前田敦子「“その絶妙な声はどこから?”と反応してもらいますが、息子も同じ声、同じしゃべり方なんです」

前田敦子 撮影/有坂政晴

「なんでこの仕事してるんだろうって、自分でも不思議です」といって前田敦子は笑う。AKB48で絶対的なエースとして君臨し、2012年にグループを卒業してからは、俳優として活躍を続けてきた前田さん。その「変わらない本質」と「迎えたTHE CHANGE」とはーー。【第5回/全5回】

2024年2月公開の映画『一月の声に歓びを刻め』では、物語の中で、前田さん演じるれいこが、街を歩きながらアカペラで歌を歌う。もともとは奇妙礼太郎さんの楽曲だが、原曲はポップなイメージなのに対し、映画でのれいこの歌は、心の解放とも自分や世界への叫びともつかぬような、地声の混ざった全く印象の違う歌に仕上がっている。

「監督の伝えたいことがすごく分かりました。ただ、何度もフルで歌う必要があったので、本当に大変でした」

クランクアップの後に、監督と音楽ディレクターと3人で集まって収録したといい、フルで10回以上にわたって録音したという。

「人生で一番歌を歌った瞬間だったと思います。アイドルのお仕事のときは、部分的に歌ったものを繋いだりしてレコーディングしていくことが多いし、ライブでも同じ曲をずっとは歌わないじゃないですか。それが同じ曲をフルで10回以上ですから。歌って、探って、歌って。人生で初めての経験でした」

そう笑う前田さん。同作を通じて「一番過酷だったかも」と振り返りつつ、でも「楽しい作業でした」とも。

「撮影を通して監督が求めているものは分かっていたし、目指す場所が一緒だったので。それで歌っていったときに“あ、これいけましたね”という瞬間があったんです」

――監督がOKしたのと同じテイクを“いけた”と思われたんでしょうか?

「たぶん使われたものだと思います。監督も私も満足できた、それでいいと思えた瞬間が同じだったんです。だから10回以上歌って、すっきり終われました。1日かけて、満足しました。あれは、私じゃなくてれいこ。外をひとりで歩いているれいこの歌です」

「何重かになってる声だよね、と言われますね」

――れいこの歌とのことですが、私は前田さんの“声”が好きです。ちょっと倍音のような。

「役者さんたちにも、たまに分析されます。みなさんにとって興味深い声らしくて。“その絶妙な声はどこから出てるんだろう” “何重かになってる声だよね”と言われますね。
私の声に反応してもらうのは、同業者の役者さんのほうが多い気がします。これまでに4~5回共演していて、いまドラマ『厨房のありす』でも一緒の大東駿介さんにも、この間“やっぱりその声、特徴あっていいよね”と言われました。
実は、子どもも同じ声なんです」

――そうなんですね!

「同じような喋り方で、同じ声。たぶん出しているところが一緒なんじゃないですかね。顔も似てるんですけど、男バージョンの私2号です」

そう言って優しい母親の顔になった前田さん。“声”は、俳優にとって強力な武器になる。自身の人生の深みも増しながら、これからも「絶妙な声」で、前田さんだからこその役を生んでいってくれるに違いない。

まえだ・あつこ
1991年7月10日生まれ、千葉県出身。2005年、アイドルグループ「AKB48」の第1期生オーディションに合格し、AKB劇場のオープニングメンバーとして舞台に立つ。第1回、第3回のAKB48選抜総選挙で1位を獲得し、中心メンバーとして活動するが2012年に卒業。以降、テレビドラマや映画、舞台に多数出演し、俳優として活躍している。2019 年に映画『旅のおわり世界のはじまり』と『町田くんの世界』で第43回山路ふみ子映画賞女優賞を受賞。近年の主な出演作に、映画『コンビニエンス・ストーリー』『もっと超越した所へ。』『そして僕は途方に暮れる』、ドラマ『育休刑事』『かしましめし』『彼女たちの犯罪』。2024年は『厨房のありす』が放送中。三島有紀子監督のオリジナル脚本による映画『一月の声に歓びを刻め』で、カルーセル麻紀、哀川翔とともに主演を務める。

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