バイデン氏の記憶力低下を指摘した元特別検察官、米議会で証言 機密文書問題で党派間の溝が浮き彫りに

アンソニー・ザーカー北米担当編集委員

アメリカのジョー・バイデン米大統領の機密文書の取り扱いをめぐり、検察は先月、バイデン氏の記憶の衰えを理由に、有罪にするのは難しいとする報告書を発表した。政界に衝撃を与えたこの報告から約5週間後の12日、バイデン氏を起訴しない決定をしたロバート・ハー元特別検察官が米下院司法委員会で証言。自らの仕事について説明し、正当性を主張した。

ハー元特別検察官は先月、バイデン氏やその関係者の刑事訴追を見送った。しかし、報告書でのバイデン大統領に関する描写が激しい議論を呼んだ。

報告書は、機密文書の不適切な取り扱いについてバイデン氏を有罪とするのは難しいだろうと指摘。その理由として、「裁判になればバイデン氏は、私たちの聴き取りでしたように、思いやりと善意があり、記憶力に劣る高齢男性だという印象を、陪審に与える可能性が高い」と説明した。

また、バイデン氏が詳細を思い出せない例も複数挙げた。これに対してバイデン氏は「私の記憶力は大丈夫だ」と怒りに満ちた反応をみせた。

当然のことながら、12日の下院公聴会ではバイデン氏の記憶力と知的鋭敏さが大きく取り上げられ、報告書をめぐる激しい党派対立が浮き彫りになった。

以下に、公聴会での主なポイントをあげる。

バイデン氏対トランプ氏

公聴会はまず、ビデオ対決で始まった。野党・共和党はハー氏の報告書に対するバイデン氏の場当たり的な記者会見の様子を流した。その中で、バイデン氏は時に怒りや動揺を見せた。同じ会見でパレスチナ自治区ガザ地区の最新情勢についてコメントを求められ、メキシコとエジプトの大統領を混同して答える場面もあった。

一方で与党・民主党は、11月の米大統領選でバイデン氏と対決する可能性が高いドナルド・トランプ前大統領の多数のカットを組み合わせた手厳しい動画を流した。これには言葉が不明瞭だったり、記憶違いを認める場面が含まれていた。

バイデン氏を老いぼれと非難する共和党に対抗するため、トランプ氏も同じくらい、いやそれ以上によくない状態だと主張する民主党側の戦略をうかがわせた。

共和党はまた、機密文書の取り扱いをめぐりバイデン氏が起訴を免れた一方でトランプ氏は起訴されたことをあげ、司法省は起訴について二重基準をもっていると非難した。トランプ氏がフロリダ州に所有する私邸兼リゾート施設「マール・ア・ラーゴ」では2022年、機密文書を含む書類などが押収され、捜査を主導したジャック・スミス特別検察官がトランプ氏を起訴した。

「あなた方には正義があるが、私の側にはない」と、ジェフ・ヴァン・ドリュー下院議員(共和党、ニュージャージー州)は述べた。

「トランプの方がもっとひどい」というフレーズは、バイデン氏の選挙キャンペーンではおなじみだ。この日の公聴会は両陣営とって、選挙キャンペーン形式の攻撃を互いに仕掛ける場となった。

バイデン氏の陣営は、同氏の方がトランプ氏よりも倫理的に優れているとアピールしようとしている。この日の応酬で引き分けとなれば、トランプ氏側にとっては、不利になる可能性のあるテーマで互角に戦える状況をつくることができたかもしれない。

バイデン氏の記憶

ハー氏の証言が始まる数時間前、司法省は特別検察官チームによるバイデン氏の聞き取り記録を公表した。

報告書はバイデン氏の記憶力の衰えについて、いくつかの例をあげた。例えば、副大統領の任期が終了した時期を思い出せないなどだ。息子ボー氏の正確な死亡日を思い出すのは、さらに少し複雑だったという。

バイデン氏は息子が死亡した日時は思い出したが、2015年だったということは側近から伝えられた。バイデン氏が口ごもったように見えた時は側近が情報を補った。そうした場面は何度もあったという。

こうした事例は、記憶力の低下を示すものだと一般的にみなされるべきなのか――。この点をめぐって公聴会はやりとりが白熱した。民主党のアダム・シフ下院議員(カリフォルニア州)はハー氏に、自分の出した結論が「政治的大炎上」を引き起こすであろうことを認識していたのか迫った。

「あなたは世間知らずなわけがない。自分がやっていることをはっきり理解していたはずだ」と、シフ氏は述べた。「これは政治的選択だった。間違った選択だった」。

これに対しハー氏は、司法長官に提出する報告書には自らの推論を含めることが求められるとし、「政治的な理由で私の推論の一部を変えたり、削除したり、省略したり」することは拒否したと反論した。

バイデン氏のゴーストライター

共和党議員は、バイデン氏の2冊の回顧録に携わったゴーストライター、マーク・ズウォニッツァー氏とバイデン氏のやり取りに、繰り返し注目した。

ズウォニッツァー氏は、バイデン氏の機密文書問題を担当する特別検察官にハー氏が任命されたことを知った後、回顧録のためにバイデン氏とやり取りした音声記録を消去しようとした。それなのに、ズウォニッツァー氏が司法妨害で起訴されなかったのはなぜなのかと、マット・ゲイツ下院議員(共和党、フロリダ州)は疑問を呈した。

「あなた(ハー氏)に司法妨害で起訴されるには、一体何をしなければならないというのか」と、ゲイツ氏は質問した。「犯罪の証拠を消去することが罪に問われないのなら、罪に問われる基準は一体何なのか」。

ハー氏は、ズウォニッツァー氏がやり取りの記録を残していることから、音声ファイルの重要性は低いとした。

バイデン氏は2冊の回顧録のうち1冊について、出版の前金800万ドルを受け取っていた。下院司法委員会のジム・ジョーダン委員長(共和党)は、バイデン氏には機密文書を保管し、それをゴーストライターと共有するという、金銭的動機があったと示唆した。

「ジョー・バイデン氏には規則を破ることについて800万ドル相当の理由があった」

徹底的な追及受ける

国家的注目を浴びる多くの証人がそうであるように、ハー氏の証言は個人的なエピソードを語ることから始まった。ハー氏はよりよい生活を求めてアメリカに渡った、韓国系移民の両親の間に生まれた。

ハー氏は「私は自分のキャリアの大半を祖国のためにささげてきたことを光栄に思っている」と述べてから、バイデン氏の機密文書問題をめぐる報告書と結論について、正当性を強く主張した。

3時間にわたり、政治的に対立する民主党と共和党の双方から攻撃を受けた。大きな注目を浴びながらも、ハー氏はおおむね平静を保っていた。

連邦判事に任命されるためにトランプ氏の当選を手助けしようとしていると、ハンク・ジョンソン下院議員(民主党、ジョージア州)から非難されると、ハー氏はめずらしく怒りをあらわにした。

「私にはそのような願望はない」とハー氏は述べた。「私の仕事に、党派政治が入り込む余地はどこにもない」。

証言も、捜査も終えたハー氏は、本人が望む限り注目を浴びずに過ごせるようになるだろう。

しかし、共和党側はまた調査を続けており、ハー氏の聞き取りを記録した動画へのアクセスを求めている。この動画には、バイデン氏とその陣営にとってきまりの悪い、あるいは政治的に不利な新事実が含まれている可能性がある。

(英語記事 Biden classified files report: Robert Hur hearing highlights partisan divide

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