系の女性が大学、大学院、社会と進むにつれて、キャリアを諦めたり文系に流れたりするなど、比率が減っていってしまう現象だ。日本ではまだキャリアの入口に立つ女性を増やす段階だが、その先には同様の問題が想定される。大学入試という入口だけでなく、その先も見通して子育てとの両立などを含めて環境整備が重要になるだろう。

記者会見は、大洲氏の「性別に関わらず誰もが好きなことをやっていくことができる社会を目指したい」との言葉で締めくくられた。

中村真帆

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