ナイツ・塙「漫才協会の芸人は苦労してるから面白い」

関東を代表する実力派漫才師であるナイツの塙宣之が映画監督デビュー。2023年に一般社団法人漫才協会の会長に史上最年少で就任して以来、協会所属の芸人たちやホームグラウンドである「浅草東洋館」の魅力をYouTubeなどで発信し続けてきたが、その集大成とも言えるのが『漫才協会 THE MOVIE 〜舞台の上の懲りない面々~』だ。

2024年3月1日に公開されたこの映画は、インタビューを中心に展開される芸人たちの物語で、彼らの持つ“業”を巧みに描いており、笑いと共に爽やかな感動も呼び起こす作品に仕上がっている。見応えのあるヒューマン・ドキュメンタリーになったのは、やはり塙自身が他の芸人たち、そして漫才をリスペクトしているからだろう。ニュースクランチ編集部が、愛と敬意があふれる映画の制作秘話をインタビューした。

▲塙宣之(ナイツ)【WANI BOOKS-“NewsCrunch”-Interview】

やめられなくなってしまった芸人の末路を見て

――映画監督の仕事が決まったときの心境を教えてください。

塙宣之(以下、塙) 2年ぐらい前に「やりますか?」みたいな話になって。ちょっと面白そうだなって思いましたね。僕は漫才師ですけど、漫才って歳を取るとだんだん作れなくなってくるんです。特に題材がないと作れなくなるので、そのためにいろんな経験をしたほうがいいと考えていたんです。

役者としてドラマに出たときも、すごく勇気がいったんですけど、映画監督っていうのもかなり勇気がいりました。でも、その経験も漫才にして、あとから活きてくれば面白いかなって。

――この映画にはベテランから新人まで、いろいろな浅草芸人が登場しますが、それぞれの芸人さんの持つ、どうしようもない「業」が表われているのが印象的でした。浅草芸人のどのような部分を伝えたかったんでしょうか?

なんで浅草芸人が東洋館にずっと立つのか、ということを考えてました。東洋館以外の場所でやったっていいわけですよ。でも、やっぱり浅草がいいっていうことは、浅草の町自体にパワーがある。そして、東洋館の舞台がパワースポットみたいになってて、ここで漫才をやることで、もしかしたらお客さんよりも芸人自身が元気になってる気もする。それを(出演している芸人に)聞いてるので、映画を見てもらえると、そのあたりがわかってもらえると思ってます。

――それは塙さん自身も舞台に出るたびに感じてることなんですか?

そうですね。“今日は東洋館に行くのめんどくせえな”とか思うこともあるんですよ(笑)。僕の家は練馬なんで、舞台で漫才をやる15分のために1時間半かけて行くのって、めんどくさいじゃないですか。だけど、やっぱり漫才やって終わったときに、なんか元気になっている感覚をすごく感じるんですよね。

▲初監督作品『漫才協会 THE MOVIE 〜舞台の上の懲りない面々~』より

――今回、塙監督としてはどういったことをされましたか?

(映画にするには)1つのテーマを持ったほうがいいのか、それとも何もないほうがいいのか。いろいろと試行錯誤したんですけど、最終的には『舞台の上の懲りない面々』っていうことで、“やめられなくなってしまった芸人の末路”を見ていただけたら(笑)。

――「末路」だなんて、まだ終わってないですから(笑)。皆さん、まだ生きてます。

あ、まだ生きてます?(笑) そうですね、漫才中毒の人がやめれなくなって来てる、施設のドキュメンタリーみたいな感じですよね。なんとかやめさせたいんですけど、みんなやめてくれないというね。

“やめられる”人のほうが社会で通用したりするんですよ。芸人をスパッとやめて、サラリーマンで活躍してる人もいるんでね。ま、僕らも含めて、やめない人はいつか必ず大逆転するんじゃないかと思ってるんですね。それがやっぱり面白くて。今は停滞していても、いずれ上向くんじゃないかって夢を見てる。

――映画でフィーチャーされている芸人さんたちは、ものすごいドラマを持っていますけど、200人以上いる漫才協会の芸人さんのなかから、どういう基準で選んでいったんですか?

映画とかドキュメンタリーにするときには、非日常的な人じゃないとインパクトが残らないだろうなって考えたので、我々の業界のなかでも相当インパクトがある人たちを選びました。

みんなで団結して寄席で勝つしかないんですよ

――塙さんは東洋館で初めて舞台に立った日のことを覚えていますか?

最初に舞台に立ったのは2002年。正直、なんのネタをやったのかとかは全く覚えてないです。当時の持ち時間は15分だったんですよ。だから、5分ネタみたいなのを3本ぐらいやったっていうのは覚えてますけど。お客さんが5~6人とかで本当に少なくて、誰も聞いてないとこでやった、というのは覚えてます。

――映画では“漫才協会とは?”ということを、とても丁寧に説明なさっていますよね。小泉今日子さんと相方の土屋さんのナレーションを入れて、初心者にもわかりやすいようにという配慮が感じられました。

最初、思いっきり振り切って「企業のPR動画みたいにしようか」って案もあったんです。“漫才協会とは〜”というのを説明するみたいな。やっぱり協会のことを知ってほしい、入ってきてほしいという気持ちもあるので、そこは丁寧にやったというか。今の漫才協会の若手に向けて、我々の業界や歴史ってこうなんだっていうのを、ちゃんと紹介したいなと思ったんです。

▲「今の漫才協会の若手に向けて、歴史を紹介したかった」

――芸人の世界は縦社会なイメージがありますが、これまで、そういうことを若手に伝える機会はなかったんですか?

知らなくてもいいことですからね。興味があるヤツは自分で調べるんでしょうけど、わざわざ飲んでるときに「漫才協会の初代会長はリーガル万吉」なんてことは言ったりしないですよね。

僕も別に興味なかったけど、だんだん歳を重ねてきて少し興味が出てきた。たぶん、今の若い子は、M-1グランプリから、どうやったらテレビに出られるかみたいな考えしかないわけですから、歴史を学ぶなんて余裕はないんじゃないですかね。

――塙さんがスカウトしたおかげで、漫才協会の層が厚くなっていますね。かつて一緒に自主イベントをやってたメンバーはほとんど入っています。

マシンガンズとかハマカーン、エルシャラカーニとかね。漫才業界のためっていうのはもちろんありますし、将来的にあの人たちがみんな(東洋館の)舞台に出てくれたら楽しいなって。

――漫才協会をどういう団体にしていきたいと思っているんですか?

結局、“反骨精神”ですよ、吉本興業さんに対しての。あまりにも東京芸人がテレビに出れてない現状があるじゃないですか。だから、もうこっちはみんなで団結して、寄席で勝つしかないっていう思いがあります。

例えば、吉本さんには劇場があって、お客さんもいっぱい入って、スタッフさんがちゃんといて、チケットも自分で売らなくていい。舗装された道――それこそダウンタウンさんとか、先輩たちが切り開いてきた道を歩んでいるわけです。

一方、漫才協会の強みは、今、システムを作ってる最中の面白さですかね。自分でわけわかんないライブを主催してやる苦労って、なかなかできないことですから。でも、その苦労をしてきた結果、錦鯉とかウエストランドとかがM-1で優勝してるわけです。そういう人たちは、やっぱり人間味がある。モグライダーとかもそうですけど、いろいろ苦労してきた人のほうが面白くなりやすいじゃないですか。

――芸に深みが出ますよね。

うん。それが漫才協会の芸人の強みなのかもしれないですね。1回売れてテレビに出て、そのあと落ちて……みたいな人も多いですからね。でも、それなりにみんな生き延びている。

青空一歩・三歩師匠だって、NHKの漫才コンクールで優勝してるわけですから、昔で言うとM-1で優勝してるみたいなもんなんです。でも、街にいる人に聞いたら、たぶん1人も知らないでしょ。そういう知られざる実力派がたくさんいるところが強みですね。

(取材:美馬 亜貴子)


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