合体漫才トム・ブラウン「モグラが外に出た」M-1決勝前夜のウッチャン番組「史上最低点」と「千鳥さんとラッパー」

トム・ブラウン(左から布川ひろき、みちお) 撮影/三浦龍司

「しょうゆにしょうゆをかけて、飲みます」唐突にもほどがあるツカミからの、『サザエさん』の中島くん(カツオのクラスメイトで一番の親友、外見はカリアゲ眼鏡)が合体する合体漫才へ。文字にすると、まったく意味が分からないが、実際に見ると、強烈なパワーに巻き込まれ、思わず笑い声をあげてしまっている。その特異すぎるお笑いのスタイルは、どのようにして生み出されたのか? コンビ名を「少年ジャンプ」の野球漫画『ペナントレース やまだたいちの奇蹟』の選手名からとったという、お笑い芸人トム・ブラウンの、現在に至る転機「CHANGE」に迫った――。【第1回/全4回】

諦めずに続けた理由「周りの芸人が笑ってくれていた」

「すみません、すぐ着替えますんで、ちょっとお待ちください」

直前まで打ち合わせをしていたトム・ブラウンの布川ひろきさん(40)とみちおさん(39)は、取材場所に現れると、いつもの衣装、白いラインが腕にあしらわれたジャケット(布川さん)と、ペンギンが描かれたセーター(みちおさん)に着替え始めた。

最近、売れっ子の2人。だが、2009年に上京してから、18年の『M-1グランプリ』(テレビ朝日系)で決勝に進出し、お茶の間にその存在が知られるまで、長く雌伏のときを過ごしていた。その間、お笑いを諦めずに続けた原動力はなんだったのか?

布川「ライブでも、周りの芸人が笑ってくれていたというのはありましたね。お客さんの前では、めちゃくちゃスベっていたんですけど。当時はウケていたと思っていたんです。ただ最近、昔のVTRを全部見直す機会があったんですけど、まあスベっていますね。そりゃ売れるわけないよって思いました」

周囲の芸人に支えられていた布川さん。一方でみちおさんは、スベりまくりの当時の状況を深刻に受け止めていた。

みちお「僕は、めちゃくちゃ根拠のない自信を、常に持ち続けている人間だったんです。でも、“自分ならいけるはずだ”って理想と売れていない現実との乖離がどんどん激しくなってきて、つらかったですね。

お笑いをやめたいって気持ちもあったんですけど、根拠のない自信は変わらずあって。ただ、“やるかやめるか”で考えると、まだやるほうだと思えたんで、じゃあ、頑張ってお笑いをやろうって感じでした」

そんな2人は、18年に転機を迎える。

初めてテレビで漫才を披露して「史上最低得点」を獲得

18年の『M-1』で大ブレイクしたトム・ブラウン。しかし、その前に重要な出来事があったという。

布川「同じ年に『にちようチャップリン』(テレビ東京系)に出演して、初めてテレビ番組で合体漫才をやったんです」

『にちようチャップリン』はウッチャンナンチャンの内村光良さん(59)が、「若手芸人がテレビでネタ見せできる機会を作りたい」と始めた番組で、ジェラードンなど、後にブレイクする若手芸人が多く出演していた。

布川「今も破られていないんですけど、史上最低得点だったんです。でも千鳥さんがすごく笑ってくれて。あと、まだ一般には有名ではなかった呂布カルマさん(41)が、ツイッター(現・X)で“俺はトム・ブラウンが一番、面白かった”って、言ってくれたんですよ。それが大きかったですね」

『にちようチャップリン』に出演したのが18年の5月で、『M-1』が同年の年末。半年ほどの間に、周りの空気が変わっていったのだという。

舞台に出ると「気持ち悪い!」だったのが…

布川「当時のヒップホップ界とお笑い界って、ちょっとつながるところがあるんですよ。どっちも、地下のライブハウスで活動していたりとか。だから呂布さんの発言から、“なんかトム・ブラウンって芸人が面白いらしいぞ”という雰囲気が広がっていったんです。

それまで僕たちは舞台に出てきただけで“気持ち悪い!”って、そもそも見てもらえる態勢になっていなかったんです。それが、ちゃんと見てもらえる感じになっていった。それがなかったら、『M-1』の決勝には行っていなかったと思いますね」

布川ひろき 撮影/三浦龍司

特異な漫才ネタが、ようやく、まともに向き合ってもらえるようになった。そのきっかけが『にちようチャップリン』への出演と、そこでの評価だったのだ。そして『M-1』決勝進出という、転機を迎える。

みちお「決勝進出はトム・ブラウンって言われたときに、感覚としてはずっと土の中にいたモグラが外に出てきた感じですね」

布川「それいいな。おまえモグラっぽいしな」

みちお「おまえがな」

布川「絶対おまえだよ」

モグラが地上に出るきっかけは『M-1』だったかもしれないが、地上に出る準備を整えさせてくれたのは、『にちようチャップリン』だったのだ。

トム・ブラウン 撮影/三浦龍司

トム・ブラウン
布川ひろき(ぬのかわひろき)/1984年北海道生まれ
みちお/1984年北海道生まれ
2009年に結成。高校時代に柔道部の先輩だった布川がみちおを誘ってコンビ結成。同年に上京するが、しばらく自分たちの芸を模索する時期が続く。18年に『M-1グランプリ』の決勝に進出すると、そこで披露した合体漫才が話題となり、一躍、脚光を浴びた。テレビ番組への出演が増える中、単独ライブツアーをほぼ毎年行っていて24年も北海道、東名阪、福岡でのライブが予定されている。

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