【ジャズ:ヴァイナル新譜】ルー・ドナルドソン『ミッドナイト・クリーパー』

【DIGGIN’ THE NEW VINYLS #5】Lou Donaldson『Midnight Creeper』

日本でも需要がますます高まっているヴァイナル市場。毎月注目のジャズのヴァイナル新譜をご紹介していきます。

ルー・ドナルドソン『ミッドナイト・クリーパー』

 “大好きなアルバムは『ブルース・ウォーク』と『アリゲーター・ブーガルー』だ。とてもよく売れたし、どこに出演してもいまだにタイトル曲の演奏リクエストが来る”。

<YouTube:Blues Walk

2014年に来日したルー・ドナルドソンに、“あなたのフェイヴァリット・アルバムは何ですか?”と尋ねた時の回答がこれだった。そのとき、彼はすでに80代後半を迎えていたのだが、口調も足取りも演奏も元気そのもの。“ドラッグや深酒や喫煙と縁を持ったことはなく、サックスを吹くこととゴルフをすることが何よりも好きだ”と語っていたことも思い出す。翌年に予定されていた来日公演は実現せず(当初はベニー・ゴルソンとの2サックス編成が企画されていたと記憶する)、18年には引退してしまったものの、あの艶やかなトーン、豊かなブルース・フィーリング、卓越したユーモア・センスがファンの心から消え去る日は永遠に来ないはずだ。

私は1986年、北海道で行われた野外フェスティヴァルで初めてドナルドソンの実演に触れた。以降、両手足の指数以上、彼のライヴを堪能してきたはずだが、たしかに、オルガン入りのバンドでプレイするときは「ブルース・ウォーク」と「アリゲーター・ブーガルー」が出て観客の盛り上がりも倍増、という図式であった。では、その次によく演奏された曲はなんだろうと考えた時、我が頭ではすぐに別のファンキー・チューンが鳴り始める。そう、「ミッドナイト・クリーパー」である。

<YouTube:Midnight Creeper

アルバム『アリゲーター・ブーガルー』が録音されたのは67年4月7日のことであった。メンバーはドナルドソン(アルト・サックス)、ドクター・ジョンやウィリー・ボボと働いたメルヴィン・ラスティ(コルネット)、メルヴィン同様ニューオリンズのジャズ/R&B人脈から抜擢されたレオ・モリス(=イードリス・ムハマド、ドラムス)、ジョージ・ベンソン・カルテットからベンソン(ギター)とロニー・スミス(オルガン)の5人編成。タイトル曲のメロディ自体は66年に他レーベルに録音した「ウィン、ルース・オア・ドロウ」(勝ち、負け、引き分け)と同じものだが、ニューオリンズR&B風のアクセントをリズムに加え、よりダンサブルに料理したのが「アリゲーター・ブーガルー」といえようか。

さてこの“ブーガルー”だが、ドナルドソン盤には“Bogaloo”とあり、60年代に流行した英語によるファンキーなラテン・ミュージックを示す“Boogaloo”とはスペルが異なる。ニューオリンズと同じくルイジアナ州にある都市・ボガルーサ(Bogalusa)を意識したネーミングだったのか。もっともドナルドソンは“自分がタイトルをつけたわけではない。プロデューサーが命名したのだろう”と言っていたが。

<YouTube:Alligator Bogaloo

『ミッドナイト・クリーパー』の録音は68年3月15日。『アリゲーター・ブーガルー』の好評に気をよくしたブルーノート・レコーズ側とドナルドソン側が、意気込みも新たに送り出したもうひとつの傑作といっていいはずだ。共演メンバーをみるとモリス、ベンソン、スミスが引き続いての参加、さらにラスティに替わってトランペット奏者のブルー・ミッチェルがプレイする。ラスティも堅実で良い奏者だが、アドリブ展開の面白さという点ではミッチェルと比較にならない。ホレス・シルヴァー・クインテットなど幾多の名バンドで腕を磨き、ドナルドソンの最初期のリーダー・セッションにも参加したことがある(52年。アルバム『カルテット、クインテット、セクステット』)。旧友ミッチェルのプレイは疑いなく大きな魅力を付け加えている。

<YouTube:Bag Of Jewels

『ミッドナイト・クリーパー』ならではの魅力としてさらに挙げたいのが、ロニー・スミスのオルガン奏者/作曲家としての進境著しさと、『アリゲーター~』より一段と増えたジョージ・ベンソンの出番だ。ベンソンは録音2カ月前にあたる68年1月、マイルス・デイヴィス『マイルス・イン・ザ・スカイ』に参加したばかり。そう書くだけで当時の彼がいかにギタリストとして冴えていたかが伝わるだろう。スミスが書いたB面冒頭「バッグ・オブ・ジュエルズ」はアルバム随一の親しみやすさを持ち、A面2曲目「ラヴ・パワー」では冒頭からドナルドソンやミッチェルなど50年代から活動するベテランを向こうに回して切れ味鋭い鍵盤さばきを聴かせる。ちなみにこの曲は、R&Bグループ“ザ・サンドペブルズ”が67年秋に発表したヒット・シングルのカヴァー。

彼らのヴァージョンも、英国の歌手ダスティ・スプリングフィールドのカヴァーも、いずれも特徴的なリズム・パターン(しいていうならダイアナ・ロス&スプリームズ「恋はあせらず」的な)が使われているが、ドナルドソンはレイ・チャールズ「アイ・ガット・ア・ウーマン」的、2ビート風のリズム・パターンで料理している。作曲家クレジットにあるTeddy Vannは、もちろんブルース系ギタリストのTeddy Bunnとは別人。50年代半ばにはドゥーワップ・グループ“ザ・フォー・ヴァンズ”で活動したこともある。また、B面2曲目「ダッパー・ダン」を書いたハロルド・アウズリーは、サン・ラー、ジャック・マクダフらと共演歴のあるテナー・サックス奏者。フレディ・ハバードが演奏した「放蕩息子の帰還(The Return of the Prodigal Son)」など幾多のファンキー・チューンを書いたメロディ・メイカーである。

“『アリゲーター・ブーガルー』姉妹編”と考えるだけでは、あまりにも惜しい、聴きどころだらけの『ミッドナイト・クリーパー』。それがオリジナル盤同様のダブル・ジャケット+重量盤、現代屈指の耳の持ち主であるケヴィン・グレイのマスタリングによってLP復刻されたのは本当に嬉しい。ひとりでも多くの方に聴いて、踊っていただきたい。

Written By 原田 和典
___

■リリース情報

Lou Donaldson / Midnight Creeper
【直輸入盤】【限定盤】【LP】

© ユニバーサル ミュージック合同会社